響く声
――…て…は……ない
そんなこと、分かってる。
でも、大切すぎて。
出会った瞬間に、他を捨てる覚悟もできて。
――すき……はい……い…
そんな言葉、聞きたくない。
届かないのも、届いてはいけないことも分かってる
だって、あの人は……。
私の一番。
**
あのすぐ後、ヒロはそのまま帰り支度を始めた。
何にもなかったかのように。でも、含みをもたせながら。
こんなに気にしているのが私だけだと思うと、何だか恥ずかしい……。
けれど、何かを求められるのも、正直に言うと怖かった。
だから、できていたかは分からないけど、何も知らない振りをした。
ずるい私。
ヒロはそれも許容してくれた。
私を愛してくれているんじゃないかと、錯覚する。
でも、そんな訳はないと、自分に言い聞かせる。
だって、有り得ないことだ。
しかし、どこか気恥ずかしい。
顔を赤くしながら、なんとか玄関まで見送りをする。
どうしようかと視線が安定しない私に、ヒロはとても優しく笑ってくれた。
「またね、磨夜ちゃん」
いつもと同じ笑顔に安堵して、少しだけ寂しく思う。
そんなことを思う権利も私には存在しないのに。
彼の「ばいばい」の言葉と共に、ドアが閉まった。
寂しい。胸が痛い。そして、恥ずかしい。
「まったく、どうしようもない奴め!」
っていうか、那乃。
ヒロが玄関から出て行った後に塩撒くのは、かなり失礼だと思うよ?
腕を捲り上げて、ピッチングするように腕を振っている様は、勇ましいけど。
「もう、何であんなの家に上げたのさ?」
「え、いや……」
どう答えたら良いんだろう。
っていうか、那乃にはかなり聞かれてたんだよね?
恥ずかしいなんてもんじゃない!
色々なことを思い出してしまった私は茹で蛸のようになり、那乃をさらに呆れさせた。
「まあ、お姉様がああいうことに興味がおありでしたら、文句も言えませんが」
「な、な、な……無いもん! もうヒロを入れたりなんか、しないよ!」
「賢明だね、お姉ちゃん」
ヒロみたいな笑顔を、那乃は私に向けてきた。
たまに思うけど、那乃は何考えているか、よく分からないなあ。
可愛い妹であることは、間違いないんだけど。
ついでに私のことを考えてくれる、良き妹であることも間違いないんだけど。
「あと、お姉様?」
「呼び方でからかうの止めて」
「了解です、お姉ちゃん。一言、忠告させてもらうけど」
何だろ?
首を傾げた私に対し、那乃は真剣に言葉を紡いだ。
「真面目に避妊だけは、してもらうんだよ?」
一瞬だけ、ぽかんとする。
脳内を信号が巡り、やっと理解した時。
私は叫んでいた。
「なっ、那乃のばかー!」
その場に居れなくなり、自室まで顔を赤くしながら、走って帰った。
だから、私は心配そうに見つめる彼女に気がつかないまま……。
ベットに仰向けになり、今日のことを考える。
頬杖をついているので、ほっぺたが軽く痛い。
私の記憶が正しければ、逃がさない、と言われたはずだ。
いや、でもやっぱり聞き間違いかもしれないし、あの時は混乱してたし。
でも、瞳は真剣そのものだったのは間違いない。
あの綺麗な瞳が、知らない色を見せてきたから。
ヒロは、たぶん真剣に言ってる。
そうであるなら、逃げられない。
ヒロが望んでいる物を、私も差し出したいと望んでしまうからだ。
私は……、私はどうしたいんだろう。
――…た…ない……
痛い。
この久々の痛み。
――わ…さな………
私、何もしてないのに。
何故、声が聞こえるの?
痛い。頭が、割れてしまいそうなくらい、痛かった。
両手で頭を抱きかかえるようにして、私はベットに突っ伏す。
少しでも、痛みが和らぐように。
目にじんわりと熱いものがこみ上げてくるのを感じる。
痛い。何で、こんなに痛いんだろう。
しかも、いつもに比べて長い気がする。
すると、さらにいつもとは違う現象が起こった。
あの頭の中に流れてくる声が、はっきり聞こえたのだ。
――好きになっては駄目だ。かのお方は私の
プツンと切れたのは、声だったのか。それとも、私の意識だったのだろうか。
気を失った私には分からなかった。