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文献 1

 彼は何度も読み返したその文献を手に取った。

 切なげに息を吐き、指を震わせながら、ページをめくる。

 古ぼけたその冊子は、今にも崩れ落ちそうな程、古かった。

 表題はない。

 著者の明記もない。

 しかし、それを誰が書いたのか、彼は知っていたので問題はなかった。



**



 酷く冷たい石牢に、尊く可愛らしい一筋の光がこぼれていた。

 その光は神々しく、本来ならば私などが関わって良いものではなかった。

 しかし、私に与えられた使命を全うし、死を迎えるまで。

 そんなにも長い間、光を目にする許可が下りた。

 最初は悩んだ選択だが、やはり間違ってはいなかったと思う。

 かのお方と一緒ならば、どんな結末になろうとも、私は耐えられると確信していた。


 石牢の内部の硬質な床には、薄く僅かばかりの柔らかさをもつ、黒い布が広がっている。

 私の靴は重たく、守りのために硬くできていた。その靴が床に当たりコツコツいってしまうくらいに、布は意味がなかった。

 農耕をして生計を立てている人たちには十分な、しかしかのお方には劣悪な環境であると思う。

 かのお方は、その床に細すぎる足を垂らし、ぶらぶらと前後に振っておられた。

 その様子を横目に見つつ、目の前の机に、食事を並べていく。

 それをどこか嬉しそうに見つめる目に、やはり光を感じた。

 細々としか与えられない食事に、ありがとうと告げる声がする。


 貴方様は、このような場で生きる人間ではないでしょう?

 このような場で死ぬ人間でもないでしょう?

 それなのに、国のためにと幽閉される、我が君。


「どうしたの? 怖い顔をしてる」

「貴方様は王になるお方なのですから、そのような行動はお止めください」

「王とか王じゃないとか、関係なしに、ノースが止めて欲しいんなら止める」


 足をピタリと止め、私を見るお姿が酷く幼げで可愛らしい。

 だからだろうか。余計にやるせなかった。


「申し訳ありません。失礼を」

「どうでもいいよ、そんなこと。それより、笑って。僕、君の笑顔が好きなんだ」


 幼い貴方様に、私はあまりうまくない笑顔を見せる。

 笑顔には自信があまりないが、かのお方だってそこまで期待はしていないだろう。

 案の定、納得したのか、かのお方は食事を開始した。

 机の上を一通り見た後、銀のスプーンを使い、スープをすする。

 そのお姿を眺めながら、想いを馳せる。


 貴方様のためでしたら、何でも捧げましょう。

 腰に下げた剣も、どこに行ったとしても通用する知識も、家事であっても、全て貴方様のためだけに。

 私は貴方様のためだけに存在するのですから。


 白い衣から、日にまったく当たったことのない素肌が覗く。

 やつれた頬に、微かな笑みが乗り、私を感動させた。


「ねえ。僕、笑えてるでしょ? 練習したんだ」

「ええ。素晴らしい笑顔です」


 その返答に満足して貰えなかったようだ。

 ぼそぼそと「そうじゃなくって……」と呟きながら、また足をばたつかせている。

 どうやら、私の可愛い主は、褒めてほしいらしい。


「はい。さすが、我が君」

「むう。そうじゃなくって、ほら、……かっ……いとか……」


 最後の方はごにょごにょ言っていて、あまり良く聞こえなかったのだが。

 私は本当に……駄目な奴だ! どのようなお言葉であろうと、主の言葉を聞き逃すなどっ!


「ちょっと、何で落ち込んでるの!?」


 私が昏々と考えこんでいると、主は驚いたようだった。


「申し訳ありません」

「いいよ、もう。ノース」

「はい」

「僕、早く……」


――この場所から、逃げ出したい。


 貴方様がそれを望むなら、私はこの印に誓いましょう。

 この馬鹿げた場所から、貴方様と共に抜け出すと。

 私が死んだとしても、私は絶対に成し遂げてみせましょう。


「仰せのままに」

「ノース、ありがとう」


 感謝の言葉なんか、必要なかった。

 結局、私と貴方様は主従関係にあって、そして――


「ノース、次の食事は何?」


 そして――の続きは記すことすら叶わない。


【サクラム歴七年 サラの月の1】


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