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朝から一緒 2

 起こってしまったことはしょうがない。気持ちをさくっと切り替えて、私は着替えを終えた。シャツの皺を引っ張って伸ばし、よしっと気合いを入れる。


「さて、行きますか……」


 やっぱり動きたくないんだけどな。本当に、なんでヒロは家に来たんだろう。

 問題ばかり山積みになっていく現状に頭痛がしてくる。


「おねーちゃん、遅刻!」


 ヒロに頼まれたんだろうか。那乃から焦れたように声がかかった。

 さすがに、反省しているんだろうと、一人で勝手に頷く。


「はーい。今いくー」


 むしろ、大学行きたくないんだけど。仕方ない。休むわけにはいかないし。

 重い足を引きずりながら、ヒロの元へ歩き出した。


「さあ、いこうか」


 あからさまに目を背けているヒロに怒りが湧いてくる。

 ドア開けたのはそっちじゃない! 被害者は、私だー! 気まずいのも、私だー!

 まあ、言わないんですけどね。ヒロは結構、メンタルが弱いから。

 もうお互い良い年なんだけど。無駄に言うことを聞いて甘やかしてしまうのは、やっぱり慣れというか私のせいなのだろうか。

 更に頭が痛くなってきた。

 無言で鞄を持ち、玄関へ向かう。後ろを振り返らなくても問題無い。多分ちゃんと付いてくるだろう。


「いってきます」


 那乃にそう告げると、やはり振り返らずにそのまま家を出た。

 腕も足も全身も重い気がした。

 外の空気は澄んでいて、清々しいとはまさにこのことだと思ったけど、それなのに、空気が黒く汚れて見えるのは、後ろを歩いている彼のせいだ。

 せっかくの青い空が、灰色がかっているように見える。凍てついた視線が背中に刺さり、ダメージが……。

 ヒロは、とても怒っていた。何故だか分からないが、とても怒っていた。ああ、もしかして無視した事を怒っているんだろうか。だって、どうしていいのか分からないし、恥ずかしいんだもん。


「ヒロ?」


 やっとのことで名前を呼べば、少し機嫌が回復したらしい。


「ごめんね、磨夜ちゃん。でも、僕のことを無視しちゃダメだよ」


 いや、もうなんていうか。自分本位すぎるでしょ。


「ヒロは勝手、だね」


 私の言葉に苦笑してみせるヒロは一瞬だけ大人びて見えた。しかし、すぐに子どもっぽい顔を作る。


「うん。だから、磨夜ちゃんにお願いする。僕、まだ聞き分けのきかない子どもとおんなじみたい。爆発しそう」


 彼は妙に邪気がなく、子どものようにしゃべり続けた。ヒロらしいと言えば、ヒロらしいんだけどね。あまりに、純なヒロの言葉に背筋を冷たいものが走る。分かってる。これも、彼と一緒にいる限りは切り離せないってこと。


「磨夜ちゃん、ずっと一緒にいようね」


 朝っぱらから、プロポーズのような台詞を吐かれて、私はいったいどうすれば良いんだろう。

 倒れてしまいたい。日がぽかぽか照り、呑気な雰囲気を作り出しているのに、私の心中は、荒れ模様。

 とにかく、足を動かそう。立ち止まったら負けな気がする。頭の中で、さっきの台詞を消去しようと必死に取り組むも、無駄に終わる。


「磨夜ちゃんが、ずっと傍に居てくれるなら、何も要らない。普通になれるように、努力もするから! ね?」


 何が、「ね?」なのかは分かりたくないけど、その角度は犯罪級だから止めて欲しい。

 近くを歩いていたサラリーマンの顔が赤くなっているのを心の中で嘲り、その男からヒロを隠すようにして歩く。どこのヒロインだか。

 最近はこの辺も変質者が多いと聞くし、ヒロは立っているだけで危険なのだ。こんな朝っぱらから気持ち悪いおっさんに狙われるくらいには、危ない。


「ヒロ、色気を振りまくの禁止」


 付け狙われるの危ないし、さすがに守りきれません。ずっと、一緒に居ることなんてできないし。ただでさえ、世の中は危険な人が多いんだから、まともな人をそっちに走らせたら、世の中変態しか残らないじゃないか。


「……僕としては、話した内容をスルーしないで欲しいんだけど」


 私も私の話した内容をスルーして欲しくない。危険なんだから!


「ねえ、磨夜ちゃん。ちゃんと聞いてて」

「だって、聞きたくない」


 聞きたくない。聞いちゃいけない。


「何で?」


 何でなんて聞かないでよ! そんなの、決まってるんだから。


「……ばか」


 深く考えないようにしていたのに、ヒロは結論を求める。

 間違ってはいない。いないけど。昨日から、めまぐるしく環境が変わってしまって、頭の整理がつかない。苦しくて、つらかった。ずっと昔から、私は分かっていたけど認めようとしなかったことを自覚してしまった。


「何も、聞かないで」


 私は結局は特別で居たいだけなのだ。

 昔出した答えに、納得していて理解もしていたが、分かりたくはなかった。

 私は、結局のところ、特別で。ヒロの特別でいたいから。好きだと認めたら、そう在ることができないから抗っている。ただ、それだけなのだ。


「磨夜ちゃんは、僕のこと嫌い?」

「まさか」

「それだけ、はっきりきっぱり言ってくれるのに、どうして?」

「さて、どうしてだろうね?」


 醜い私に、なんでこんなことを聞くのか。

 だいたい、ヒロの言っているのは、どんな感情から? 恋愛感情? まさかね。

 子どもじみた独占欲じゃないの?

 だって、私はあなたにとって――


「じゃあ、僕のこと、好き?」


 それがまさに、私の不安を煽っていることに気づいているんだろうか。

 私は、何も答えられなかった。

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