9-3.拡大
「何考えてるんですかっ」
「……別にいいだろ、結局こうして無事なんだし」
「よくないっ」
面倒そうに顔を背けたこの国の太子を、敬語もなしに怒鳴り、思いっきり睨む。
「ディ、ディラン殿、悪いのは私たちで……」
追いついてきたプレビカの警護隊長とその部下たちがおろおろとしているが、フィルはそれを無視する。
「偶々無事だっただけです!」
フィルとフェルドリックの足元には、死体が四体。昏倒している者が一名。いずれも毒の塗られた刃物を持っている。
プレビカ地方のハフトリー辺境伯の居城に、騎士団の第一中隊が到着して三日。
王太子フェルドリックの指揮のもと、騎士団がプレビカの警護隊とともにそこを包囲した翌日に、勝敗は決した。
ハフトリーの私軍は黒衣の騎士団を確認した後、露骨な動揺を見せた。
外郭の上に人が入れ替わり立ち代わり現れ、包囲と、事前に施していた工作により徐々に下がりつつある堀の水位を確認して、右往左往する。
夜明け前に投石機で外郭の破壊にかかってからは、そこかしこから兵が脱走し始めた。
もち堪えられないと判断したのか、日の出と同時に門が開き、上がっていた跳ね橋が降りた。城内から兵が飛び出してくる。
だが、戦闘らしい戦闘となったのは、血に駆られて戦場を渡り歩いているような傭兵のみ。それにしたって戦略も何もないような有り様で、第一小隊が前面に押し出されて、それであっさり片が付く程度だった。残りの兵にはやる気がなく、刃を交えることもないまま投降してくる。
あまりにあっけなさに半信半疑のまま、フィルはアレックスや他の先輩たちについて、城の最上階を目指した。
そこで見つけた、服毒したと思しきハフトリーの遺体を前に、今度こそ呆然としてしまった。
いや、敵味方双方の犠牲が最小限で済んだことは、喜ばしいことなのだけれど、ドキドキしていた分、拍子抜けしたというか……。
けれど、アレックスによれば、「当たり前」なのだそうだ。
かたや、カリスマ的人気のある王太子を戴いて士気揚がる国軍、傍らには鬼神と謳われるポトマック副騎士団長や赤獅子と呼ばれて近隣諸国からも恐れられているというウェズ第一小隊長、騎士団の誇る智将、第四小隊長メッセンがいる。
かたや兵の数もさほど多くなく、民衆の支持もなかった逆賊。頂点の人物の人望にも指揮官の能力にも兵の能力にも明らかに差があって、勝負になるわけはない、と。
そして、三日目の今日、騎士団一行は反乱の全容について知るために、ハフトリーの城を捜索しているわけだが、周囲の者たちに人使い荒くあれこれ指示を出しておきながら、自分は即その場を離れて次の場所に向かうフェルドリックに、フィルは首を傾げていた。考えこんでいるせいかもしれないが、命令を受けた方がそれに気を取られている隙に、本当にすっと騎士や警護隊員から離れていってしまうのだ。
なんか危なっかしいな、と思った矢先のことだった。
「……?」
雑多な思考と思惑が混じって独特の喧騒を持った城内の空気に、一瞬だけ不穏な気配が混じった。
首を廻らした先に、また一人別方向に足を踏み出すフェルドリック。
瞬時に嫌な予感を覚えてフィルが彼に向かって走り出していなければ、今頃フェルドリックは襲ってきた刺客に刺され、あの世に向けて血でも吐き出してのた打ち回っていたはずだ。アレックスが咄嗟にそのフィルを追いかけてくれていなければ、フィルだって巻き添えを食らっていた可能性大だ。
「移動する前に一言、声をかけてくださいっ」
「声をかけなくても僕について来るべきだ」
「あなたが周囲の人たちに手当たり次第に指示を出して、挙げ句ふらふらと移動していくからでしょう!」
「指示をこなしつつ、僕の安全も確保して当然。僕を誰だと思っているわけ?」
顔を歪めつつも傲然と言い切ったフェルドリックに、フィルは顔を引き攣らせる。
(相変わらず最悪な性格だ、我がまま大王め……っ)
「フィルの言う通りだろう」
剣の血を拭いながら、アレックスが渋面をフェルドリックに向けた。
「同意します」
「もう少し注意を払っていただきたいものです」
その場にやってきた、ポトマック副団長やウェズ第一小隊長にまで続けざまに言われて、フェルドリックは面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「じゃあ、フィ、ディラン。付いてこい」
「……へ?」
「君の単純な頭は、証拠の押収なんて面倒くさい仕事にはどうせ向いていない。体力馬鹿なんだから、ちょうどいいだろう。せいぜい僕の盾になれ」
そう言われてあんぐりと口を開けたフィルに、「余計間抜けに見えるぞ」と言ってフェルドリックはさっさと歩き出す。
「……」
(……やっぱ助けるんじゃなかったかも)
なんて物騒なことがちょっと頭によぎり、フィルは心の中で祖父とアドリオット爺さまに詫びた。
「ま、適材適所ってやつだな」
「……」
「……」
ついでに、あっさり同意した上司のウェズと真顔で頷いた副団長、そして、目を微妙に泳がせたアレックスに、フィルが涙目になったことは言うまでもない。
いつも助けてくれるアレックスが『あっちは使えるから』の一言で別行動となったこともあって、そこからは地獄だった。
昔と寸分違わずチクチクねちねち苛められて、
(なるほど、魂が口から出て行くって多分こんな感じ……)
と痛感する。
かといって昔のように逃げることもできない。なんせ彼はフィルの護衛対象だ。
(試練、騎士としての試練だ、逃げるなフィル……!)
そう自分に言い聞かせながら、フィルはフェルドリックに従って、とある部屋に入った。
「……」
そして、数歩進んだところで、息を止める。目の前でフェルドリックが、何の変哲もない書棚へと目を眇めている。
『アドリオットの空気はわしらといくらふざけていたって、まったく別物だった』
祖父はよくそんなことを話していた。あれが風格というものだ、と。
こうして見ていると、祖父はフェルドリックのこういう空気のことを言っていたのだろうかと思う。
邪悪で人が悪いけど、『人というよりむしろ悪魔寄りじゃ……?』と真剣に疑うくらいフィルには最悪に真っ黒だけど、アレックスに子供みたいにじゃれたりするけど、やっぱり彼はどこか違っていると思う。そして、なぜかそれに惹きつけられる。
(実際そう悪い人じゃないんだよね……)
彼はいつだって目下の人、特に弱い人に優しい。離宮にいる時からそうだった。貴族階級じゃない侍女や下働きの人たち、その子供たち。自分の上に落ちてきた庭師見習いのせいで脱臼した時は、相当痛かっただろうに、その人が責任を感じたり、責められたりしないようにか、ずっと黙っていた。
タンタールへの道中では、街中の子供やお年寄りに接するのも見た。彼を王太子と知る人にも知らない人にも、彼は態度を変えない。市井の人々の粗野な物言いにも、怒りも引きもせず、笑って応じるし、困っているなら助けを差し伸べる。白岩村のニッカやマリーに対してもそうだったし、彼女たちや今は亡き村人のために、彼は多分今も激怒している。
計算ずくで猫を被ってそうしているのかと思いきや、そういう時の空気には特に黒さは感じない。
だから、そんな彼が王さまになれば、この国はきっともっといい国になる、そう思う。
「おい、体力馬鹿。あの本とって」
「……」
……自分の目は節穴かもしれないとも真剣に思う。
「フェルドリック殿下」
行儀悪く棚によじ登ってフィルがその本を上段から取り出した時、ポトマック副団長が部屋に入ってきて、書類をフェルドリックに手渡した。それをパラパラとめくって彼は殊更に厳しい顔をした。
周囲がびりびり震えている気がして、フィルは彼らの頭上でこっそり身を竦める。
「幹部を招集せよ」
フェルドリックの低い声に、ポトマックが重苦しい表情で踵を返していった。
(なんか見つかったのかな。何が起きるんだろう……、っ!?)
本を片手に、床に音もなく着地すれば、フェルドリックが睨みながら近寄ってくる。
「なななななんですか……?」
培われた経験と本能で蒼褪めたフィルの手から、フェルドリックは本を奪い取る。
「これほどアレックスは使えるのに、どっかの馬鹿のせいで……」
「え、ええと、いや、ななななに……」
思わず後退する。
「一蓮托生だ――お前もひどい目に遭わせてやる」
「!!」
なんだかよくわからないが、やっぱり助けるべきではなかったかも、とまたちょっと思ってしまって、今度は心の中で祖父とアドリオット爺さまに土下座して謝った。
ちなみに、本人に謝る気はもう一切ない。




