非日常の予兆 2
改札を抜け、ホームに立つ。人は疎らで、帰宅ラッシュの間に上手く入り込めたらしい。
電工掲示板を見ると、あと10分程は待たなければいけないらしいことが分かった。
手持ち無沙汰だった私は、両手で上着のポケットを漁ると、固い感触に出会う。
「何入ってるの?」
「音楽聴くやつ」
軽く機械音痴な私は、機械をこうやって表現する。
「ヒロは持って無いの?」
「今日は、別に要らないかなと思って。まあ、聴こうと思えば、ヘッドフォン鞄に入れてあるから携帯で聴けるしね。ねえ、磨夜ちゃん。何の曲が入ってるか、見てもいい?」
ヒロも私の発言を別段気にすることもなく、両の手の平を前に出してきた。
「いいけど、ヒロの好きな曲があるか、分からないよ」
そのまま、ヒロに手渡すと、彼も手慣れたようにその機械を扱った。
他人に入ってる曲の情報を見られるのが嫌だと言ったのは誰だったろうか。特に気にしない私は、ヒロの手元を見ていた。
結構、ゴツゴツしていて長い指が滑らかに動いている。
こんな仕草さえ、綺麗に映る。ヒロは、本当に魅力的な人間なのだと、再認識した瞬間だった。
「磨夜ちゃん、Mi-na好きなの?」
ヒロは、アーティストの一覧を見ながら、意外そうな顔をしていた。
Mi-naは私の趣味からは遠く外れてるからな。
「ああ、それ。私じゃなくて那乃が好きなんだ。借りただけ」
頭の中に二つ下の妹の顔を思い描いた。CDを買った時の那乃のはしゃぎ様は凄かったな。
しれず、頬が緩んだ。
「へえ。アイツがねえ。磨夜ちゃんは、誰が好きなの?」
「私? Mi-naもそこそこ好きだけど、やっぱりSuPU-Tonかな?」
それには納得してくれたらしい。首をうんうんと上下に振っている。
「そうなんだ。僕も今度聴いてみるね」
大衆的なロックであり、若い人には聴きやすいから、ヒロも平気だとは思うけど。
聴きたいと思ってくれたなら、光栄だ。
「興味あるんなら、貸すけど。いる?」
「うん、ありがとう!」
花が開くように笑った彼に、苦笑を漏らす。だから、彼には勝てないんだ。
本当に綺麗に笑う彼と、私はそこらへんにいる平凡な女子大生。
釣り合いが取れなくて、とても悲しい気持ちになる。
けれど、彼はやっぱり幼馴染として接してくれるから。だから、こんなに執着してしまうんだろう。
「磨夜ちゃんにも、何か貸すね」
ヒロはギブアンドテイクの精神を発揮してくれた。
何を貸してくれるつもりなのか気になるけれど、今聞いてしまうのがもったいない気もする。
離れていた距離を気にしないで済むくらい、すんなり幼馴染が出来て嬉しい。
「ありがとう」
「あれ、磨夜?」
お礼と重なるようにして、後ろから声をかけられた。
「あ、原ちゃん」
原ちゃんは驚きに目を見開き、私とヒロの間で視線を行ったり来たりさせている。
嫌な予感がした。
ヒロは良い意味でも悪い意味でも目立つのだ。
だから、隣に立つのは、とても大変なことだって分かってたのに。
――原ちゃんは、早川君のファンなんだよ。
大学で出来た友人の一人である美園が言っていた言葉を思い出した。
ヒロにファンがいるのはおかしくない。これだけ綺麗なんだから。
あんなに広い大学でも、一度は口にする有名人。
それだけでは無かったけど。
「そうなんだ」
彼女は驚きから、表情を変化させた。
「二人とも、付き合ってたんだね。まさか、早川君と磨夜ちゃんがなんて思わなかったけど、お似合いだよ」
彼女の一見、邪のない笑顔が、ホラーのようだ。
こんなに近くにいるのだ。彼女もヒロに「魅了」されてる。
それなのに、こんな笑顔を見せられるはずはない。
とても、怖い。さっきヒロが起こした現象の何倍も怖くて仕方ない。
<<間もなく、列車が参ります。黄色い線の内側でお待ち下さい>>
ちょうど良いタイミングで、電車が来てくれた。
ふっと力が抜け、息が漏れる。
「磨夜ちゃん、行こう」
「私も方向一緒なんだ。お邪魔かな?」
否定するのを見越して、こんな事を言われても。
「ううん。一緒に行こう」
こんな返事しか、返せなかった。