9-8.糾問
「ギフゾ・モーガンの拘束と、反乱に関わる証拠書類及び私財の押収――これは上出来だった」
クホート地方『元』チラパ峠前の、『元』砦前。見る影が欠片もなくなった砦の瓦礫の山に夕日が照りつけ、そこを赤く染めている。
周辺では野営のためのテントが立ち並び、そこかしこで、夕餉の支度のために火が焚かれていた。
強行軍に疲れ切ったタンタール警護隊員と、裏切りに乗らず最後までカザックのために戦ったクホート警護隊員が、帰るべき場所を失ったチラパ砦国境警備隊員たちとともに、勝利の余韻に酔って騒いでいる。
「メッセンの戦死は痛恨だが、これはおまえたちの責任ではないから、まあいい」
そんな中、急遽立てられた最大サイズの天蓋の内部で、新人三人は直立する。
フィルは無傷で、ヘンリックは右肩に薄い切り傷。ロデルセンは結構派手に左腕を切られ、痛々しく包帯を巻いている。
フィルたちの左横、一歩後ろの列にアレックスが率いていた部隊の騎士たち。全員無傷かかすり傷がある程度だ。
同じく右横にはイオニア第一小隊補佐が率いた別部隊の騎士がいて、やはり全員無傷かかすり傷がある程度。
そして、目の前にいつにも増して厳しい顔をした副騎士団長ポトマックと、上辺に微笑みを貼りつけつつも、時折頬を痙攣させる王太子フェルドリック――。
(なんてことだ、他にも人がいるのに、フェルドリックの頭上からお猫さまが半分逃げていってしまっている……)
そう、つまりは引き続き危機的状況というわけだ……フィルにとってだけ。
「問題は峠道および砦の完全破壊――実に派手な作戦だ」
「……お、お褒」
「――褒めてないからな?」
フェルドリックに刺すように見られて、フィルは顔を引きつらせる。
「誰の発案だ」
そう聞いているくせに、フェルドリックの金と緑の目は引き続きフィルを睨んでいる。
彼だけじゃない、テントの皆の視線が自分に向いている気配を察して、フィルは冷や汗を流した。
(そ、そりゃあ、言い出したのは確かに私だけど……)
横目で後ろをうかがうと、所属小隊の上官イオニアは顔をしかめ、大抵のことに笑っているオッズですら呆れたような視線をこちらに向けている。
恐る恐る逆を見れば、ヘルセンとザルクにいたっては観念しろとでも言いたげな顔をしていて、アレックスですら、き、気のせいでなければ諦念を含んだような目でこっちを見ていた。
(さ、再会した時はぎゅっと抱きしめてくれたのに……)
涙目になったフィルをさらなる衝撃が襲う。
「ディランの発案です」
「その通りです」
「!? 裏切る気かっ!?」
「ごめん、メアリーのためなんだ」
「俺の発案って言ったって誰も信じてくれないって」
「三人で話し合って決めたじゃないかっ」
「大丈夫、フィルなら許される」
「そう祈る」
「っ、祈るだけかっ」
こそこそと二人と諍う。
なんてことだろう、上手くいった、さすが同期と感動していたのに、人間不信になりそうだ。
「っ!」
ポトマック副団長が咳払いをして、三人は再び直立した。
「もう少し他に手はなかったのか」
「そう、もう少し『まし』で、『常識的』な手段……」
ポトマックの後を受けたフェルドリックの声は、殊更にゆっくりで押し殺したように低い。フィルと同様、そういった気配に敏感なヘンリックの顔が強張る。
「……な、なかったと……ぅぐ」
同期二人に肘でつつかれて、フィルが泣く泣く代表して返事をすれば、正面のフェルドリックから瘴気が噴き出した気がした。
(あああ、あ、後で恐ろしい嫌がらせが待ってる……)
自分の近い未来を想像してフィルは鳥肌を立てる。
「フォルデリークたちの部隊が応援に来ていただろうが……?」
猫が完全に消えた――本能が危機を叫ぶのを感じて「もういい、逃げよう」と剣士にあるまじきことを考えた瞬間、落ち着いた声が割って入った。
「ディランたちの部隊は過少、チラパ砦の指揮官も生憎と不在でした。その上、そこに元から配置されていた人員も極めて少数」
斜め後ろを振り返れば、青い目がちらりとこちらを向いた。
「仮に応援が辿りつくのを待って挟撃を開始していた場合、砦と峠は無事だったでしょうが、こちらの被害人数は甚大、モーガンも国境を逃れたものと推測します」
(ああ、アレックス、またもや本当に、本当にありがとう……!)
思わず隣の二人と手で、「よしっ」と小さく合図し合う。
「シャダのこともあります、新たに堅固な砦を建設するとしますか……。幸いと言っていいものか迷うところですが、峠道ももう使い物にならないまでになりましたし、時間の猶予はあります」
厳しい顔をしつつも諦めたようなポトマック副団長の呟きによって、フィルら三人はようやく解放された。
――かのように見えたのに。
「ちょっと待て」
テントから出たところで、王太子さまから直々にお声がかかった。
「っ!」
「な、何フィル?」
フィルは横のヘンリックの腕を咄嗟にがしっと掴む。
(アレックス以外の人がいる限り、フェルドリックがあの悪魔ぶりを発揮しないのは、過去の経験とグリフィスの退治の時、そして、今回の遠征で証明済み――戦闘が終わったのに地獄を見るのは絶対嫌……!)
「ロデルセン、お前は残れ」
「あ、はい」
ヘンリックがそのフィルの腕を振り解こうとする間に、もう一人のロデルセンは天蓋の内のポトマック副団長に呼ばれ、戸惑った顔をしてこちらを見ながら消えていく。
(ああ、自分も記憶力に優れていればよかった……)
涙目でそんなことを考えつつも、ヘンリックの腕は放さなかった。
「ヘンリック、親友だろ、見捨てるなっ」
「だってなんかやばい感じがするっ」
「大丈夫、ヘンリックがいる限り、悪魔にならないからっ」
「やっぱ、やばい相手なんじゃないかっ」
「いてくれるだけでいいんだってばっ」
アレックスを護衛に、「ふふふふふふふ」と世にも美しいけれど、それゆえ余計恐ろしい微笑を零しながら、フェルドリックが近づいてくる。
「ふうん、フィルの親友?」
こくこくと縦に頷くフィルと、ぶんぶんと首を横に振るヘンリック。
「っ、親友、また裏切る気か!」
「親友、違う、たった今は少なくとも!」
「っ、最悪だ!」
「最悪なのは巻き添えにしようとしてるフィルだろっ!」
「「っ!」」
諍っていたせいで、逃げ遅れた。
にこにこと微笑むフェルドリックに顔を覗き込まれて、フィルはヘンリックと二人、顔を青ざめさせると、手を取り合って身を寄せる。
「メアリー……今度こそ僕、駄目かもしんない」
こんな時でもおまえはメアリーなのか、と思わず心の中で突っ込むも、問題はそこではまったくない。
「甘いね、フィル」
「!」
フィルを助けるはずのお猫さまがご降臨なさらない――衝撃に口をパクパクさせながらアレックスを見ると、彼は眉をひそめ、小さく首を傾げた。
「フィルの親友だろう? なら僕が本性見せたところで問題はない」
「っ!? なんでっ!!」
叫ぶフィルの隣でヘンリックが「フィルの馬鹿……」と涙声で呟いた。
「峠ごと砦を破壊――非常識だとは思わなかったのか」
二人で地べたに座らされて、光の射しそうな輝かしい微笑を前にごくりと唾を飲む。
「……」
「じょ、常識は時と場合で変わると、かの建国王も仰っ」
「――刺し殺すよ?」
アド爺さまを持ち出して抵抗を試みるも、一刀両断にされた。魂が抜けそうになる。
「い、やいやいや、でもほら、さっきもう怒られたし!」
さっきだって散々真っ黒な瘴気を浴びせられたのに、さらになんて理不尽すぎる――そう思わなくもなくて、もう一度足掻いてみる。
「お前が反省していないことがわからないとでも?」
けれど、存在自体が理不尽の塊な彼にはもちろん通じなかった。
(しかもばれてる……まずい、さっき皆の前で怒られてた時の比じゃないかも)
額に嫌な汗が滲んでくる。これはあれだ、決戦前のあの状況に通じる緊張感だ。すなわち、生命の危機。
「リック、どの道、廃棄か建て替えが検討されていたものだろうが」
「「えっ?」」
フィルたちをこれまた救ってくれる、アレックスの呆れ声にフェルドリックは露骨に舌打ちした。
「し、舌打ち……慈悲と恵みの神アーゼルの愛し子が舌打ち……」
そんな悪質な噂、信じてたのか、と思わず唸りつつ、フィルは隣で壊れ始めたヘンリックを思わず羨む。私もいっそこうなってしまえば、楽になれるのに、と。
「甘いよ、アレックス。ああいう作戦を簡単に実行する馬鹿どもをそんなに簡単に許していい訳がないだろう。絶対にまたするんだ。しかもこいつ、ぜんっぜん反省してない」
「馬鹿ども……アーゼルの愛し子に馬鹿ども……」
横でヘンリックが泣き出した。
「だが、これでシャダの思惑は完全に破算、旧王権派への大打撃になる。しかも、あれだけ派手に亡命を防いだんだ、近隣国への牽制にもいいだろう」
庇うようにフィルたちの前に進み出てくれたアレックスに、「甘やかすと取り返しがつかなくなるってのに」と苦々しく呟いたフェルドリックは、次に凄絶に美しい笑みを浮かべた。その正体を知っているが故に、フィルは凍りそうになる。
「まあいい。これで貸し借りなしってことにしといてやる」
「かかか貸し……?」
「…………覚えてない訳?」
うわあ、馬鹿という視線を受けてフィルはぐっさり傷つく。
「それならそれでいいや、じゃあ僕の方が君に貸し一つだ」
そう満足そうに笑って、フェルドリックはアレックスを伴い、自分のテントへと踵を返していった。
その後ろ姿を見送って思う。
(なんかわからなくたって、黙ってればよかった。そしたら、今後の被害は多少なりと減ったはずなのに……)
ああ、馬鹿、と自分で思ってさらに傷ついた。
ちなみに、隣ではヘンリックが空想の世界に旅立ったまま帰ってこない。
声をかけようかと思ったけど、「ああ、メアリー、やっとこの時が……」とか呟いて結構幸せそうだったので、結局放っておくことにした。
* * *
「あーあ、やっぱ、怒られてるぜ」
「そうだよなあ、敵を巻き添えに砦を壊そう、峠も使い物にならなくなって逃げられない、一石二鳥とか、非常識だよなあ」
「俺騎士って皆あんなのかと思っちまうところだった」
ロデルセンの聴取を終えて、天幕外の周囲にたむろっていたイオニアやホルムなどからそれぞれの状況を聞いていたポトマックの耳に、新人達が指揮したと思しき一団の笑い声が届いた。
「ほんと、俺たちよく生き残れたよな」
「あの三人、特にディランって騎士に騙されたようなもんだけどな。あの状況で勝てない訳がないってへらへら笑ってたし」
「実際ディラン、強かったよなあ。あのえらいさん担いで一番後ろで矢面に立ってたのに、敵、寄せつけなかったんだぜ。ジャックとか助けてもらったって言ってたし」
「おお、それに弓もすごかった。夜で結構な風が吹いてんのに百発百中」
ポトマックの顔が歪み、居合わせた騎士のそれぞれの顔に苦笑や渋面、笑いが浮かぶ。
「だけどさあ、応援に来てくれた他の人たちを見たらなあ」
「おお、あれぞ、騎士って感じのな。なんかアイデ河戦のホルムとかキーマ渓谷戦のフォルデリークとかいたって」
「あー、どうりで。頼りがいありそうで落ち着いてたもん」
「あれ見たら、あの若い三人だけの状況がドンだけやばかったかって改めて実感しちまったよなあ」
「なあ、よくよく考えりゃほんっと、適当だったからな」
彼らの笑い声にイオニアやオッズのそれが重なって、ポトマックは溜め息をついた。
大事なのは人の命や生活だと言い切って、その為ならば形のある物を――それがいかに非常識だろうと価値があろうと――あっさり手放す感覚といい、直感だよりで深く考えていないくせに人を安心させるところといい、師にそっくりだ。
自分が下についている時は楽しかったが、ああいう者の上に立つ者はきっと大変だったのだろう、と建国王の気苦労を思う。
「あれでもう少し知恵が回れば、いい詐欺師になれるのだが」
「回んねえからこそフィルなんじゃねえか」
そう言って頷き合い、人悪く笑い続ける第一小隊員四名に、そんなフィルをそこに配置した事は間違いだったかと微妙に後悔するポトマックの胸の内を、きっと彼ら以外の騎士は理解してくれている。
(せめてアレックスが彼女に常識を教えてくれればいいが……)
「……」
王太子を送って行くアレックスが、すれ違いざまにフィルの頭をポンと叩き、愛しくて仕方がないというふうに微笑んだのを見て、ポトマックは眉間に皺を寄せた。
(……駄目だな、あれも……)
無事であったのであればなんでもいい、露骨にそんな顔をしている。
(師よ、信頼せよ、と仰いましたが、こんなに胃の痛くなるものだとは知りませんでした……というか、孤独……)
暮れゆく空を見上げたポトマックが鉄面皮の下でそう愚痴っていることに、周囲は誰一人気づかなかった。




