放課後 2
「ヒロ!」
必死に彼のほうへ手を伸ばし、跳躍する。
彼の生み出す風は、決して私を傷つけないと私には分かっている。けれど、この嵐の中に飛び込むのはやはり怖い。
恐怖に一瞬だけ目を瞑り、開くとヒロの胸に飛び込んだ。
「……っ!」
ぐしゃっという、ギャグみたいな音を立て、二人して床に倒れ込む。
「う、痛い」
そして、怖かった。
彼の存在に対しての恐怖とかは、あんまりないのだれど。この尋常ではない状態が、私にとってかなりの恐怖だった。
全身の痛みが少しづつ収まってくる。
しかし、私でもこれだけ痛いのだから、下敷きにされた彼は怪我をしているかもしれない。慌ててヒロの顔を覗き込むと、怖いくらいに無表情だった。
「ひ、ヒロ……?」
どうしたの?
まだ、暴走が収まっていないのか、と焦りが先に立つ。大切な腫れ物を触るみたいにして頬に軽く触れ、彼の名前を呼ぶ。しかし、反応が返ってこない。疑問に思い、右手を彼の目の前で振るが、何の反応も返ってこなかった。
「大丈夫なの? ねえ、ヒロってば!」
「磨夜ちゃっ!?」
反応が返ってきたことに、安堵の息を吐いた。
彼は、正気に戻ったかと思えば、今度は真っ赤になって、あわあわ言い始めた。
「ヒロ、痛いの?」
もしかしたら、頭を打ったのかもしれない。
彼の首の後ろに手をやり、ゆっくりと頭を倒すように導く。触った感じ、特に違和感は無いのだけれど。
彼はおとなしく、されるがままになっているので、そのまま頭を倒させた。彼のおでこを自分の肩口に固定し、後頭部を見たところ、特にコブになっている様子もない。
うん、良かった。
「ねえ、どこが痛い?」
止めただけ、とはいえ、押したのは私だ。怪我をさせていたなら、私に責任がある。
「いやっ! 痛いのは痛いんだけど……っ」
彼は私を振り払いはしないが、足や手をじたばたさせている。
元気、なのだろうか。
疑問に思いながら、彼を見続ければ、さらに顔を赤くしている。
「顔、ちかっ……いや、あんまり見ないで……」
「ああ、ごめん」
確かに、こんなに近くで見られていたら、居心地のいいものじゃないだろう。
そのまま後ろにずれ、彼と距離を置いた。
「……そういえば」
「磨夜ちゃん?」
立ち上がって、振り返る。
風で机も椅子も倒れてしまっている。嵐が通りすぎた後のような教室は、暗く静かだ。誰かがくる気配がないところを見ると、外に気づかれていないだった。
こんなところ、見られていたら――。
「いない……」
今までいた、第三者が消えていたのだ。一瞬にして顔が青ざめるのを感じた。
見られたかもしれない。見られていないのかもしれない。
――怖い
「あんな奴、もういいよ」
ヒロは子どものように口を尖らせて、拗ねているらしい。
もう、大学生なのに。
困った幼馴染に苦笑する。
どうでも良くは無い。これから、私たちの安寧な時間を壊してしまうかもしれない、危険な存在だ。
「磨夜ちゃん、もうアイツに近づいたらダメだよ」
我が儘、と言えれば、可愛いのに。
暗い瞳が私を見つめる。
「絶対、ダメだよ」
私はなんと答えたらいいのか分からず、仕方なしに首を縦に振った。
これで君が安心していられるんなら、それで良い。
どうにかしなければいけない、と思う。
大切な時間を守るためには、それ相応の行動が必要なのを、私は幼い頃から知っていた。
隣で微笑む綺麗な存在に、拙いながらも微笑みで返す。
「ダメだよ」
何度も甘く、毒のように唇から零れていく言葉に、やはり首を横に振ることは出来なかった。