朝から一緒 3
それから始終無言の私達。まあ、何を話したらいいのかさっぱりだし。
俯いて歩くヒロは、軽く落ち込んでいるらしい。
困り果て、周りを見れば、ちらほらと人が増えてきた。
スーツを着たサラリーマンが多い中、小学校低学年らしき若者も見かける。大丈夫だとは思うんだけど、変な人に連れて行かれないか軽く不安になる。
まっすぐ、学校に向かうんだよ!
心の中で声をかけた。
高校生や大学生のような人たちに混じって、私たちは歩いていた。
目立たないでいられれば、いいのにね。そんなことを、ふと思う。
頭の隅で、そんなものは幻覚だと声がする。それを裏付けるように、彼が現れた。
「おはよう、麻生さん」
にこやかな笑顔は、清々しい。まさに今日の天気の様。
胡散臭いが、身のこなしは綺麗で、こんな風に迎えられたら普通の女の子だったら、ときめくのだろうな。自分には、程遠いことだ。
彼は右手をひらひら振って、私を試すように見ている気がした。そんな私の視界を遮ったのは、言うまでもなくヒロだ。
「僕の磨夜ちゃんに何の用事かな?」
いつの間にかヒロの物になってしまっているらしい。本当に勝手なことだ。ある意味間違ってはいないので否定はしない。ヒロの言葉にもあまり動揺はしない彼は、幾分むっとした様子で答える。
「さあ、何だろうな。少なくとも、早川には関係ない用事だ」
すっぱり言い切る藤沢くんは、清々しい。
しかし、彼は、にこにこというよりはにやにやに近い笑みを絶やさない。
どこの悪魔だ……。げんなりしている私を見て、どこか元気になった様に見えるのは嘘だと思いたい。
「磨夜ちゃんのことは、僕にも関係ある」
今日は、わりと落ち着いているヒロに安堵する。
こんなに人が多いところでキレたら大問題だ。
「へえ。そうなのか」
藤沢くんは、やっぱりヒロをわざと煽っているような気がする。何が目的なのか。
だいたい、昨日の話をして来ないのが奇妙だ。あんなことがあったにも関わらず、彼は彼のままで。 守らなければ。私の存在意義を。
悲しくなるくらい、頭に刻まれた言葉を感情を、思い出すのは造作もないことだ。
「しかし、俺と早川は関係ないだろ。お互い興味もないし。じゃ、一緒に大学行こう。麻生さん」
「……」
微笑んでいる彼に苛つく。
彼は誰なんだろう。何で私なんかに構うのだろう。私は、ヒロのオマケでしかないのに、彼は私を見ている。
どこか偽りを孕んだ態度は、苛つきを増やす。
仕方ないので、やっぱり無視して歩き出す。それをどうやら、同意だととったらしい彼は後ろについてきた。
ヒロ、頼むから大人しくしていて。そんな願いが届いているのかは不明だが、ヒロは私の隣を無言で歩いている。
「麻生さんは、クリスマスはヒマ?」
本当に図々しい人だ。
「……バイトするよ」
「へえ。早川と一緒に過ごすのかと思ってた」
驚いたような彼に、殺意を覚えた。
「藤沢くんは何でそんな女に言い寄るんだか分かんないんだけど。……あと、ヒロとも過ごすよ」
ふと、隣から漏れていた黒い重みが晴れた。
何だろうと、ヒロを見る。ヒロは軽く俯きながら、頬を赤く染め、満面の笑みを浮かべていた。
そんなにヒロが喜ぶことが起こったことに驚く。
何? 何がそんなにヒロの機嫌を良くしたの?
後生のためにぜひ教えて頂きたい!
「ヒロ!」
「うん? 何? 磨夜ちゃん」
どうやら、機嫌は完全に直ったらしい。声も足取りも軽いヒロを見て、軽く微笑んだ。
まあ、いっか。ヒロが楽しいんなら、それで。
「……」
今度は後ろから圧力がかかっている気がする。
振り向くのが、非常に怖い。ヒロ並の圧迫感を人に与えることができるなんて、本当に何者なのか。
「磨夜ちゃん?」
「やっぱり、なんでもない……」
「そう? なんか疲れた顔してるね。鞄持ってあげる」
ヒロに手を差し出された。
「……いいよ」
まったくゴツゴツしてない綺麗な手に、こんな重たい物を持たせて良いのだろうか?
だいたい、ヒロに荷物を持たせた女なんて噂が流れたら、私は生きていけない。こうやって人を気遣うことのできる優しく成長したヒロを嬉しく思いつつ、お断りした。
しかし、一瞬で機嫌を悪くするのは、止めて下さい。君は一体いくつなんだ……。オネイサン(同い年だけど)は、成長を喜んでいたのに……。
「ありがとう、ヒロ」
どうにかこうにか誤魔化すことに成功し、安堵の息をついた。
「……」
後ろからビンビンに伝わる緊張感からも解放されたいな。
冷や汗をかきながら、通学路を辿る。
行きたくなかったが、早く大学に着かないと、それこそ心労で死んでしまう。はあ。今日は朝からひどく疲れた。
1日、身体と精神力が持つか……分からなかった。