放課後を夢見て
校内でみんなに別れを告げると、各々、行くべきところへと向かっていった。
私は、もちろん帰宅。
たまには、クッキーでも焼いてみようかな、と楽しいことを考えていた。
昨日今日と、ストレスで非常に頭が痛い。甘いもので、頭をスッキリさせようではないか!
何を作ろうかな。あんまり時間がかからなくて、簡単なものがいい。っとすると、クッキーかカップケーキらへんがベストだろうか。あんこを買ってきて、団子を作るんでもいいし。やっぱり、和菓子は捨てがたい。
甘いものは好き。作るのも、食べるのも、とても楽しいから。
友だちに作ったお菓子を渡して、笑顔になってもらえると、自分自身が嬉しくてむしろ感謝したいくらいの気持ちになる。
昔は、ヒロのためによくお菓子を作ったものだ。あの時は失敗ばかりしてしまって、ひどい味のお菓子を食べさせてしまったなあ。っていうか、あれをよく食べてくれたものだ。黒くなってしまった、にっがいクッキー。他にはふっくらという言葉とは天と地ほど遠い、ケーキも作ったなあ。
「何、にやけてんだ?」
「うわっ!?」
いきなり声を掛けられ、私は慌てふためいた。いや、だってさ……びっくりしたし。それに、にやけてたって、なんか、恥ずかしい。
頬に手をやり、顔の筋肉をほぐしていると、相手はにやにや笑っているのが目に入ってきた。思わず、睨みつける。射殺さんばかりの視線に、彼はどこか楽しそうに両手を上げて、「降参」とだけ言った。
ふざけたり、真剣だったり、全く掴めない彼に、ため息が漏れた。彼は、私に何を求めているんだろう? 私は別段、彼を意識したことは無かったし、彼もそうだと思っていたのだけれど。男の子の気持ちなんて全く分からない。
「何か用? 藤沢君」
ムスっとした私に、彼は今度は真剣な顔で言った。
「これからデートしないか? 魔王様のことで」
動揺を悟られてはいけないのに、私は思いっきりうろたえて、呻き声を出した。
そんな様子を見た後、彼はそのまま歩き出した。背中を向けられ、そのまま無視してしまおうと一瞬考えた。
「付いてくるだろ? ヒロくんのために」
後ろに目でもあるんじゃないかと思うくらい、タイミングが良かった。振り返ろうとした瞬間だったから。しかし、私は本当は付いていかなければいけないと知っていた。だから、前に向かって足を進めるしかなかった。
「脅しているの?」
「デートしたいだけって、思ってくれないのかね?」
忌々しいと思う。
「私のこと、興味ないでしょう? ヒロが近くにいると知っていたから、声を掛けたんでしょう? でも、私だって私に不利益を被るんなら、それを無視することだってあるよ」
本当は、そんなこと有り得ない。だって、昔から一番優先してきたのは、ヒロだ。
彼はそんなことを考えているのを知ってかしらずか、振り返った。目が合うと、にっこりと笑われた。
「それなら、いいんだけどな」
それは、私の台詞だ。
「前見て歩かないと、危ないよ」
足を止めているわけではないので、藤沢くんは後ろを向きながら歩いていた。危ないな、と思っていると、前方から自転車が近づいてきた。
「あっ」
「きゃっ」
「うわっ!?」
なんと言うタイミングだろうか。
「す、すいませんっ!」
自転車には、ぶつかってはいないようだった。倒れずにすんでよかったと思う。
「前、向いていなかった俺が悪いので」
相手は若い女の人で、なんとか上手く避けられたみたいだ。
謝り続けているのを疑問に思い、よくよく見てみると右手には携帯電話を持っているらしかった。
「すみません」
どっちもどっち。
「俺も、すみませんでした」
何度も謝り続け、そろそろお互いこれくらいで、というところでその人とは別れることになった。
「気をつけないと……」
案外、危なっかしい人だったらしい。
「わ、悪い……」
頭を掻きながら視線をずらし、居心地悪そうにしているのを見て、さらに混乱する。
この人、本当によく分からない。
「どっか、喫茶店でも入るか」
「確かに、歩きながら話することはできないみたいだしね」
今度は唇を尖らせて、「うるせえ」と言う。
……子どもっぽい。
彼はそれ以上は何も言わずに、首を動かし、二人で入っても問題なさそうなお店を探していた。きっと、これから話をすれば、彼の目的が分かるのだろう。
これは、デートではない。お互いがお互いの利益を追求するための、交渉の場を設けるんだ。
私は戦意を隠そうともせず、彼の後を追った。