1.麾下その2
(……蕾が花開く、とはよく言ったもんだ)
山育ちのフィル・ディランの騎士団でのお気に入りは、緑に囲まれた中庭だ。今日も今日とて、そこに向かうフィルを見つけ、騎士団第一小隊長ウェズ・シェイアスは苦笑した。
先日の反乱分子掃討の遠征から既に二ヶ月。
巧妙に隠されていた、フェルドリック王太子の暗殺計画の全貌は、本人の手によって白日の下に曝され、首謀者であるハフトリー辺境伯は自害、その他隣国シャダとの内通が明らかになった者たちは断罪が決まった。
その隣国との関係は相変わらず最悪だが、あちらも民衆の抵抗運動が活発化して余裕がなくなってきているのだろう。今回の件でのカザックの抗議にかなり及び腰になっているらしく、フェルドリックは先の内戦時の戦犯数名の引き渡しをシャダに同意させた。
同時にそんな反逆者やシャダと深い関わりのあったいくつかの貴族も連座式に処罰されている。中でも第二夫人の兄でもあるゼッセンベル侯爵は、爵位こそ失わなかったものの領地を半減させることとなり、中央からも事実上失脚した。
反乱そのもののみならず、その後の混乱の収拾も、様々な思惑を抱える連中を嘲笑うかのように迅速かつ的確。どうやらフェルドリック王太子が健在である限り、この国の安泰は約束されるらしい、と任務を終えた騎士団は沸き立った。長年の懸念でもあった、その彼の地位もまず間違いなく安定したのだから。
ちなみに、最も大物だろうと目された、ロンデール公爵家はしたたかに無関係を主張し、実際関わりを匂わせる証拠は何一つ挙がらなかった。少なくない面識のある、近衛副団長を務めるロンデール家の嫡男を思うと、ウェズは複雑な心境になる。
騎士団の内部のことを言えば、先日昇級があり、フィルとアレックスはこれまでの功績によって、それぞれ階級が四つと三つあがった。異例中の異例だったのだが、本人たちにあまり興味はなさそうだ。
アレックスは、これまではそれなりに嬉しそうな顔をしていたくせに、今回はなぜかどうでもいい様子。
フィルにいたっては、「あれだけいつも怒られているのに、なんで上がるんです……?」と不審いっぱいの顔で聞いてきた。ちなみに、その後の発言はこうだ。
「上げてくれなくていいから、怒る時間を半分にしてくださいって、副団長に言ってみたらどうなりますかね?」
そういうのもありだと嘘をついてやったら奴はまたもや信じた。後でそれを知らされた(もちろんわざとだ)アレックスが慌てて止めに走っていたが、時既に遅し。すごい顔をされたとフィルが半泣きになって帰ってきたのに今度もまた笑わせてもらった。
それ以外、ウェズが率いる第一小隊の面子には特に目立った変化はない。今年こそイオニアに小隊長を押し付けてやろうと思ったのに今年もうまく逃げられたし。
それでもつい先週には新たな団員も加わり、カザック王国騎士団は順風満帆、というところなのだが。
(いや、一部順調とは言えないか……)
ほら、今フィルとすれ違った新入団員が口を開けて振り返った――ウェズは再び苦笑する。
類稀な容姿、無駄がそぎ落とされた優雅な動き、傑出した強さ、一見した際の他者を寄せ付けない空気――ウェズは十四で傭兵となり、二十三でここに流れ着くまで色々な奴に会ったが、その中でもフィルの印象は一際鮮烈だった。
あのアレックスに気後れしないで、好きなことを言ってのける神経にもかなり驚いたが、それより何より自分の小隊に配属されたフィルを恒例で相手にした時だ。ウェズは正直舌を巻いた。アレックスの時も思ったが、化け物とはいるものだ、と。
共に行動するようになって、その印象はますます深まる。
まだ十六だというのに、この自分を相手に一歩も引こうとしない気の強さ。その若さで一体どこでどんな経験を積んだんだというほど実戦にも慣れていて、真剣に触れると寒気を覚えるほど気配が研ぎ澄まされる。
その剣はあくまで実用本位。稽古で負ける気はしないが、戦場でもしフィルと向き合った場合、自分が生き延びられる可能性は五分かもしれないと思う。
性格は惚れ惚れするくらい潔く、呆れるほど前向き。能天気で滅多に怒らないが、怒るとウェズでさえ恐ろしいと思うような空気を醸し出す。
強さとは、剣を握ることの意味とは、そういったことを常に考え続け、その為に必要なことを自らに厳密に課すストイックさ。
――そのどれもが彼女を男にしか見せなかったのに。
フィルの入団後、三ヶ月くらい経った頃だったか、ウェズがなんとなく違うと気付いたのは。それからしばらくの間、そうと気付いていたのはフィルに近い、勘の働く二人だけ。フィルの親友であるヘンリックと、アレックスと親しいオッズだけだと思う。
事情はわからないが、恐らくアレックスとポトマック副団長は最初から知っていたのではないかとウェズは踏んでいる。
だが、そんなだったフィルがここ数ヶ月でその雰囲気を大きく変えた。
剣を持つ時の鋭利な空気も、時折見せる常識のなさも、常人にはない豪胆さ――なんせ必要だと思えばあっけらかんと砦一つ壊してしまえる奴だ――も相変わらずだが、そこにいるだけでなんとなく注目してしまう華やかさがある。
第一小隊に関して言えば既に全員が知っていて、当たり前のようにフィル=女で話が成されている。間抜けなことにフィルは気付かれていると気付いていないが、それでこそフィル、我が第一小隊のおもちゃに相応しい。
そして、それ以外。さほどフィルと接触のない者の相当数も、きっとフィルは女性だと考えている。
アレックスもそれに気付いたらしく、最近ピリピリしていることも少なくないが、これまたフィル万歳だ。やつが来るまで、小隊の誰もアレックスがあんなに感情を見せるなんて想像したこともなかった。いいネタを提供してくれたものだ。
幸い、ウェズやヘンリックが何ヶ月か前に危惧したような事態にはなっていない。
フィルが特別扱いを受けたり、言い寄られたりしている感じもないし、フィルを騎士団から追い出そうという声も聞かない。
まあ、悪質と評判の町のチンピラの肩をへし折り、ナイフを向けられてその顔を笑いながら殴ったとか、第二十小隊の無茶な要求をのんで、盗賊六人を素手で生け捕ったとか、剣技大会でトータル十二回しか剣を合わせずに優勝したとか、一級の暗殺者を瞬殺して王太子を庇ったとか、グリフィスの頭蓋骨を叩き割ったとか、一人で八頭の『ザルアの悪魔』を仕留めたとか、逃げようとする魔物使いの足の腱を無表情に切断したとか、追い詰められた挙句、砦を丸ごと壊して敵を壊滅させたとか、そんな噂――いや、全て事実なのだが――があるフィルにあれこれ物申す覚悟のある奴はそうそういないということなのだろう。
その上礼儀正しく(非常識ではあるが)、紳士で(同)真面目(同)で、学業の方でもそこそこである(同)フィルが騎士団員として相応しくないなどという馬鹿はいまい。
大体フィルがそうでないというなら、誰が騎士に相応しいというのだ。騎士団は解散ものになってしまうではないか。
(加えてフィルには『騎士』がついているしな)
向かう前方から歩いてくるアレックスに気付いたらしい。フィルは彼に嬉しそうに笑いかけ、それにつられるように彼が笑い返した。
「……わかりやす過ぎる」
その場に立ち止まって何かを話し始めた彼らについため息をついて、それから……アレックスの横顔を見て少し声を漏らして笑った。




