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そして君は前を向く  作者: ユキノト
第8章 魔物退治
104/301

8-10.並置

 あの瞬間、世界が終わってしまうと思った。


 グリフィスの尾の一撃を受けて、フィルが吹き飛ばされるのを見た瞬間、時間の流れが極端に遅くなった。

 急流へと飲み込まれようとする彼女を目で追うアレックスを同じグリフィスが振り返り、毒液を浴びせようと口を開ける。

「……っ」

 吹きかけられた飛沫の一滴一滴が鮮明に見えた。紙一重の距離で交わし、アレックスはそれへと踏み込むと跳躍する。

「――死ね」

 憎しみをすべて込めて、上部から左目に突きおろした。そのまま力づくで剣を押し込めば、ごぎっという音が立つ。雄叫びと共に剣を捩じって、その頭骨を力任せに粉砕した。

 魔物の断末魔を背景に、アレックスはフィルがとり落とした剣を拾うなり、彼女を追って渓谷へと飛び込んだ。

 死が一瞬頭に過ぎったが意味を持たなかった。彼女がいなければどうせ同じことだ。


「フィ、ル……っ」

 急流に流され、岩に身体を切りながら、必死に彼女の元へと泳ぎ着く。

「っ」

 冷たい流れに半分浸った顔は既に真っ白になっていて、濡れた金の髪がその表情すら覆い隠そうとしている。悪夢のような光景に総毛立ちながらも、何とかフィルを片腕で抱き寄せた。その体が水と同じくらいに冷えているのにさらに焦燥する。

 絶対に失えない――。

 奪われていく体温に比例して鈍くなっていく自らの四肢を気力だけで無理やり動かし、岸へと彼女を押し上げた。既に感覚の無くなった指は鈍いながらもなんとか動いて、最後には自分の身を流れの中から引き上げることにも成功した。

「フィル、フィルっ」

 だが、フィルは湿った川原の上に横たわったまま、何らの反応も見せない。水を飲んでいる気配はさほどないのに、と焦りながら呼気や脈を確かめようとしたが、手が痙攣してしまって、まるで役に立ちそうになかった。

 震えていたのは寒さのせいではない。また守れなかったのか、失ってしまったのか、と恐怖と自責で眼下の彼女の姿すら霞みそうになる。

 フィルの額に貼り付いた髪を掻き上げ、彼女の首筋に顔を埋めると呻きに似た懇願が零れ落ちた。

「頼むから目を開けて、返事をしてくれっ、フィル……っ」

 君がいなければ、俺は――

「……っ」

 願いを感じとってくれたのか、フィルが微かに瞼を開いた。その合い間からもう何年も追い続けてきた緑の光を確認した瞬間の安堵は形容できない。

「アレク、は平気?」

「っ」

 声を詰まらせた自分へと向けられたその言葉に、思わず顔を歪ませた。さらに涙が零れ落ちる。

 九年前と同じだった。あの日もフィルは自分のことより先に人の心配をして、そう言った。

「アレ……クが……助、けてくれた……の」

 そう呟き、フィルは微笑んで再び目を閉じた。


この先に村があるはず――祈るような気持ちでフィルの身体を抱えて駆け出したアレックスは、その途中、粗末だがちゃんと手入れの行き届いた猟師小屋を見つけた。毛布や食糧の備蓄があるところを見ると、狩猟期にでも定期的に使用されているのだろう。

 そこに入って毛布を探し出すと、彼女の濡れた衣服を脱がせてそれで包み、すぐに火を起こした。それでも温まらず、白い顔をしたままの彼女に気が急き、今度は自分の肌で温めた。ただ彼女にもう一度目を覚まして欲しかった。

 繰り返し無事を祈り、ひたすらその身を抱きしめる。

 前から知ってはいた。自分は彼女なしでは生きている意味を感じられない、と。

 だが、もうそれだけでは済まないと実感してしまう――彼女がいなければ、この世のすべてに意味を感じられなくなる。

「フィル、お願いだから目を開けてくれ……」

 再び目を開けてくれたら、二度と離さない、離れさせてやらない。



 * * *



 目覚めたフィルに口づけ、水音を立てながらその体液を奪う。

 時折漏れるフィルの乱れた吐息に、口内に広がる甘い彼女の味に、身体の芯が痺れていく。

 どれくらいそうしていただろう、ようやく解放してやると、彼女は色味を増した唇を開いて、不足してしまっていたらしい酸素を苦しそうに取り込んだ。

 そして艶を含んだ目でアレックスを見上げてくる。

 愛しい、すべて手に入れたい――先ほど初めてフィルから受けたキスのせいもあって、抑えが効く気はまったくしなくなっていた。

「フィルが欲しい」

 潤んだままの深緑の瞳を見据えて、幾度目かしれないその想いをようやく口にする。

 快感に酔っているのか、それともまだどこか夢現なのか――フィルは濡れた眼差しでぼんやり俺を見上げてきた。

 それにつけ込むように再び彼女の上へと覆い被さると、唇をうなじに這わせ、形を確かめるように耳朶をなめ上げ、そして囁く――。

「……いいか?」

 微かな戸惑いの後にフィルが小さく頷くのが視界に入った瞬間、狂気に似ていると思えるまでの幸福に全身が支配された。


 キスをもう一度深めながら、胸へと手を這わす。刺激に震える、吸いつくような肌の感触と柔らかい弾力に、小さく漏れた声に全身が熱くなっていく。

 生まれたままの姿を見たくて、掛けていた毛布を取り去った。赤い、ほの暗い炎の光の中に、その全身が浮かび上がる。引き締まった無駄のない体は、でも女性らしく柔らかな曲線を描いていて、形のいいふくらみが炎に照らされて影をその肌に落としていた。

「……綺麗だ、フィル」

 思わずそう呟けば、一瞬理性が戻ったのか、フィルは慌てて毛布を手に取ろうとした。微かに笑って、唇をきめの細かい肌へと落とした。

 淡く色づいた頂を指でかすめ、敢え無い抵抗の芽を摘む。フィルの背が仰け反り、その光景に欲望が深まっていく。唇をその胸へと寄せると、悲鳴に似た声がフィルの口から漏れた。

「ア、レック……」

 彼女の肌から立ち上る香りに、その口から呼ばれる自分の名に欲情する。

 すぐにでもフィルと繋がりたい。そして思うままにしたい――そんな衝動に易々と千切れそうになる理性を必死に繋ぎとめる。

 怯えさせたくない。だが、同時に自分の感触を彼女に刻み付けたいと切望している。

 何も知らないフィルの身体に俺を覚え込ませ、何もかも忘れてしまうほど気持ちよくさせて――俺に溺れさせたい、他の誰の余地も彼女から失わせてしまえるくらいに。

「アレック、ス、な、んか、変……やだ」

「変じゃない、大丈夫だ。フィル……」

 未知の快楽を怖がるフィルが、自分の名を呼んで手を伸ばしてくるのにさらに煽られた。それを悟られて怯えさせることがないよう、穏やかな声を必死に作り上げた。全身を染め、小さな悲鳴と共に彼女が高みに到達する様を具に目に焼きつける。すべてを奪うつもりだった。代わりに与えられるものすべてを与えたい。

 何度もめぐらせた願望そのままに、身体中にキスの雨と所有を誇示する花びらを降らせつつ、彼女の内へと侵入していく。

「っ、アレ、クス……」

 未経験の痛みにだろう、フィルは涙を零すと、こちらへと縋るように腕を伸ばしてきた。

「……ここにいる」

 その腕を取って抱きしめた。

 感じたことのないほどの快感と至福感に刺激され続けている本能を、顔を歪めて涙を零すフィルを見て何とか思いとどまらせる。

「フィル、少し力を抜いて。楽になるから」

 口付けると、涙を浮かべたままのフィルはそっとこちらを見、戸惑ったような顔をした。

「ごめん」

 少しでも気が紛れればいいと、頬に乱れたままかかっていた金の髪を横へと流してやると、痛みに涙を浮かべていたフィルが少し首を傾げた。

「アレックスも……痛い?」

 苦しそう、と続けた彼女に思わず苦笑してしまった。

「ごめん、フィルは痛いのだろうに俺は気持ちがいい」

 どうにかなりそうなくらい、そう耳元へと唇を寄せて囁く。それに、本当はそんな苦しげな顔をフィルにさせているのが俺だという事実すら嬉しい。

 真っ赤になった後、フィルは微笑を浮かべる。同時に体から力が抜けた。

「アレックスが平気なら、大丈夫……」

「っ」

 同時に彼女の緑の瞳から滴が一滴零れ落ち、無意識なのだろうそれにあっけなく限界がきてしまった。

「フィル、悪い……」

 そして、彼女の最奥へと押し入った。

 彼女が高い声を上げ、のけぞる目の前でアレックスは顔を歪めた。

(まず、い、洒落にならない……)

 その状態で何とか動きを止めると、痛みに震える彼女へとキスの雨を執拗に降らせた。目尻に滲んだ涙を舌で拭う。

「フィル、すごくいい」

「っ」

 再び真っ赤になった彼女は恥ずかしいのか、腕でその顔を隠した。それを今の状態で可能な限り丁寧に手で退けて、その手の平に口付けを落とすと、そのまま床へと自らの手で縫いつける。

「顔、見せておいて。フィルのすべてが見たい」

 動くから……、そう囁いてもう一度深い口付けで彼女を宥めてから、ゆっくりと動き始める。


 フィルは至福を俺に与えてくれた。引き締まったその内部は受け入れる時は柔らかく包み込むように、けれど引いていく時はまるで逃がすまいとするかのように奥へと引き込もうとする。

 最初は苦痛の色しか見えなかったフィルの顔に、少しずつ官能の色を確認する。

 両腕が縋りつくようにアレックスの背中に回る。背に微かに立てられる爪の痛みにすら理性を揺すられる。

『アレク、一緒に行こう』

 九年前にただ無邪気に自分を見つめて笑っていた彼女が、今自分の腕の中でこんな表情を晒している――その落差と事実を思うと、どうしようもないほどの歓喜が全身に巡る。口を半開きにしてわななく唇の映像が脳を刺激する。

 ずっと焦がれてきた人だ、愛しいフィル、ずっと欲しくて、今こうして……――。

「アレ、クス、アレック、……」

「っ」

 名を呼ばれて、歯止めを失った。

 全身を桃色に染め上げ、潤んだ目で助けを求めるかのようにフィルが啼く声に陶酔し、後は加減を忘れて彼女を感じることだけにすべての神経を費やした。

 


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