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そして君は前を向く  作者: ユキノト
第11章 咫尺天涯
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11-7.決意と暴露

「……うーん」

 四日後の明け方、フィルは自室の洗面所の鏡の前で悩んでいた。


 ナシアに癒されて、天地がひっくり返るんじゃないかと今でも思うけど、あのフェルドリックに勇気をもらって、その後副団長や同期たちやスワットソンさんやフォトンさんなんかにも元気をもらって、この三日間ずっと一人で考えた。

 アレックスのこと、アレクのこと、二人の関係。それから、自分とアレックスの関係。そこからもっと思考は深まって、自分自身のこと。


 祖父が死んで、父と仲違いして勘当されて、居場所が無くなった。それで一年ちょっと前、ここに、騎士団に居場所を作ろう、自分の存在意義を見つけようとやってきた。

 自分なりに頑張っているつもりになっていたけれど……本当のところはどうだったのだろう?


 ここでアレックスと出会って、フィルは彼を好きになった。

 フェルドリックに再会して、アレックスに不釣り合いだと指摘された後には、なりたい自分になれる努力をしようと思った。その上でアレックスに私がいいと言って欲しいと願った。

 けれど、問題はその後だ。その後アレックスが「フィル・ディラン」を受け入れてくれて、それから――私は居場所を作るための、なりたい自分になるための努力をちゃんとしていただろうか?


 誰も本当のフィル、フィリシア・フェーナ・ザルアナックを知らない――性別と出身、そして父親に勘当されていること。

 アレックスに話したのは、性別のことだけだ。いつか話そうと思いながら、居心地の良さに浸り、言い訳を重ねて、ここまで来てしまった。

 そして、自分のことをちゃんとしないまま、ただ私を選んで欲しいと、それだけをアレックスに願っていた。

 それはつまりアレックスはおろか、自分自身にも正面から向き合っていなかったということじゃないか、とそこで初めて気づいた。

 他の人に対してはもっと不誠実だ。心の隅に後ろめたい思いを抱えていながら、ずっと見ないふりをしてきた。


 あんなに会いたかったアレクが現れて、でも彼女はアレックスの側にいて、それで不安になってしまって再会を喜べない。なんだか怖くてアレックスにも会う勇気が出ない。話をするのが怖い。

 二人にちゃんと向き合えないのは、私がまだ私の認められる自分になっていないからではないのか――情けないと心底思いつつ、フィルはそう結論を出した。


 アレックスの側にいたいと思う。彼が欲しい。そして、また祖父の戒めを思い出した。

『何を欲しいと願い、何になりたいと願うのかはとても難しくて、けれどだからこそ大事なことだ。そして不幸なことに人は目先の欲に囚われてよくそれを見失ってしまう』

『フィル、ちゃんと考えなさい。望んだその先に何が待っているのかを。欲しいと願ってそれを手に入れて、人生はそこでは終わらないんだ。その先の自分が望ましい自分であるのかをちゃんと考えなさい』

 それで……? 彼を欲して、私はどうする? 彼を手に入れて、それで? 私は何になる?

 アレックスを欲しい。けれど、彼を手に入れたら、自分を認められるようになるわけじゃない。自分は自分で、『これでいい』と思える自分になるための努力をしなくてはいけない。


 そんなことを考えていた昨晩。部屋の外、凍える冬の夜空には満月が浮かんでいた。

 静かに闇を照らすその光は、偽りを許さない輝きを持っていた。その光を見つめて決意する。

「まずは自分のこと」

 自分がどうなりたいのか、どうしていきたいのか、そのために必要なことをする。

 アレックス以外の人とも向き合う努力をして、その上でアレックスと向き合おう。それからアレクとも――。


 そう決めて迎えた朝、今現在。

 具体的に何をするか考えて、『よし、とりあえず、騎士団の中の居心地の悪さを解消しよう』と決心はしたものの、今更どうすればそれとわかるか。

(というか、どうこうしなくては周囲にわからないということの方が、よっぽど問題だったのかも……)

「……うぅ」

 新たな発見に落ち込んだ。


 そう、家のことは、父や兄の事情もあって公にしていいものかわからないから、せめてもう一つのほうを皆に知らせる。つまり『実は女です』とはっきりさせようと。ついでに、『何か文句があるなら、相手してやる』と。

 建設的な思いつきなのか、非建設的な思いつきなのか、我ながら微妙ではあるけど……。


「ほんとに男か女かわかんないや……」

 鏡の中の自分を見つめながら、そうため息をつくと、それに合わせて見慣れた顔が、ひどく情けない顔をした。

「アレク、はやっぱり美人だったな」

 彼女はどこからどう見ても、誰が見ても文句なしの大人の女性だった。ドレスや宝石の似合う、匂い立つような美人になっていた。

 刃物を見て悲鳴を上げ、血を見て青くなって震える、思わず守ってあげたくなるような可憐な女性だ。

 フィルとは大違いで、フィルよりずっとアレックスに似合っていた。そう、話によくあるお姫さまとその騎士のように……――。

「……っ」

 また沈みそうになったのに慌て、フィルは音を立てて自分の頬を叩く。手形が残るけど、それはまあいい。

 自分で選んだのだ。ドレスの代わりに騎士服、花の代わりに剣と。無い物をねだって人を羨むほど愚かなことはない……と祖父も言っていたじゃないか。


「うーん」

 それにしても女性だと明らかにする、それだけのことにこれほど勇気がいるとは。

(今まで積極的に自分が男性だと言ったことはないけど、皆はどう反応するんだろう)

「っ、……うー」

 反応されなかったらされなかったで、立ち直れなくなる気もする、との追加発見に、更に落ち込んだ。

 アレックスがいてくれれば、と何度も考え、その都度首を振る。

 彼の腕の中は安心できる場所だ。でも、だからってそこに安易に逃げ込んではいけない。でなければ、同じ失敗をまた繰り返す。

(大体そこがずっと自分のものとは限らないし……)

「……って、そうじゃないっ!」

 もう一度力いっぱい自分の頬を叩いて、何とか気合を入れてみる。



 そうして、両頬を真っ赤にした後。

 結局フィルは、いつもつけている胸を押さえる下着を、仕立て屋さんをしているメアリーのお母さんが見繕ってくれて一応持ってはいた、女性がつけるようなそれへと変えることにした。

 そして……、

「……終わった」

 ――それだけ。

 だって他にいじりようがない。髪も短いし、飾りなんて仕事の邪魔だし、服だって制服だし、化粧なんてしたことがないから道具もないし、やり方だってもちろん知らない。


「……」

 その姿で扉を開けて廊下に出ると、俯きそうになる顔を意識してあげた。

 自分の視界の下方に入る、膨らんだ場所が気恥ずかしい。

 アレックスがいなくてよかった、と初めて思った。こんな精神状態で彼を見たら、恥ずかしくて真っ赤になるか泣き出すか、絶対にどちらかしてしまう。


 廊下に満ちる冷たい空気を大きく吸い込む。

 鍛錬場へと近付くにつれて増えていく、見慣れた黒衣の制服たち。その内、こっちを指差してなにやら話をしている者たちの顔を、意図的に眦を上げてじっと見つめ返した。相手の顔が気まずげになったら、口角を上げてにっと笑ってやる。

 そうしてまた一歩前へと踏み出す。


 文句があるなら聞いてやろう。喧嘩を売ってくるなら買ってやる。でも――その全部に絶対負けたりなんてしない。自分の場所はそうやって自分でここに作る。

「……よし、やってやる」

 そうだ、そのためにここに来たんだから、今更退いたりしない。

 やるだけやって、その先のことはそれから考えよう。



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