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非日常の予兆 3

 無情にもドアが閉まり、私たち三人は三角形の外心を見るように立った。

 ヒロは、ドアに背中を預け、私は銀の支えを掴み、原ちゃんは吊革を掴んでいる。

 電車が動き出し、私たちは軽く揺れている。

 どちらの瞳を見るのも怖い。

 原ちゃんの瞳は言わずもがな。

 ヒロの方を見るのが嫌なのは、彼の顔をみた私を彼女がよく思わないという理由からだ。

 経験上、女子の嫉妬は根深いて長いということを知っている。

 本当は、付き合ってなどいないということを伝えるのが一番良いのだが。彼がそのことを彼女に伝えないので、私も言えなかった。

 ヒロの機嫌が悪いのが気になる。話したことも無い他人が気安く近づくのを、極端に嫌がるから、当然といえば当然ではあったのだけれど。


――どこかおかしい。


 とても嫌な予感がした。

 今日、二回目が引き起こされてしまったら、洒落にならない。気を引き締めていかないと。

 まさか、原ちゃん。ヒロのストーカーなんてやってないよね?

 有り得ない話ではないのが、気がかりだった。


「早川君と磨夜はどこで知り合ったの?」


 唐突に問われた内容は自然で、かつどこかに棘を含んでいる。

 私がどう答えるか迷っていると、ヒロが横から彼女に対して返答した。


「家が隣なんだよ」


 ドアに体をあずけた気だるげな状態で、ヒロは答えた。

 その答えは、半分だけ正解だ。しかし、それを彼女に伝える必要はないし、特に問題はあるまい。


「そうなんだ」


 照れなのか、怒りなのか。頬が軽く染まっているのが見てとれた。

 私は、気づかれないように息を吐いた。

 やっと、二人をチラ見できるだけの余裕が生まれた。まだ心臓はバクバク言ってるけど。

 でも、さっきよりはましになったような気がする。

 ヒロの方を見ると、まだ、表面上は穏やかにしていた。

 しかし、底知れない黒い瞳が、闇を抱えているのが見える。

 黒くて、底知れない闇はひどく恐怖を感じ、人によっては魅力的に思えるほど綺麗なものだ。


「君は、磨夜ちゃんの何?」


 やはり、どこか面倒そうである。しかし、何かこう……見目の良い不良がダルそうにしている色気というか、伝わりづらいかもしれないけれど、怪しい雰囲気があった。私が同じようにしても、決してこうはならないだろう。

 それにしても、ものすっごく機嫌悪いなあ。


「と、友達だけど……」


 質問されたという事実に驚いているのだろう。彼女はどもりながら答えた。

 ただ、この様子だと、ヒロの内心を全く理解していないようだ。

 確かにヒロは他人に興味の無い、人形みたいな存在として扱われている節があるから、しゃべりだしたら困るのかもしれない。

 遠目に見て憧れていたアイドルが目の前で喋っているという興奮に近いのだろうと、見て取れた。


「そうなんだ。じゃあ、僕とも彼女とも、仲良くしてくれるよね」

「は、はい……。もちろん」


 二人が、笑って会話をしているのを、私は静かに見ていた。

 ヒロが言葉を交わしているのが、自分ではないという事実に、少なからずショックを受けているようで。

 そんな醜い心が、嫌だった。


――誰のものにもしたくない


 急に頭が痛くなる。まるで縄で脳を締め付けられているようだ。

 声も出せなかった。

 でも、苦しくて、泣きたくて……痛くて。


――あなたは――のもの


 ヒロも、原ちゃんも私の様子には気づいていないみたいだ。

 それで良い。こんなの、気づかれたくなんか無い。


「そっか、嬉しいな」


――あなたは――あなたは――――


 誰の、声なのだろう。

 時折、私の頭の中を痛みと声が突き抜ける。

 この声が聞こえるかと、ヒロに問いかけてみたことがある。彼は迷いもなく「何も聞こえない」と言っていた。

 もう一つ、分かっていることは、どうやらこれは嫉妬という感情に起因しているらしい。

 私の嫉妬かとも考えたけれど、どこか違うと思う。

 誰か、でもきっとヒロではないだろう。その誰かが、嫉妬しているときに、私に「感情」を流し込んでいるような感じだ。

 ヒロであったとしても、軽々しくそんなことを言える訳がないので、結局真相は闇のままだけど。


「じゃあ、僕たちは降りるから」


 すとん、と何かが落ちるような感覚と一緒に頭痛は治まった。

 憑きものが落ちたような感じだ。


「はい。またお会いできますよね?」

「うん、じゃあね」


 ヒロに手を引かれ、電車を降りる。

 数分のことだったはずなのに、私は憔悴しきっており、早くこの場から立ち去りたかったのだが、足を進めるのさえ億劫だった。

 ヒロが私の手を掴んで、電車から降りることができ、またそれが原ちゃんに見られていたのが、とても怖い。

 疲れた。この意外と大きい手に、助けられたのか堕とされたのか、私には分からなかった。

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