那乃と夕食を
ヒロが帰った後、ちょっと遅くなってしまったけれど、夕食を取った。しかし、私も那乃も無言。
なんで機嫌が悪いのかなー? 那乃ちゃん。
彼女は、黙々と唐揚げを口に運び咀嚼する。
油物は太るから食べたくないと、自粛してたんじゃないのかな?
こんなこと、流石に言葉には出来なかったが。
「お水飲みたい」
「うん」
机の端にあった水差しを手にとり、彼女の前に置いてあげた。那乃は、空になったコップに水を注ぎ、一気飲みをする。
粗暴な動作に、やはり荒立っていることを感じる。
「私はいいんだよ! でもね、絶対に幸せにはなれないと思うんだよね」
いきなり、まくし立てるようにして話し始めてきた那乃に動揺する。
「な、なの……?」
どうしたんだろう。
那乃は感情の起伏が激しいところはあるが、ここまでのものは珍しい。
「おねーちゃんの話だよ。だいたい、あの男のどっこがいいのか分かんないんだよね」
あの男と言われて、頭に浮かぶのは彼だけだ。
「えーと、ヒロのこと? ヒロなんて、モテる理由を挙げたら星の数ほど有るんじゃない?」
私だけではない。決して、私だけではないのだ。
彼は綺麗で、完璧。
彼を求める人はとても多い。
そんな私に、那乃はキッと睨みつける。
「性格破綻者ってだけで、減点二億。あとは周りへの影響力でさらに二憶追加。あの笑ってるか分かんない顔もマイナスだね」
どう答えたらいいんだろう。
那乃もヒロとは付き合いが長い。
だから、一概に間違いとは言えないし、かといって偏見も混じっている気がする。
少し冷たくなってしまった味噌汁をすすり、唸る。
「うーん。那乃はヒロのこと、嫌い?」
すると、彼女は顔を赤く染めた。
「好きとか嫌いとかの次元じゃないよ! あの悪魔、むかしからおねーちゃんにすり寄るためにあーくそっ、ムカつく!」
那乃。女の子なんだから、その言葉遣いはよろしくないよ。
だんだんヒートアップしていく語り口に、苦笑いをするしかない。
そういえば、昔からこんな感じだったなあ。
懐かしい二人の言い合いを思い出し、笑みが漏れる。二人こそ本当の兄妹のように、毎日じゃれあっていた。
「にやけてないで、ちゃんと考えた方がいいよ! 百害あって一利なしって、こういうことだよね。もうっ! 一つ良いことがあるとしたら、まだおねーちゃんが清いままってことだけだよ」
「清い?」
おねーちゃんはなんて答えたらいいんですか?
私なんて、彼のことを考えるだけで黒い想いに取り付かれるのに。その色は、清いなんて言葉を与えられていいものではない。
私は綺麗なんかじゃない。
「なんか勘違いしてるみたいだけど……まあ、いいか」
どうやらここからが本題みたいだ。
一息つく彼女に、やはり苦笑を漏らす。
心配してくれているのだろう。
それは、とても嬉しい。
「おねーちゃん。あの悪魔にヤりたい放題させちゃダメだよ! ちゃんと「ダメ」って上目遣いで言うんだよ。そのすぐ後、軽く涙でも浮かべれば、バッチリ。ヤる気満々だけど、大切な磨夜ちゃんのために何も出来ないヒロくんの出来上がり! ちゃんと小悪魔っぽくね!」
「え、いや……あの」
どんな悪女なのか。
だいたい、それを私がやることになる場面なんてくるんだろうか。
もし、やったとしても、効果があるとは思えないんだけど。
「ふふふ。苦しむがいい。おねーちゃんを苦しめてきたんだ。その報いを受けるがいい」
「那乃?」
「本当は投げ出しても良かったんだよ? 多分、私だったら上手くやれるし。でも、ダメなんだよね」
「う……うん」
それは、ダメだ。
今だって、逃げ腰だが、那乃にお願いする気にはなれなかった。
「妹であろうと、好きな人には近づいて欲しくないよねー。あー、ムカつく」
なんて、答えるべき? 認めてしまえばいいの?
それとも、否定の言葉が必要なのだろうか。
迷っている私に、那乃は何も聞かずにただ味噌汁の心配をしてくれた。
冷め切ったそれを流し込む。
「美味しい」
「だよね」
冷えた夕食を腹に入れ、なんとか笑みを浮かべたまま部屋に戻れた。
溜め息を吐きながら、ベットに腰掛ける。
嫌な予感がむくむくと広がり、気分が悪くなる。
明日が来なければいいのに。
そのまま、仰向けに寝転がり、目を閉じた。