白い布と恐怖心
あの目立つ2人とどうにかして別れ、友達の元へやってきた。
うん、すごく大変だった……。
「おはよ」
疲れた顔をしながら、空けてもらっていた席に座る。
教室の真ん中より後ろの席。ここがいつもの定位置だ。
もう、いつものメンバーが揃っている時点で、私がよっぽど時間を取られていたのが分かった。
それにしても……。
「うーん」
「どうしたの? 磨夜」
私の隣に陣取っていた美園がひょっこりと顔を近づけてきた。瞳に心配という感情が表れていて、嬉しくなる。
「いや、何か大切なことを忘れてる気がするんだよね」
そう。それも、これからの生活に関わってきそうな重大な何かを。
何だろう。
考えても、答えが出てこない。
デジャブを感じつつ、それ以上に初めての感覚に戸惑う。
やっぱり、忘れてしまっているのだ。
ヒロのことも、私のことも。
もっと、きちんと考えなければいけないということは分かっているのだが、嫌なことは後回しにしてしまう。
「あれ、原ちゃん……何かおかしくない?」
美園が教室に入ってきた原ちゃんを見て、首を傾げる。
確かに、みんな原ちゃんのことを見ている……ような……。
鬼気迫る表情に、口端を上げて微笑んでいる様が病的でもあり。
何、あれ。
大きな白い紙、いや布のような物を広げている。
良く読めないが、文字が書かれているようだ。
教室内がざわめき、軽いパニックに陥っている。
そんな中、彼女は私を見据え、不気味に笑った。
――これか。
私の日常を壊す、今日からの災厄は。
原ちゃんの異常な行動は、ヒロの力によるものだと理解した。
「ねえ、何が書いてあるか、見える?」
だいたいの予想はつくのだが、外れていれば良いんだけど。
残念ながら、視力はあまり良い方ではない。
私は友人たちに問いかけた。
三人とも青い顔をしてる、と思いきや、顔を真っ赤に染めて怒っているようだった。
え、何で?
「磨夜、見えないんだよな」
ヤバい。依莉って、怒るとかなり怖いんだよね。
びびった私は首を縦に振った。
「麻生磨夜は二股をかけている、だってさ」
……!?
いや、二股っていうか、もう何だか分からない状態であって、ヒロには好きだって言われたけど、藤沢くんは謎だし。
え、ここで何故、藤沢くんの名前が出てくるの?
っていうか、原ちゃん。
これは、フォローできないよ……。
ヒロの力によって、彼女の人生がねじ曲げられたのなら、それを戻してあげなければいけないと思う。
お節介かもしれないし、本人が元々そういう人間であるかもしれない。
でも、ヒロの力は絶大で誰にも抗えないのだ。
だから、彼女が一概に悪いとは言えない。
しかし、ヒロが悪い、なんて考えたくもないし、ヒロはどちらかといえば被害者だ。
知らない子にいきなり刺されそうになったこともあるしな……。
やっぱり、私はそういうことをする彼女たちにも責任はあるとは思う。まったくヒロに興味が無い子が魅了されても、そこまではならないし。
でも、どうにか穏便に済ますことができるなら、それに越したことはない。
何度も迷ったし、彼女たちを正直恨んだりもしたけれど、私はできるだけ、小さい被害で済むように努力をしていた。
今回の件は、堂々と人前で奇異の視線を浴びてしまっている時点で、彼女がおかしくなってしまったのが丸分かり。
確かに私にも不利益は生じてくるかもしれないが、それ以上に彼女は……。
「原ちゃん、ヤバいよね。何か怖いし」
「え、あれって冗談ってレベルじゃないよね」
「っていうか、麻生さんって二股かけてんの?」
「やべっ、女って怖っ! 関わりたくねー」
周囲の人たちの声が、ちらほらと耳に入ってくる。
「磨夜、気にしちゃダメだよ」
美園が手を握ってくれて、自分が僅かばかり震えていたのが分かった。
やっぱり、ショックはあるんだな。
慣れてしまっていると思ってたけれど、人間であるがゆえに不可解な現象への恐怖は存在する。
そんな私を見て満足したのか、彼女はそのまま教室を後にした。
例の布をそのまま持っていってくれたのは、良かったなあと思うけど、外で広げて歩かないかが心配だ。燃やしてくれるといいんだけど。
「マジ、意味わかんない」
「う、うん」
美園の怒った声に瞑子が同意する。
「巻き込んじゃって、ごめん」
「いや。磨夜は悪くない」
依莉が言うと、無駄に説得力があるから困る。
曖昧に笑うと、勘の良い三人は「気にするな」と言ってくれて、嬉しくなった。