捜査開始
「まず最初に確認すべき事があるわ。探偵団両者が犯人でないって、どうやって確かめるの?」
――場所は変わらず、菜歩の部屋。
探偵団が誕生してからすぐ、私は最初に抱いた疑問を菜歩に投げ掛けた。
「そんなの簡単だよ。菜歩にはちゃーんとアリバイがあります! 菜歩は事件の時、グースカ寝てたもん」
そう、自信満々に胸を張る菜歩。
そんな彼女に、私は思わず苦笑した。
「私だってそうだけど……。それって、ちゃんとしたアリバイにはならないと思う」
「げ、そう!?」
つまり、私達二人とも確固としたアリバイがない訳だ。
探る側がこれでは話にならないが、まあそこは信頼と友情でなんとかしていくしかなさそうだった。
「こんなので、捜査なんてできるのかしら……」
私の胸中の不安はよそに、菜歩は嬉しそうに笑っている。
これからが思いやられるな、と私は再び溜息を漏らした。
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それから、円佳にダイニングへと呼ばれ、昼食を食べた後の事。
私達二人は、今度は私の部屋に来ていた。
菜歩の部屋でも良かったのだが、彼女の部屋は散らかっていたのでなんとなく嫌だったのである。
「じゃあ、どこから始める?」
「そうね。まず今朝の状況を整理しましょう」
菜歩に問われて、私は最初にそこから手を付ける事にした。
私は、佐和子のようにミステリー通ではないのでよく知らないが、探偵作業には、現場の状況を詳しく分析するのが大切であるとされるらしいからだ。
「殺害現場は萌の部屋。被害者は中曽根萌。凶器は包丁、だよね」
「そうよ。問題は、いつ殺されたか、だわ」
最初に重要なのは、犯行時刻。
私が萌の死体を目にした時、彼女の布団にこびり付いていた血は赤黒く変色していた。――つまり、殺されてから時間が経っていたという事だ。
「殺されたのは恐らく夜中だね。みんなが寝る前……八時ぐらいには、ピンピンしてたもん」
「今でも、あんなに騒がしい娘が死んだなんて信じられないわよね……。と、それはともかく、じゃあ次ね」
次に調べるべき事。それは、
「凶器の包丁がどこから持ち出された物なのか。――それで、犯人特定ができるかも知れないわ」
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萌の部屋に、まだそれはあった。
死体に突き刺さった包丁を、ティッシュで包んで慎重に引き抜き、間近で見てみる。
「……普通の料理包丁みたいだね」
菜歩の言う通り、その包丁は見るからにどこにでもある、至ってシンプルな物だった。
――真紅の血が染み付いていなければ、殺人事件の凶器だなんて誰も思わないだろう。
「恐らくはキッチンから持ち出された物よね。でも……」
確証はない。が、調べるわけにはいかないのだ。家の人でない私たちがたった二人でキッチンの包丁がなくなっているなんていうことを確かめる方法がないからである。
これは推察で進めるしかない事例だった。
「……さて、真夜中にキッチンへ忍び込める可能性があるのは誰かしら?」
「そりゃ、築城家の人達でしょ」
私の問いに、当然のように答える菜歩。しかし問題はそんなに簡単ではないのだ。
「本当にそう? 私だって菜歩だって、こっそり部屋から抜け出して一階へ行き、包丁を取って来るぐらいの事はできた筈よ。そして鍵の掛かっていないドアを開けて、萌をぶすり、とね」
「ぐぬぬ。そっか……。じゃあじゃあ、みんなのアリバイは?」
滞在者全員のアリバイを考えてみる。
私と菜歩は、先程の通りアリバイなし。
……他の滞在者だが、こればかりは尋ねてみるしかないだろう。
「でもそれには二つの問題があるわ。一つ、もし犯人ならアリバイをでっち上げる可能性があり、それを私達はどうやっても見破れない事。二つ、この『粉雪城事件探偵団』の存在が知られてしまう事」
「……えっ? どうして探偵団が知られちゃいけないの?」
無理解に菜歩は首を傾げる。だが、そんなのは簡単な話だ。
「探偵団の存在が知れ渡り、私達が事件の核心に近付いたと犯人が知ったら?」
「問い質されないように、菜歩達を殺すかもって事か」
そう。それだから厄介なのだ。
警察のように、身を守る術があるなら良い。――だが、私達はあくまで普通の女子中学生。殺人鬼に襲われたらひとたまりもない。
だから私達は、慎重に慎重に、影で捜査を進めなくてはならないのだ。
「ねえねえ、菜歩、思うんだけどさ、菜歩の部屋の隣の空室あるじゃん。あそこ怪しくない?」
突然そんな事を言い出す菜歩。
彼女の意見はもっともだ。空室は何かを隠すのにもってこいの場所だからである。
だが、空室には鍵が掛かっており、弘恵未亡人が持っているので捜索は無理だと私は判断した。
それから、私と菜歩は昨日の事を詳しく思い返し、その上で怪しい人物を考えてみたりした。
しかし結局、昨日時点では今朝の殺人事件と繋がるような物は見当たらず、従って容疑者も特定できなかった。
――気付けば、もう夕暮れ時になっていた。
「残念。今日の所は収穫なし、か……。でも菜歩達『粉雪城事件探偵団』は犯人を引っ捕えるまで絶対に諦めないのだった!」
そんな菜歩の格好付けた決めセリフと共に、今日の捜査は終了となる。
こんな調子でうまく行くのだろうか。
そう思い、私は、何度目になるのか深く溜息を漏らすのであった。
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晩ご飯は、昨夜と対照的に質素な料理だった。
「ごめんなさいねぇ、こんな吹雪だから食料を温存しなきゃいけないしぃ」
「いえ、大丈夫よ。とっても美味しいから」
質素と言えど味は高級料理店のようで、文句なしであった。
そして食事中、佐和子が、震えるながらこんな事を言い出した。
「み、ミステリー、では、れ、連続して、殺人が、起こる、よ。起こって欲しく、ない、けど……。だから、み、みんな、殺されないように、鍵を掛けて、眠って、ね?」
そして千博も、「円佳が心配だから」と、姪と一緒に寝る事を決定。
私を含む残りの全員は、しっかりと施錠して昨日と変わらず自室で就寝する事となった。
私はベッドで横たわりながら、思う。
明日は、一体どんな事が起こるのだろうか、と。
不安もある。期待もある。恐怖もある。
でも、きっと私達でこの事件、なんとかして見せよう。それが今、私にできる唯一の事だから。
「明日も、頑張ろう」
小さくそう呟いて、そっと瞼を閉じ――、私はゆっくりと眠りの世界へ沈んでいった。