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そして君は前を向く  作者: ユキノト
第11章 咫尺天涯
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11-4.不要

 アレックスは騎士団宿舎に戻ってこなかった。


 深夜、代わりのように部屋にやってきたヘンリックは、居心地悪そうに色々と話した後、心配そうに「アレックスに関しては気にすることは何もないと思うよ……?」と口にして、帰っていった。

「……そうか、私、ぼうっとしてたから」

(ヘンリック、気を使ってくれていたんだ)

 帰っていく彼の背を戸口で見送った後、いつにも増して仔細を説明してくれていたとやっと気付いて申し訳なくなった。


 閉じた扉の内側でフィルは天井を仰ぎ、止めていた思考を再開する。


「……アレク、かな、やっぱり」

 ヘンリックによれば、劇場前で襲われていたあの女性は、アレクサンドラ・カダル・ニステイスというらしい。運命神カダを祀る斎姫を代々輩出しているニステイス伯爵家の長女で、アレックスの母方の従妹だそうだ。

 ここ最近、身辺を脅かされる出来事が続いていて、不安に思ってアレックスの実家に連絡してきたのが一昨日。アレックスに相談の知らせが来たのが、昨日の朝。

 それでアレックスはリンとジェットの式にだけ出て実家に向かい、彼女が観劇に行くのに護衛として付き添った、ということらしい。


 何を言われても、『そう』としか答えが浮かばなかったフィルを気遣ってくれたのだろう。ヘンリックが、狙われててなんで観劇なんだ、とか、なんで騎士団なり近衛なりに正式に相談しないで、アレックスに個人的に話を持っていくんだ、とか憤慨していた。

「でも、わかるな……」

 ヘンリックが心配してくれていたのはわかるけど、アレックスを信頼しきっていた彼女の様子を考えたら、仕方のないことだという気がした。

 ただ一緒に居たかったのだろう、彼と……心細い時だから。

(それの意味するところは……)

 そこまで考えてフィルは知らず顔を歪めた。


「大事そうだったな」

 アレックスがアレクサンドラに向けていた表情は、心配に満ちていた。自分に時々向けられるものと同じに見えた。それに、ひどく丁寧な仕草で怯える彼女を宥めていた。

(アレックスがあんなふうに誰かに接しているのを見たことは、今までなかったかも……)

 そう考えついた瞬間、フィルは眉根を寄せた。

 アレクのことはフィルだって大事に思っている。だから彼女が大事にしてもらっているのは、喜ばしいことであるはずだ。なのに……どうしよう、どこかで嫌だと思っている自分がいる。


「アレク……」

 ずっと会いたかったはずなのに、やっと見つけたはずなのに、なんでだろう、どうしよう、あまり嬉しくない。

「狙われているの……?」

 何をどうしたって助けなきゃと思うのに、何をどうしたらいいか頭が働かない。

 今度会ったら、絶対守るんだと決めていたのに、そのつもりで努力してきたのに、今だって確かにそう思うのに、体が動き出さない。

「……」

 知らぬ間に伏せてしまった瞳に、立ち尽くしたまま、微動だにしない自分の体が映る。

 なのに、なぜだろう。足元が揺れている気がする。



 * * *



 寝られなかった晩が開けてすぐ、部屋に使いが来て、フィルはコレクト騎士団長の執務室へと慌しく呼ばれた。


(これまでに色々やらかしてきたけど、こういう呼び出し方は一度もなかった)

「……」

 団長室の前でフィルは立ち止まると眉を顰める。

 何か、しかも多分良くない何かが、起きているのだろう――そんな予感を持ってしまった。


「失礼いたします」

「納得できません」

 扉の向こうでは、いつも陽気で余裕そのものの態度でいるウェズ小隊長がいつになく低い声と、フィルでさえあまり近寄りたくないという空気で、コレクト騎士団長に詰め寄っていた。横に立っているポトマック副団長も不快極まりないというように眉間に深い皺を寄せている。

 なんなんだろう、というより先に『やっぱり……』という言葉が頭に思い浮かんだ。

 けれど――。

「第一小隊を指名しておきながら、なぜ名指しでディランのみ除外なのか、」

(私、だけ……除外……?)

 予想を遥かに上回る衝撃に見舞われて、フィルは顔から血の気を失わせた。

「合理的な説明を願います」

 気色ばみ、一歩も引かないウェズ小隊長に、コレクト団長もいらつきを募らせているように見えた。だが、気にかけられない。

(それって、私だけいらないってこと……?)

「お告げとしか言われなかったんだ。運命神の斎姫の、となれば仕方がないだろう。疑う訳にもいかん」

(運命神、斎姫ってアレク……?)

「昨日、そのディランによって彼女は救われたっていうのに? 運命だか神だか知りませんが、預言とやらが役に立つようにはまったく思えませんが?」

「……不敬が過ぎるだろう、ウェズ」

 ウェズ小隊長のものとは到底思えない押し殺したような声音の皮肉に、視線を彼から逸らしたコレクト団長がちらりとこちらを見た。

(そういえば、団長は信心深いと誰かが言っていたな……)

 半ば逃避気味にそんなことを考える一方で、足元がまた揺れ始めた気がする。


「思い当たる理由があるとすれば、ディランがこの騎士団で唯一……女だから、ということだろう」

 そして、団長はフィルからも視線を背けた。

 ウェズ小隊長が息を止めたのも、ポトマック副団長が空気を凍らせたのも分かる。だが、自分がちゃんと立てているかどうかはわからない。

「つまり相手の真意を確かめもせず、依頼を受けて帰ってきたということだな」

「そ、それは」

 副団長が恐ろしく低い声で団長を詰問するのを聞くともなしに聞きながら、フィルは足元を見つめた。

「……」

 まだ揺れている気がする。でも実際は揺れていないのかもしれない。よくわからない。

 わかっているのは、自分が「いらない」と言われているということだ、アレクにも騎士団長にも。

 ――じゃあ、私は一体何処にいたらいいんだろう……?



『待機』

 結局、無理やり議論を打ち切った団長にそう申し渡された。

 フィルの相方でもあるアレックスは、ニステイス伯爵邸で皆に合流するらしく、彼も小隊の仲間もいない今、フィルは予定がない日は休暇をとっていいそうだ。


 憤慨するウェズと共に、フィルはその足で鍛錬場に向かった。

 その場に集められていた第一小隊員達は任務の内容と同時にフィルの扱いを知り、皆ひどく怒ってくれた。心配もしてくれて、それで余計泣きそうになる。

 だから、本当にそうなる前に、とフィルはウェズ小隊長の背中を押して、皆を無理やり敷地から追い出した。

「気をつけていってきてください」

 ちゃんと笑えていたと思う。オッズには「そんな顔で笑うんじゃねえ」って怒られたけど。


 周囲の騎士たちが、一人残ったフィルの様子を遠巻きにうかがっているのがわかる。

(もうみんな知ってるのかも……)

 腫れ物を扱うような視線に、急に空気が重たくなった気がした。息がひどく苦しい。


(なんでだろう、何が起きているんだろう……。私はいらない? なぜ? 女だから? それとも父が言っていたように私に、私自身に意味はない……?)

「っ、アレク……?」

 アレクが、あのアレクが本当に、本当にそんなことを言ったのだろうか?

(ねえ、アレク、そうなの? 昨日の晩、ぼうっとしてたから? だから? それとも……――)

「っ」

 また震え始めようとする足を叱咤して、踵を返す。

(泣くな、ここで頑張ってみようって自分で決めたんじゃないか)

 一歩一歩意識して前へと踏み出す。今日はナシアの警護だ。王宮に行かなくてはならない。

 その彼女とも誓ったのだ。一緒に頑張ろう、居場所がないなら作っていこうと。

「……」

 フィルは拳を白くなるまで握り締めて、俯きそうになる顔を上げた。視界に入る、他の騎士たちからの視線には敢えて気付かないふりをした。

 それ以外の方法なんて思いつかなかった。



 正門をくぐって王宮への道を踏み出す。通い慣れた石畳の道をいつもどおり歩いているのに、なぜか現実感が湧かない。

『逃げるな、フィル。最後の最後まで諦めずに戦って、その先を引き寄せなさい』

 かつて祖父が言い聞かせてくれた言葉が、なぜか今頭に浮かんでくる。いつもは勇気をくれるその言葉が今は重くて……それがとても悲しい。

(だって、その戦い方がわからないんだよ、爺さま……)

『大丈夫よ、フィルだもの、絶対幸せになるわ』

 そう言いながら微笑んでくれた祖母の顔を思い出す。いつもはほっとするその顔が、今は胸を締めつける。

(だって私だから駄目なんだって……どうしよう、婆さま?)

『誰かを守れるってすごい力だね』

 そう言ってくれたアレクの顔を思い出す。いつも頑張ろうと思わせてくれる魔法の言葉が、今はひどく痛い。

(だってそのアレクが守らせてくれないって)

『大丈夫だ、フィル』

 落ち着いた声で、そう告げてくれた青色の瞳を思い出す。いつも思い出す度に安心できるその色が、今はひどく苦しい。

(だって、アレックスは……)

「……っ」

 人気のなくなったところで、知らず歩みを止めて、フィルはついに顔を伏せた。

 握り締めた両の拳が小刻みに震えているのが、ひどく情けなかった。



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