苦行の喫茶店 4
「お話は済みましたか?」
マスターさんがまた音もなく現れ、微笑んでいる。やっぱり、なんか……普通の人ではないよね。
軽く怯えていたら、マスターさんの出現に動揺することもなく、藤沢くんは答えた。どこかさっぱりした表情をしているのは、他人に重い秘密を話せたせいかもしれない。
「もう終わりました」
「それは良かったですね」
マスターさんもどこか嬉しそうに見える。仲良さそうだもんな……。しかし、勇者とか魔王とかのファンタジーな話は、しているんだろうか?
マスターさんにだったら、話しても良いような気がする。マスターさん自体が、どこか特別な印象を受けるからだ。
第一、突然の乱入者であるヒロに、特に触れることがない。すべて見透かしているような気がする。
「あ」
そういえば、ヒロは何も注文していなかったよね。
「ヒロ、何か頼めば?」
「ああ……うん。そうだね、磨夜ちゃん」
少しぼうっとしていたらしいヒロは、こちらを向いて、笑みを作った。
そして、私の隣の席に腰を下ろし、きょろきょろ周りを見回した。なんか小動物みたいな動きだ。どうやら、メニューを探しているらしい。
ヒロ、目の前にあるよ。
やがて、ヒロはメニューを探すのが面倒になったらしく、笑顔で注文を言った。
「磨夜ちゃんと同じの飲みたい」
ヒロは甘えたような視線をこちらに向けた。
メニューがあったとしても、きっと同じことを言うんだろうな。
「あ、うん。マスターさん、カフェオレ1つお願いします」
すると、マスターさんは口をぽかんと開けた。
「マスターさん……。そんな呼ばれ方、初めてです」
え。そんなに驚くこと?
いまいち掴めないマスターさんに、むしろ私が驚いた。
すぐに表情を戻したのは、流石というかなんというか。
「ミツルさんにほぼ初対面でこんな表情にさせる子が存在するとは! す、すごいっ」
「馬鹿なこと、言わないの」
そう言うと、マスターさんはフミちゃんのおでこを小突いた。
可愛らしいやり取りをしている2人に、困ったような表情しか返せない私。
助けを求めるように、藤沢くんを見れば、彼はニヤリとした。
うわっ。ヒロから、不機嫌オーラが出てる。隣を見るのが怖くも、同時に少し気恥ずかしくも思いながら、途方にくれた。
「ミツルさんは『ミツルさん』って、普通は呼ばれてるんだよ。マスターっていうのも間違ってないんだけど。さっき、フミちゃんがミツルさんのことをマスターって呼んだのは、ちょっとした冗談みたいなものでさ」
「うん」
「ここって、立地条件とかミツルさんとか、まあ、色々な理由で一見さんはなかなか入らない店なんだよ。だから、みんな常連で、年齢不詳のこの人をミツルさんって呼んでるんだ」
確かに、よく知りもしないお店のために、あの階段を上るなんて、普通はしないだろう。
また、この居心地のよさと飲み物の美味しさは、何度も通いたいと思う理由に成り得るだろう。
「年齢不詳って、ひどいなあ」
「間違ってないでしょう? 本当に、いくつなんですか?」
「あ、私も知りたいです!」
藤沢くんに同調するフミちゃん。こっそり、私も気になってます。
そんな期待の目で見られたマスターさん(ミツルさん呼びはやはり抵抗がある)は、口元に指を当てて、艶やかに微笑んだ。
「秘密です」
すると、すぐにキッチンに向かって歩いていってしまった。 その行動の意味に気づいたフミちゃんは慌てて後を追った。今度は無事だといいね。同情しながら、手を合わせた。
「……そういえば、ヒロはなんでこの場所が分かったの?」
「磨夜ちゃんのこと、聞き回ったらここについただけだよ」
さも当たり前だと言わんばかりだ。だが、私にはよく分からない。この偏狭の地に来るにあたって、ほとんど人とすれ違ってないはずだ。
「早川は、浅生さんのストーカーか?」
「……うるさい」
ひ、否定してくれないの? ヒロ。
拗ねたようにそっぽ向いたヒロは私の方を見やり、悲しげに睫毛をふせた。
「磨夜ちゃん、そんな目で見ないで……悲しくなる」
「いやいやいや! その前に否定しようよ」
「何を?」
「はっ!?」
「おい、落ち着け。早川はちょっと、いやかなり天然だから。こんなこと、日常茶飯事なんだろ?」
「藤沢、黙れ」
「間違ってない! 間違ってないけれども!」
ヒロの斬り込むような声と動揺した私の声が被さった。
困惑していると、またすぱっと割り込む声が聞こえた。
「ヒロくんのことは、店が呼んだんだよ」
口を挟んだのは、マスターさんだった。
「だから、ここに来るまでが割とスムーズだったでしょう?」
「……」
無言ということは、あながち間違っていないということだろう。
「この店と僕は、珍しいものを扱うのが、趣味みたいなものでね」
「え!? そっちが本業なんじゃないんですか?」
フミちゃんが、ポイントのズレた指摘をしてくれた。
「儲かっているのがそっちだから、まあ……どっちが本業とは言い難いかな」
しかも、訂正する場所はそこですか……。
「そんな訳で、何かと不思議なものが集まるんだよね。それに釣られちゃったのが、勇者と魔王かな」