彼の手の内
「ヒロ、ごめんね」
この落ち込みの原因は私だ。言いようのない、情けなさを感じながら、何度も「ごめん」を繰り返した。
ヒロは、気を持ち直したのだろう。やっと苦くだが、笑ってくれた。
「いや、磨夜ちゃんのせいじゃないし! 大丈夫。僕が変わらなければ良いって話だから」
「……うん?」
最後らへんから、目がギラギラしてきた気がするのは、気のせいだろうか?
っていうか、横を歩いていたのは、今も変わらないけど、距離が近くなってる気がする。
「磨夜ちゃんが好き。好きだよ」
愛しげに、苦しげに吐き出される言葉に、私は呆然とした。
有り得ない。
「何、それ……?」
「クリスマス、出来れば一緒に過ごしたいんだけど。暇はあるかな?」
「え、あ……」
その日はバイトが入ってる。それを伝えようとしたのだけれど。
「バイトが終わってからで十分。磨夜ちゃんに会えるんなら、それでも大きな意味があるから」
ストレートな気持ちを浴びせられて、私はわたわたすることしかできなかった。
何で私の予定を知ってるの?
それに、時間割も知ってるみたいだし。
「磨夜ちゃん、好きだ」
「ひろ……」
口の中がカラカラだ。
ヒロは、私なんかを本当に好きなのだろうか……?
私。私は……。
考えたくない。
何故だろう。こんなに嬉しい言葉をもらっているのに、胸が痛い。
手が痙攣して、何かを怖がっている。
ヒロを?
いや、私が、ヒロを怖いと思うことなんて、有り得ない。
「おはよう。麻生さん」
「ふ、藤沢くん!? お、おはよう……」
今日は厄日なんだろうか。
「何か妙な反応だな」
「お前には関係ない」
しかも、彼はヒロと仲が良いみたいだ。
いつ、出会ったんだろう……?
「いやいや。ありますから。な、磨夜」
なんで、いきなり下の名前で呼ぶの!?
ヒロも超絶ご機嫌斜めだしっ。
でも、こんな光景、みたことある。
いや、有り得ない。
でも、何が有り得ないんだろう。
「やっぱり、反応がおかしいな」
「……」
私を見て、藤沢くんは言った。
やっぱり、私は何か忘れているのかもしれない。
「これが、血か」
藤沢くんは、悲しげに微笑んだ。
血とは、私に流れている忌まわしくも、捨てられない血のことだろうか。
「血には、俺も早川も抗えない。麻生さんもな」
「そんなのどうとでもなる」
それは無理だと、私は思う。
でも、藤沢くんも?
「どうにか、する」
「ああ、そうだな。どうにか、しなくちゃいけない」
2人の考えは滅茶苦茶だ。
体中を流れる血なんて、どうやって抗うというのだ。
それに、ヒロだって、自分が魔王だということで負い目に感じてきたし、それを同時にあきらめてもきたじゃないか。
なんで、いまさら?
体に堪える冷たい風が吹き抜けた。
「無理だよ」
私は何かに縛られてる。それは理解できるのだ。
しかし、それ以上が分からない。
私の不安に、藤沢くんは明るく答えた。
「いや、無理じゃない。理が曲がってきているだろ?」
「理?」
「俺は、誰だ?」
「藤沢くん」
いきなりの質問の趣旨が掴めす、ひどく狼狽した。
しかし、答えを返さないわけにはいかない。
「下の名前は?」
「理人、くん……」
頭のほんの一片にかかれた記憶の糸を探す。
細い糸は私に負担を強いた。
「なんで下の名前を知っているんだ?」
「だって、自分で名乗って……それにりーくんって……あれは、喫茶店で……」
何だろう、この記憶。
曖昧で掴めないけれど、とても大切な時間だった気がする。
それに、大切なことを忘れてしまって……いる?
「思い当たる節があるだろ? だから、ミツルさんに会わせた。あの人はこの世界でも、あの世界でもない次元に生きているから。干渉されない」
その言葉に、すかさずヒロが反応を返した。
「お前、何を知っているんだ?」
ヒロが値踏みをするように、じっくりと彼を見る。
「磨夜の勇者だ。彼女はお前だけのものじゃないってことだ。手の内だって、明かし過ぎる気はないから。覚悟しとけ」
藤沢くんはニヤリと笑った。