朝から一緒 4
「どこまでついてくるの? 2人とも」
大学に近づくにつれて、人の視線が痛くなる。ああ、止めて……。注目しないで!
私が切実にそう思っている中、気にしていないヒロはずんずん進んでいく。溜め息を吐きながら、私も足を進めた。
私たちが向かっているのは、坂を上りきった場所にある大学。もう少し立地条件を考えろと言いたくなる。
じっとりと汗をかき始めた私に、ヒロが答えた。
「どこまでも」
こんな所でそんな事を発言しないでよ。誰に聞かれているか、考えたくもないし。
にこにこ微笑むヒロに、お姉様集団がきゃあきゃあ言っている。相変わらず、この人気はすごい。幼いころから見てきたけれど、いつまでたってもヒロは綺麗なままだ。普通、子どもの頃綺麗な顔をしている人って、大きくなったら残念になる物じゃないの……?
そんな私たちの後ろで、観察するように見つめてくる藤沢くんに、「藤沢君はどこまで?」と問う。
私に軽く答えを無視されたヒロが、ぶつぶつ呟いているのはスルーした。色々気にしてたら、胃潰瘍になってしまう。そのためのスルースキル!
必要ないのが、一番良い状態なのだけれど。
「藤沢君じゃなくて、下の名前で呼んでくれないか?」
「嫌です。だいたい、知らないし」
わざと雑に扱う。私の言葉を聞き、彼は今までの態度から一転。
真剣な目で、表情で、それを告げた。
「藤沢理人」
名前を言っただけだ。
それなのに、清涼な風が一陣吹き抜け、神々しさが全面に押し出される。普通の人ではないみたいだった。太陽の光にあたって、引き締まった輪郭が、より凛として見える。
私は、失礼ながら、初めて彼をきちんと「見た」気がする。
ヒロとタイプは違うが、藤沢くんもかなり整った顔をしていた。私はヒロが近くにいたため、あまり人の美醜に頓着がない分気にしていなかったのだけれど。
背筋も伸びているし、何かスポーツをやっているんだろう。服の上からではよく分からないのだが、筋肉もあるみたいだ。
藤沢くんは、同じ大学で同じ授業をとって。その中で数回話をしたことがある程度の存在だ。だが、この既視感はなんだろう。
「理人って呼んでくれるだろう?」
なんだその俺様発言は。
「無理です」
「そうか。でも、俺をやっと見てくれた……」
「え?」
寂しげに揺れる睫毛に動揺を隠せなかった。それも一瞬のことで、直ぐに笑顔になる。
「あんまり嫌われたくもないし、もう行くから」
問題をつれてくる人間ではあるが、ヒロより大分聞き分けが良い。
「またな」
どこか切ないのは、何でだろう。
「もうくるな!」
「早川には言ってないから」
全く違うのに、ヒロと同じような……いや、違う。違う。
片手をあげて、去っていった勝手な人を見つめながら、思考の海に落ちる。どこで、出会ったのだろう。彼は、誰? 私と妹のような存在なのだろうか。いや、違う。
「磨夜ちゃん」
思考を断ち切るかのように、声をかけられる。
眉間に皺を寄せたヒロが、泣きそうな顔をしていた。
「あ、ごめん」
「あんまり、あいつのことを考えるのは止めてね。なんか、苦しくて……」
まるで、おもちゃを取られた時の子どものようだ。
「苦しくて、ダメなんだ」
ヒロはずるい。でも、それ以上に私はずるい人間なんだ。理由は明確ではないが、胸が痛くて、締め付けられた。
「ちょっとお!」
前から走ってきた人物を見て、またぽかんとした。
「あ」
「え?」
今日は忙しい1日だなあ。こんな日には、現実逃避もしてしまうだろう。鬼のような形相をして走ってくる彼女に、周りの人たちがどよめいているのが見える。
「美園が騒いでたから、来てみれば……!」
もう騒ぎになってるのか。
朝が早い友人たちのはしゃぐ姿が目に浮かぶようで、悲しくなった。
「君、なんなの? っていうか、誰?」
ヒロもびっくりしている。
なかなかないな、ヒロがこんなに驚いていることなんて。
「うるさいっ! この能面美形がっ!」
この空気を木っ端微塵に破壊できる人は……
「早川ヒロ……この悪魔め!」
私の大学で出来た親友だった。
「だいたい、私なんて死ぬほど磨夜と一緒にいるし! 私を知らないとか、あんたどこに目つけてんのよ!?」
いや、こんな所でヒロを糾弾しちゃマズいから。
視線が! 視線が痛い!
「ヒロ、バイバイ! 行くよ、衣莉!」
早急に切り上げることを決意し、彼女の右手に腕を絡め、ヒロが反応するより先に逃走した。