元悪役令嬢の独り言
少し長めです。
隣国との国境に領地を構える辺境伯の末娘として生を受けた私は4人の兄と2人の姉に揉まれて、母譲りの美貌とは裏腹にそれはもうすんばらしい性格をしていた。
そんな私に父が持ってきた縁談はこの国の王太子とのものだった。
今思えば父はなぁんにも考えておらず、あ、そういえば末娘婚約者いないじゃんどうしよう。あ?国王陛下からの打診?丁度いいや、お受けします。てな感じでノリとテンションで決められたのだと思う。
当時、王都では令嬢たちによる王太子の婚約者を巡る血で血を洗う熱戦が繰り広げられていたところを辺境の山奥から出てきたパッとでの女にその地位をかっさらわれたのだから怒り心頭だっただろう。
夜会では白いドレス(お気に入りだった)にぶどうジュースぶっかけられたり、ドレスの端を踏まれ転びそうにさせられたり、まあよくある嫌がらせを度々されたのだが、私には全く効かなかった。
「あら~いやだ、ごめんあそばせ?うっかり溢してしまいましたわ」
「(明らかにわざとじゃない!!)」
私は怒りを抑え、出来るだけ嫋やかに微笑んで扇で口元を隠す。
「ええ、良くってよ?・・・嗚呼、でもこれはもう着れませんね・・・こんなにシミが。。
せっかく王太子殿下から送って頂いたお気に入りのドレスでしたけど・・・きっと殿下もわかって下さるわ。
それよりも貴女は大丈夫ですの?貴女ほどの淑女がこんな公の場で盛大に飲み物を溢すなんてよっぽど体調がお悪いのではなくて?」
表情はしおらしく、如何にも女性を心配している風の声色で、だけど周りによく聞こえる通る発声方法で。
内心、盛大に人に飲み物ぶっかけるなんてこどもかよ。と嘲笑う。
周りのご婦人方も私がバカにしたことが分かったのかクスクスと扇で口元を隠し笑う。
真っ赤になって怒ったその令嬢が翻しどすどすと音が立ちそうな程の勢いで会場を後にしたのを見送った。
それからもそのような嫌がらせ行為が繰り返される度、私はなんてことないわ~てな感じで笑顔で令嬢たちを捻り潰していた。
「知っているかい?君、裏で“悪役令嬢”と呼ばれているらしいよ」
「は?なんですか?悪役?」
「なんでも巷で流行っているロマンス小説のヒロインと王子の恋路の邪魔をするライバルさ」
「へー?」
興味なかった。どうせ王太子妃の座を狙った令嬢が面白可笑しく私を悪役に仕立てようとしているのだろう。
「でも“悪役令嬢”ってちょっと響きがいいよね。」
ニッて歯を見せて笑う殿下に溜息を吐きながらもこの人の隣に入れるならいいか。なんてのんびり思った。
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「~~~うえ!!母上!!!」
「へ?」
「母上にもちゃんと聞いてもらわなければ困ります!!」
久しぶりに聞いた“悪役令嬢”という言葉に遠い記憶を懐かしんでいたらまだ幼さの残る12歳の息子が不満そうにしていた。そのむくれた表情は年相応で可愛い。
「ごめんごめん。で?何だったかしら?」
「ですから!!シャルのことです!!悪役令嬢のお手本としてシャルを教育してください」
「は?」
思わず間抜けな声が出る。視界の端で夫である国王が笑いを耐え切れず口を押えて肩を揺らすのが見えた。許すまじ。
「どういうことですか?貴方のらしくもない。その要領の得ない説明ではわかりかねます。」
息子のアルベリクが非凡であることは、この子を産んでから随分と早い段階でわかった。
寝返りを打つのもハイハイするのも立ち上がることも歩き出すことも世間一般よりも早かったらしい。
(比較対象がいないからわからないが乳母たちがそう言っていた。)
夫は君に似て運動神経が良いんだね。と言い、成長が早いのねと私は返し成長が早いと言ってもまだまだ赤ちゃんだよね、なんて息子の頬をつつく。言葉を話し出したのも今思えば早かったよなと記憶する。
そんな息子は2歳で世界地図のパズルを完成させ、国内の各貴族の領地を分けた(私は正直得意ではない)パズルも完成させた。
3歳になった頃には大人を真似て話すようになった。
どんなに忙しくてもこの子との時間を大切にしようと夫と相談して彼が寝る前のほんのひと時だけ3人で家族水入らずの時間を作るようにしていた。
その日は童話の絵本を夫が読み聞かせをしていたのだが。
「どうして、このおとこのこは、このこうどうをとったのでしょうね?
ぼくならもっとごうりてきにみんなをすくえます!!」
驚愕した。うちの子天才!!と思い出したのはこの頃から。
アルならどういう方法を取るの?と聞いた夫の楽しそうな、悪いお顔を今も覚えている。
それから夫が息子を王太子に選んだのは割とすぐだった。
でも、慣れとは恐ろしいもので学業でも武道でも期待以上のことを意図も簡単にやってのける息子にまあ、これがこの子の普通だもんな。と思うようになってからは、彼を必要以上に褒め称えることを止めた。
周りが本心なのか、未来の国王をよいしょしておけばおいしいと思っているのかは分らんが彼に甘いから私たち夫婦は親として、また一国を担う者として彼に厳しく接した。
周りが大人ばかりだったからか、こまっしゃくれた可愛げのない子供時代を送った息子が年相応の表情を見せ始めたのは、彼が彼女に出会った時か。
ラビット公爵の愛娘に一目惚れした息子がそのあと必死の形相で私たちに懇願してきたのを今でも覚えている。
成長してこどもから少年になりつつある息子は最初、小賢しい御託ばかり並べた。
彼が素直に最初から彼女が良いとねだったなら私も意地悪なんてしなかっただろうに。
でも、初めて息子が言った我儘に夫婦で喜んだのは内緒だ。
「・・・彼女は自分が悪役令嬢になってしまうと信じ切っています。
私は彼女が良いし、彼女も私を慕ってくれているのに婚約解消を強行しようとするので、逆に悪役令嬢という言葉を利用して王妃教育をさせて外堀から埋めようかと・・・。」
「小ズルい事考えるのね~」
はあ~と溜息を吐きやれやれと肩をすくめれば息子がむっとする。
「どんなに貴方が拒んでも解消を求められるということは貴方の言葉が信用されていないということよ。婚約者として不甲斐ない貴方自信の責任ではなくって?」
ああ、楽しいわ~。息子がどんどん苛立つのがわかる。涼しい顔して何でもやってのける息子の唯一の弱点ね。
「まあ、でも。そういう欲しいものを手に入れたい貴方の狡さは嫌いではないわ。
彼女の思いもちゃんと考慮しているようだし、今回ばかりはちゃんと協力してあげましょう。ちゃんとシャルちゃんのハートをゲットするのよ!!」
「っププ・・・ゲットって」
隣で噴き出す夫の肩を扇で殴り、勝気な笑みで息子を見据える。
あの天使のような可愛らしい息子の婚約者を思い浮かべ思わず頬が緩む。
昔から娘が欲しかったのよね
「・・・、まあ母上は元祖悪役令嬢らしいですからね。きっとシャルを上手く導いてくれると信じていますよ。」
宜しくお願いします。と可愛げのない笑みを浮かべて退室した息子。
シャルちゃんと私が一緒に過ごす時間が増えることに嫉妬しているのね、きっと。男の嫉妬は醜いわよ。余裕をもって接しなきゃ・・・て、今私はそれどころじゃない。
「・・・あなた。あの話、アルにバらしましたわね。」
じとっと半目で隣で笑う夫を睨む。
「可愛い息子に愛しい妻の武勇伝の話をするのは当たり前だろ?」
綺麗な笑みを作ってそう言うから許してあげたくなるけど悔しいからもう一度扇の先で殴っておいた。
さあ、これから忙しくなるわね!!
アルベリクの父と母である国王陛下と王妃様は政略結婚だけどラブラブです。
両親の趣味はアルベリクをからかうこと