君との距離
軽い下ネタ注意です。
しかし、本人はマジです。
あの場所にいると、もっと問題が起きそうで怖くて、授業が終わるとすぐに、逃げるように帰宅した。
とりあえず、原ちゃんの件以外は特に何事もなく過ごすことができ、ほっとする。
何かとじろじろ見られたりもしたが、仕方ないだろう。
もし、私が逆の立場でも、同じことをしてしまうだろうから。
疲れたな。
ため息を吐きながら、家のドアを開けた。
いつものように、部屋着に着替え、携帯を持ってリビングへ向かう。
慰めメールが三件入り、各々へ返事を返す。
優しい友だちを持てて良かったなあ。
明日もきっとどうにかなる。
そう思えるのは、彼女たちのお陰だった。
「磨夜ちゃん!」
ソファーの上でゴロゴロしていると、いきなりヒロが乱入してきた。
那乃が後ろで手をヒラヒラさせているのを見るに、きっと彼女がいれてあげたのだろう。
「いらっしゃい」
何となく、来た理由は分かる。
ヒロにも、今日の「白い布二股事件(いつの間にかそんな名前で広まっていた)」は知られているんだろう。
しかし、心配しているというよりはどこか怒っているように見える。
そんな彼に首を傾げながら、言葉を待った。
「二股って、何!? 磨夜ちゃん、誰とそんな関係になったの? 教えてくれるよね、もちろん。早くそいつを……」
ヒロは座っていた私の前で床に膝をつき、目線を合わせてくる。
「ひ、ヒロ……?」
「磨夜ちゃんは僕のだよ! 頭のてっぺんから足の先まで、僕のものなの!」
悲鳴にも近い声に悲しくなり、同時にドキッとした。
言われている内容は過激だし、自分勝手なのに、相手が彼だと思うと当たり前の内容のようにも思える。
ヒロは動揺して動けない私の方に手を伸ばし、暗い笑みを浮かべた。
私の名前を呼ぶ声が聴こえる。
愛しい、悲しい声だった。
だんだんと綺麗な顔が近づいてくる。
ああ、これが「魅了」されているということなのか。
動けないどころか、彼の綺麗な瞳に、唇に寄せられていく。
視界はヒロでいっぱいになっていく。
目が離せない。
いや、目だけではない。心臓も脳も全身の神経もヒロにだけ意識を向けている。
ヒロがこんなにも近い。
――止まらない。
「はい、まて」
頭を飛ばす良い音と、那乃のさっぱりした声が頭に入ってきた。右手には、筒状になった新聞紙を携えている。
目を瞬かせていると、床に倒れていたヒロの周りがドス黒く覆われていくのが見える。
これは、マズい!
「ヒロ、大丈夫!?」
とっさに駆け寄り、殴られたであろう頭を撫でる。
那乃も軽く当てる程度にしたはずだから、痛くはないと思うんだけど。
瘤もなさそうだ。
とりあえず安堵した。
「どこか、痛い?」
だいぶ、怒りは収まってきたらしい。
彼の周りを覆っていた闇は引き、俯いていて顔は見えないが、そこまで機嫌を損なっているようにも見えない。
「磨夜ちゃん、あの……」
やっと、軽く顔を上げてくれた。
軽く頬が赤く染まっている。
「うん?」
「他に痛いところがあるんだけど、優しく撫でて欲しいんだ。何か熱くて……磨夜ちゃんが撫でてくれたら、収まりそうな気がする」
腫れているのだろうか。
撫でるより、冷やした方が良いような気もするけど。
「磨夜ちゃん、ダメ?」
「あ……や……あの……」
私はヒロの上目使いに弱い。不安げに見つめられて、心拍数が上がっていくのを感じる。
ヒロは可愛い。男の子なのに、妙に色気がある。
だいたい、ヒロのお願いを私が拒否できるわけない。
「おねーちゃん。その変態、ぼこぼこにした方が世の中のためだよ」
「本当、うるさい」
那乃にドン引きした目で見られて、途方にくれる。
わ、私にどうしろと……。
「私に止めて欲しいくせに」
「……」
那乃の言葉に、ヒロは否定も肯定もしない。
「愛だけは認めてあげてもいいんだけどね。ヤるんだったら、二人きりの時にして」
溜め息混じりの言葉を、だんだんと頭が理解していく。
なっ、なっ、何を言ってるの!?
でも、確かにさっきキスっぽいことをしそうになったし……。
――那乃の前で。
恥ずかしくて、一気に真っ赤になった。
「そんなことより、二股ってまた何かあったの……?」
那乃の声のトーンが少し落ち、心配げに見られる。
「うん。ちょっとね」
「おねーちゃん、全部話してくれるよね?」
はい、話します。
有無を言わせない雰囲気を醸し出している那乃に、首を縦に振った。
ヒロと那乃の前で、今日の出来事を感情を入れないで話す。
何事にも、客観的な視点は重要だと思うし。
「とりあえず、その女。殺そうか? ね、磨夜ちゃん」
「だ、駄目だから!」
本気っぽいヒロに冷や汗をかきつつ、止めに入る。
「おねーちゃん、「原ちゃんに何かしたら、嫌いになるからね!」くらい言わないと、マジで殺ってきちゃうよ……」
何それ!?
「ひっ、ひろ! 原ちゃんに何かしたら、嫌いになるからね!」
「じゃあ、しない」
あっさりと即答されて、何だかなあと思った。
那乃、なんで手を合わせてるのかな?
「どうするのかは、おねーちゃんが決めなきゃねえ」
「それはもちろん」
私が決めなきゃ、この後の展開に納得できないだろう。
だから、ちゃんと自分で決めて、自分で協力を仰ぐようにしなければいけない。
「磨夜ちゃん……」
「……」
「傷ついちゃダメだよ? 僕、耐えられなくなりそうだから。磨夜ちゃんを傷つける奴は赦せないし、何より嫌い」
子どもが駄々をこねるように、ヒロは言う。