苦行の喫茶店 1
「しかし、なんでっ、こんなところをっ選んだ、のっ?」
全身が悲鳴を上げ、息が切れる。右足、左足と進めていくが、だんだん上がらなくなってくる。終いには、手をひざの上くらいについて、足を支えながら上るしかなくなった。
もう、嫌だ。
つらそうな顔を隠しもせず、前を歩く彼を睨みつける。そんな様子を見て、彼は楽しそうに笑った。全く疲れた様子を見せないのが悔しい。
「もう駄目なのかよ? だらしないな」
「そっちは、かなり元気っ、そだね」
今度は嬉しそうに笑った。
「まあ、鍛えているから」
そこまで、がっしりとした体系には見えないが、ヒロのように綺麗な細身にも見えない。きっと、結構筋肉はあるんだろう。この長い階段を上りきった後に、こんなに余裕なのだから。
「ふう」と一息ついて、後ろに振り返る。今いる場所から見下ろすと、何段あるのか数えたくないほど、長い階段があった。
本当に営業する気があるのか、疑問に思うくらい交通の便が悪い。
見晴らしはいいんだけどなあ。この階段、次回一人で来ようとは思えないくらいの、苦行。なんでこんなところに店を構えているのか、謎。
「喫茶店、ここでいいだろ?」
彼が指差す先にあったのは、「長谷川」の看板が掛かった小さなカフェだった。
「まあ、入ってみれば?」
「もう、何でそんなに偉そうなの!?」
息が整ってきたところに、からかい口調の彼の声が届く。
彼は、そのまま店のドアを開け、中へと歩いていった。このまま立ち尽くしていてもしょうがないので、磨夜もそれに続く。
店内は全体的にアットホームな雰囲気を醸し出し、可愛らしい感じ。
「いらっしゃいませ」
エプロンをつけた店員さんが挨拶をしてくれ、慣れたように藤沢くんが「久しぶり」と告げていた。
「あれー、理人くん。久しぶり」
私たちより、少し年下の、可愛らしい女の子だった。親しげな様子を見るに、藤沢くんとは仲がいいのだろう。
四人席に案内され、お絞りと水を用意してくれた。
お店の中は静かで、話しをするには悪くない。こういう隠れ家的な場所は好きだった。
「俺、コーヒー」
「え、あ、私は……」
テーブルの上にあったメニューをすぐに開くと、大人っぽい文字で商品名が並んでいた。飲み物の数が半端無い。っていうか、藤沢くん。コーヒーだって、いろいろな種類があるんだけど……?
「うーん……」
いつもだったら、すぐには決めらるのだが、この不思議な雰囲気にのまれて頭がきちんと働いてくれない。
困ったようにメニューを見ていたら、店員さんが「カフェオレがオススメです」とこれまた可愛い笑顔つきで教えてくれた。
「それって、フミちゃんが好きなものだろ」
「いいんです! マスターだってオススメだって言ってたから!」
そんな風に言い訳している彼女の後ろから、ぬっと人が現れた。身長が高い。東洋人のように綺麗な白い肌をしている、不思議な雰囲気を持った人だった。
「あれ、フミちゃん。マスターなんていつも呼んでくれないのに、珍しいね」
「う、ま、まあ……」
視線をこっちに向けないでください。っていうか、マスターって呼ばれた人、なんか恐いんですけど……。関わりあいになりたくないタイプだ。
「っていうか、この子も珍しいね。りーくんの彼女かな?」
やはりというか、なんというか……マスターさんは爆弾発言を投下してくれた。
「まあね」
「りーくんって呼び名!? っていうか、彼女って何!? 否定してよ!」
「キャー! 理人君おめでとうございますー!」
え、ちょっと、まて。ここにいる人たち、かなりマイペース過ぎて付いて行けないんだけど。とりあえず、落ち着かないと!
手元にあった水を一気飲みすると、頭がキーンと冷えて、全身がすっと覚めていくようだった。