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そして君は前を向く  作者: ユキノト
第8章 魔物退治
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8-14.待ち伏せ

 高原の中の林道を、十数名ほどが粛々と東に進んでいる。

 すぐ左手にそびえる山は、人が越えることは不可能と言われている、この山脈の最高峰だ。そこから吹き下ろしてくる冷たい風を避けるため、一行は外套のフードを目深に被り、言葉少なに馬を操っていた。

 一際強く吹いた風に煽られて、集団の中ほどにいる人物のフードが外れた。美しい金の髪が日の下に晒される。眩しげに太陽を見上げる瞳は金と緑の斑で、陽光に木漏れ日のようにきらめいた。

「殿下、少し休憩をお取りに?」

 傍らの馬上から、彼に声がかかった。

「いや、もう少し行った先に……」

 応えを返す為に開いた唇は、不自然に閉じられた。

 下半身から伝わってくる微かな動揺を感じ取り、秀麗な眉を寄せると、騎乗する馬に意識を向ける。

「?」

「なんだ?」

「おい」

 彼の馬一頭のものだった動揺は、瞬く間に周囲の馬たちに広がっていった。一様に立ち止まって鼻を鳴らし、落ちつかなげに蹄で地をかき始める。

 乗り手が困惑を露わに彼らを宥めようと苦心するが、当惑から興奮、そして恐慌へと徐々に乱れが激しくなる。


 ギュルルルル


 腹の底が震えるような低音が、森に響き渡った。同時に、鳥たちが羽音とけたたましい鳴き声を立てて、一行の方へと競うように飛び立ってきた。数枚の羽根が舞い散る。

 完全な恐慌に陥って暴れはじめた馬は、一人、また一人と乗り手を振り落として来た道の彼方へと走り去っていく。一行のうちの一人が馬たちを追おうとして、大柄な別の男に肩をつかまれて立ち止まった。

 最後尾にあった葦毛の一頭。その左斜め前の木々の合間から緑の塊がせりあがった。葦毛の馬へと傾ぐ。

「っ!」

 悲鳴に似たいななきに続いて、ズシャリという骨と肉の潰れる音が空に響いた。

「……」

 咄嗟に声も出ない一行の目の前で、路上に出てきた塊――魔物が、馬だったものに覆い被さる。骨を咀嚼する音と血臭が周囲を埋め尽くしていく。


「ザルアの悪魔だ」

 緊張を含んだかすれ声を合図に、一行は剣を抜き放った。

 気配を察してか、顔を血まみれにしつつ、ゴリゴリと馬を食らっていた魔物が顔を上げた。その目が笑ってでもいるかのように歪み、さらなる邪悪さが漂う。

 右手で森が悲鳴をあげた。たくさんの木が幹ごとなぎ倒され、すさまじい音となって、森全体を揺らす。次いで濃い臭気が流れてきた。奥から濃緑の巨岩のような魔物が数体、こちらへと動いてくる。

「また複数か……」

 剣士の一人が呻き声を上げた。


 緊張を漲らせる一行の前に、魔物たちは悠々とやってきた。少し離れた場所で馬を食らっていた個体も合流してくる。

「待て――グリフィスの上に人がいる」

「……飼い慣らしているのか」

 樹冠の合間に、灰色の外套をまとった人間が見えた。魔物たちの先頭、一際大きな魔物の肩に乗っている。

「フェルドリック・シルニア・カザックだな」

 しゃがれ声がその男から響いた。

 呼び捨てられたフェルドリックは目を眇める。

 ぼさぼさの白髪は伝え聞く幽鬼のようだ。こちらを見下している濁った双瞳には、自分の優位を確信し、その上で他者を嬲ろうとする害意がある。それを包む両眼は、まるで最大限たわめた弓のように不自然な弧をなしていた。

「何者だ」

「その命もらってやろう。我が礎となれることを光栄に思え」

 フェルドリックの問いを無視し、年老いた男は奇妙な愉悦を含んだ声で笑い、片手を挙げた。

 

 そこかしこで小山が盛り上がった。すべてグリフィスだ。

 地に伏せていた十体以上が立ち上がり、木々をまるで草のように薙ぎ倒して、フェルドリックたちを取り囲むように近づいてくる。

「十三、十四、十五……」

「……どうなってるんだ」

 フェルドリックの周囲を囲み、円の外に剣を向ける者たちの顔に浮かんだ恐怖と緊張。

 魔物たちは彼らの反応を面白がるかのように、上下の顎を広げてみせる。黒味を帯びた、腐臭を放つ液体がだらだらと零れ落ち、命に満ちた豊かな森の土が薄い蒸気を立てた。

 魔物たちを率いている老人は、皺の寄った口元を三日月の形に歪ませると、次に顎を突き上げて、哄笑を漏らした。歯の多くが欠け、残るものも黄褐色に染まっているのが鮮明に見える。

「フェルドリック・シルニア・カザック、噂にたがわず、実に美しいなあ。今からその顔が情けなく歪み、無様に怯える――なんと素晴らしい日なのだ」

 力に酔う者の狂喜を前に、フェルドリックは唇の両端を上げた。

「……なぜ笑う」

「私が笑ったことを察する敏さはあっても、理由には気付けない――やはり救いがたいほどに愚かだな」

 神話の神そのもののような微笑を前に、魔物使いの顔が憤怒に染まった。

「わしに跪き、命乞いするなら、楽に逝かしてやろうと思ったが、気が変わった。その美しい顔をぐちゃぐちゃにしてやる」

 憎しみに顔を歪めつつ、指を鳴らした。それが合図となったのだろう。巨大なグリフィスたちは愉悦の雄叫びと共に一行へと襲い掛かった。



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