ヒロ 1
僕は小さい頃から彼女が好きだ。
だから、彼女が僕を守るべき存在だと思っていることも知っているし、僕をいつまでも守るべき存在であると思い続けることも知っていた。そして、彼女が僕と一緒にいると、彼女を失くしていくこともなんとなく分かった。
でも、僕は彼女から離れることが出来なかった。彼女が居ない時間なんて、僕には意味の成さない物だったから。だから、彼女がどんなに辛い思いをしていようが、彼女の同情心を最大限まで煽り、傍から離さなかった。
そして、僕は思う。やっぱり、彼女が好きで、傍から離したくないのだと。
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「だから、脱がないでよ!」
僕の部屋に着くなり彼女はベットに座った。そして、ボタンに手をかけ、ぷちぷちと外し始めた。
何を勘違いしているのか知らないが、僕は脱がせる派だ! って、それも違うんだけどさ。
正直、磨夜ちゃんの柔らかくて白い肌が目に入ってくると、どうも……思考が鈍る。血迷って彼女を襲ってしまった瞬間に、僕は磨夜ちゃんに一生触れることが出来なくなるんじゃないかと思えて、怖かった。
「しないんですか?」
「勘弁してよ。僕、磨夜ちゃん以外に興味ないし」
っていうか、確かにそんな台詞も言われたいけど、そういうのってこう……真っ赤になって、たどたどしく磨夜ちゃん(ここが一番重要)に言われるから我慢ならなくなっちゃうわけで。あっけらかんとされちゃうと、どうもね。磨夜ちゃんにだったら、あっけらかんとされてても、美味しくいただけるけど。ああ、やっぱり彼女が身体が磨夜ちゃんで心は磨夜ちゃんじゃないから、こんな中途半端な気持ちになるんだな。納得した。
「五時に約束でしたね。じゃあ、それまでに済ませましょう」
「だから、しないよ!」
それに、済ませるって何だよ!? 僕は磨夜ちゃんを愛してあげるんだ!
……自分で言っていて、少し落ち込む。ちょっと気持ち悪い言い方だったかも。いや、でも目一杯愛しているのは事実だし、優しくする気満々だし、言葉としては間違ってない。
だいたい、彼女とするにしても磨夜ちゃんとは程遠い言葉遣いと、この態度で、やる気も失せる。っていうか、こんな馬鹿なことで悩んでいる僕が嫌だ。
「身体はそこそこ反応しているようですが」
「……!?」
何を見ているんだ、この女! 恥を知れ!
真っ赤になって怒ると、彼女は首を傾げた。この様だけ磨夜ちゃんっぽくて、ちょっとだけキた。
磨夜ちゃんに会いたいなあ。会って、この訳の分からない状態を慰めて欲しい。別の意味でも慰めて欲しい。
彼女が出てきたから、磨夜ちゃんの気配はどこかに行ってしまっている。っていうか、目の前のこいつはあれか? とりついた幽霊なのか? 除霊ってどこ行けば良いんだろう。さっさと祓ってしまいたい。
睨みつけながら考えていたせいか、全て僕の考えを読んだような言葉をかけられた。
「ヒロ様、私を消すおつもりですか?」
「当たり前じゃないか! 磨夜ちゃんが近くに居ない生活なんて、堪えられるわけ無い。君を消して、磨夜ちゃんを取り戻すからな!」
何故か様付けして呼ばれる名前にも腹が立つ。もしかして、魔物の類なんだろうか。魔王に仕えるために存在する、とかか?
魔物なんてそんなもの、存在すると思っていなかったが、僕みたいなのが居るくらいだ。魔物も幽霊も魔法使いも吸血鬼も居てもおかしくない。居ても決して会いたくは無かったが。
「私を消したいんですね。では、窓から飛び降ります」
「は?」
いきなり飛び出してきた突飛な提案に耳を疑った。まさか、そんな馬鹿なこと――。
「ああ、ここからですと、貴方様のお家にご迷惑ですね。では、自宅の方で飛び降りてきます」
「何言って……!? ちょっと待ってよ! 駄目に決まってるだろ。磨夜ちゃんが居ない生活なんて、耐えられないって言ったじゃないか」
こうなったら、仕方ない。
彼女の目を見る。そして、ゆっくり近づいていった。
「僕言うこと、聞けるよね」
「……はい」
絶対に磨夜ちゃんだけには使いたくなかったのだが、この場合は緊急事態だ。
僕には生まれた時から不思議な力が備わっていた。存在自体が魔王という、訳の分からない存在なんだけれども。まあ、それは置いといて。
人を魅力する能力。
その能力のせいで、僕は誰でも言うことを聞かせることが出来る。
もちろん、過ぎた能力には弊害がある。僕の場合、人に執着され過ぎてしまい事が問題だった。そのせいで、いつも一緒に居てくれた磨夜ちゃんも女子に虐められてしまったり、変態に連れていかれそうになった僕を磨夜ちゃんは守ってくれたり。まあ、能力を使って数万倍返しはしているから、なんとかなってはいるんだけど。磨夜ちゃんには申し訳ない思いをさせてばっかりだ。
「どうしたら、元に戻るの?」
磨夜ちゃんの能力のせいなのか、彼女は僕の疑問に答えないように抗っている。
「……戻らなければ、大切な磨夜を原と対決させないで済みますよ」
「戻らない状態が長く続けば、磨夜ちゃんに何か起きるかもしれないよね?」
「いいえ」
「その言葉に嘘はない?」
彼女は僕の言葉に自信を持って、「はい」と言った。さすがに磨夜ちゃんも僕の力を完全に断ち切るだけの力は無かったので、これは多分事実だ。
磨夜ちゃんが傷つかないに越した事はない。だが、このままで言い訳がない。
僕の気持ちは揺れていた。
「元に戻る方法は存在するんだね」
「……はい」
「僕は磨夜ちゃんに会いたい。しかし、傷つけたくない。僕の言うことを君は全て聞けるね」
とてもキラキラした目をして、彼女は首を縦に振った。
絆されたりはしないが、なぜこんなに僕に執着するのか分からない。
彼女は何なのか。僕には未だ分からない。