記憶の消失と那乃の思考
私たちは、分かっているはずだ。
だから、恋には堕ちない。
でも、私の大切な人は、抗えなかった。
異常な美貌と、他人を魅了し従わせる能力。
運動神経はそこそこで、頭は良い。
しかし、最悪な程、我が儘で子ども。
それが、私の考えるアイツの姿だった。
そんな奴、ただ厄介なだけなのに、お人好しな姉は、可愛がるだけではなく好きになってしまった。
ダメなのに。
私たちは、特にダメなのに。
血に刻まれた記憶と能力が、私たちを生かし、そして縛る。
アイツは私たちを害すことはできない。
そして、私たちはアイツから離れることも近づくこともできない。
――ヒロとは疎遠になってしまったの。
何度繰り返された言葉だろうか。
アイツが、こんなに執着している貴女を離すわけないのに。
――好きなんでしょ?
――そんなっ!? 恥ずかしいこと、言わないでよ。那乃!
赤く染まった頬を、微笑ましくも、悲しい目で見なくてはいけないのが、つらかった。
――もう止めなよ
言いたくない。
でも、言わないといけない。
本人に意味が分からなかったとしても、言わなきゃ。
悲しい。
事情を知っている方が苦しいから。
早く救われたいとも思う。
でも、全身を巡る血を塗り替えることなんか、できないでしょう?
――このままだと、記憶をなくしてしまう
警告音が鳴り響いてきたから。
すぐに気づいて、乱入した。
どんなに恥ずかしいことでも、あの人のためだったら、できる。
ああ、早く解放されたい。
中途半端に「魅了」が効かないこの身を、早く2人から引き離して欲しい。
大切なものを壊さないために。
早く。早く。
「那乃、行ってきます」
「いってらっしゃい。変態には、気をつけるんだよ?」
睨みつけられて、安堵するなんて、本当に報われない。
でも、心地よい距離に、これ以上の待遇は望まない。
姉が好きだ。
幼なじみも好きだ。
だから、2人を汚す黒い点にはなりたくなかった。
私は姉のように、まっすぐ愛することはできそうもない。
彼の力によって、恋をしたのではないかと、常に疑ってしまうだろう。
だから、いいのだ。
近くで助けてあげたい。
でも、つらくてたまらない。
「那乃も、学校遅れないようにね!」
「はいはい」
愛しくて、憎らしいくらい可愛い姉を見送る。
早く、解放されることだけを祈ってる。