苦行の喫茶店 2
「彼女さん、可愛いですねー!」
いや、あなたの方が可愛いし!
ころころと変わる表情は見ていて飽きないし、私みたいなのより、「可愛い」という言葉は彼女みたいな子にこそ相応しい。
「もう、羨ましいです!」
他人の恋愛話、好きなのかな?
結構楽しんでいるところを見ると、割と良い性格をしているのかもしれない。
きゃっきゃと騒いでいるのは二人で、いつの間にか、マスターさんは奥に引っ込んでいる。足音とか、気配とか、無かった気が……。
気のせいであって欲しいと思い、顔を青くしていると適当なことを言っている声が耳に入ってきた。
「まあな。良いだろ?」
いや、肯定する意味が分からないから。
「適当なこと言わないでよ、藤沢くん」
私は決して彼と付き合い始めた覚えはない。
きっぱりとした態度をとらないと彼自身に悪いだろうと思う。
そんな私の言葉に、彼は明らかに気分を害したようだった。
「理人」
はい?
意味が分からない、と言う顔をしたら、彼はまた同じ言葉を繰り返した。
同じような顔でまた彼の顔を見やれば、更に大きな声でまた同じ事を言う。
「え、と……名前で呼べって事でしょうか?」
呆然として、彼を凝視すれば、首を上下に降っている。軽く頬が赤いような気がする。
私に名前で呼んで欲しい?
それは何故?
聞きたいようで、やはり聞いてはいけないように思う。
逃げ出したい気持ちを必死に抑え、また水を飲む。
「名前で呼ばないと、返事してやんねー」
さっきから、駄々っ子過ぎるでしょ!? そんな人だったっけ?
「じゃあ、言葉を交わせない相手とお茶するのもなんだし、帰ってもいいかな?」
にこりと笑うと、流石に怒っているのが伝わったらしい。少し焦って、声が上擦ってしまっている。
「帰るなよ。お互い、話があるだろ」
すべては、彼のため。
彼が健やかに成長できるように、影となり、陽向となり。ずっと支え続ける。
孤独に負けないように。
闇に飲まれないように。
光に負けないように。
光に勝たないように。
妨げとなるならば、根こそぎ排除しなければいけない。だから、私は――
「お待たせしました。コーヒーとカフェオレだったね」
机の上にカップが2つ並べられる。同様に砂糖とミルクとスプーンも綺麗に並べられた。
また音もなく背後に立ってるし。こ、この人一体……!?
「あ〜! ミツルさん、ごめんなさい」
話をしている最中に飲み物を用意してくれていたマスターさん。フミちゃんは、その様子を見て固まっている。
「フミちゃん、給料楽しみにしててね」
かわいそうに……。
2人の上下関係が垣間見えて、非常に怖い。
「では、ごゆっくり。おいで、フミちゃん」
「あ、い、う、ううっ……」
マスターさんは片手で首根っこを掴み、2人で奥へ消えてしまった。
え、私たち以外のお客さんがいないからまだ良いかもしれないけど。いや、良くはない。藤沢くんがよっぽど信頼されているということだろうか。
「さて、そろそろ本題に入るか」
「……そうだね」
「まあ、最初に言っておかなきゃいけないことがある。俺は」
もっとよく考えれば良かった。
聞きたくなかった。
こんな事なら、一生関わりあいになりたくなかった。
「俺は『勇者』だ」