苦行の喫茶店 3
魔王とは、世界を滅ぼす存在。膨大な魔力を持ち、あらゆる人間、悪魔、生物を取り込み、利用する。
勇者とは、世界を救う存在。魔王に負けないという勇気と強さを持ち、絶望に咽ぶ人間を導く。
藤沢くんは、自身が後者であると告げた。なんとなく、納得すると同時に、そんなものが存在するのか疑問に思う。
私は前者を知っている。世界を滅ぼしたりなんかできそうもない人間だ。しかし、滅ぼすことも不可能ではないかもしれない人であることは、薄々感じていた。
魔王が存在するのならば、勇者も存在するかもしれない。
「そんな顔しないでくれよ。俺は別に早川をどうこうしたいとは、考えてないから。ただ、俺は世界が滅びるとしたら、見ているだけ、なんてことを気はないけど」
憂う顔が不安を煽る。もしかしたら、殺さなければいけなくなるとでも、考えているのだろうか?
いや、そんなことはさせない。ヒロは関係ない。
目の前のカフェオレに口をつける。喉がカラカラだったみたいだ。
――ずっと、考えないようにしていたのに。
ヒロの能力を知ったのは、ひどく幼い時だった。
両親に引き合わされた私たちは、仲良くなり、物心つく頃にはもうずっと一緒にいた。
ヒロは、私を大切にしてくれた。
だから、私もヒロを大切にした。
たまに癇癪をおこしたヒロは、部屋中にポルターガイストのようなものを巻き起こした。けれど、それは別に怖くはなかった。ヒロは、決して私を傷つけるようなことはしなかったから。
小さい時には、ヒロにはあんなことが出来るのに、私には無理だという事実は知っていたのだが。やはり、疑問に思うことはなかった。そういうものだと、漠然と思った。
それに、それくらいだったら困ることはなかった。私たちはいつも2人で居たし、物わかりの良い妹も別にヒロを怖がることはなかった。
「なあ。早川の魅了がきかないのは、どうしてなんだ?」
そう、問題は「魅了」だ。
ヒロは老若男女問わず、相手を魅了してしまう。望まずとも。
「私も、呪われてるから」
「呪い? 呪い、ね……」
彼も思い当たる節はあるのだろう。この勝手に作られた役割を呪いだと感じる節が。
ヒロの力は呪いだと、ヒロの両親も私の両親も嘆いた。そして、ヒロにとって「特別」な私と妹のことも。
そう、ヒロにとって、私は特別なんだ。だから、勘違いもする。
刷り込みのように一緒にいなければいけないと感じる。そうでなければ、独りを思い知るから。そんな悪夢のような事実がヒロにとっての私を特別にする。
それが覚めてしまったときが、怖いのだ。
「藤沢くんは、どうして自分が勇者だと思ったの? どうしてヒロが魔王だって分かったの? 私は、両親が知ってた……から……」
ヒロに魅了されないという点以外に特別なことはない私。
勇者は何か特別があるのか。
それとも、彼の両親も、私たちの両親と同じように、役割を知っていたのだろうか。
「俺は……」
「磨夜ちゃん!」
慌ただしくドアを開けて入ってきたのは、ヒロだった。一直線に私の元に向かってきて、両手を掴む。
「ヒロ!?」
「間に合ってよかった。何もされてない? ホテルとか、暗がりは危険なんだよ!? 男なんて、怪しいことしか考えてないんだから。むしろ僕がつれこ」
「早川。手を離せ」
スパンと手を払う藤沢くんに、ヒロは鋭い目を向ける。
ヒロは全身汗だくで、あの長い階段を駆け上がってきたのであろうことが見て取れた。
「藤沢っ!」
「邪魔するなよな。まあ、いいか。今日はそれなりに成果もあがったし」
妙に「成果」の部分を強調する藤沢くん。
ヒロのこと、そんなに弄りたいのだろうか?
「うがー!? 何した? 僕の磨夜ちゃんにっ、何を!?」
「早川のではないだろ。俺のだし」
「なっ!?」
「俺たち、深い話もしたし? それはもう、ふかーい繋がりをつくるような?」
「磨夜ちゃんの前で、いかがわしいこと言うな! だいたい、いかがわしいこと言ったり、したりして良いのは、僕だけなんだよ!」
とりあえず、話の内容についてはノーコメントを貫くことに決めた。
しかし、この2人……。
本当に敵対する立場にあるとは思えない程、息があっている。
喧嘩する程仲がよい、まさに兄弟のようだ。