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探偵団の誕生

 朝食をまだ取っていなかった事を思い出し、私達はダイニングで冷め切った料理を頂いていた。

 空腹だった筈なのに、死体を見た後ではなかなか食事が喉を通らない。それでも私は大きく溜息を吐き、炒飯を腹に詰め込んだ。


 朝食を終え、ダイニングを出て部屋に散り散りになろうとする一同。

 と、突然、ずっと黙り込んでいた佐和子が口を開いた。


「み、ミステリーだったら、こ、こういう事件は立て続けに、起こる、よ。だから、みんな一緒に、いよう。みんなでいれば、大、丈夫、だよ」


 彼女の言わんとしていた事は、大抵分かった。

 ミステリー系の小説なら、確かに一人の時が最も危ないのだ。


「そうね。そうしましょう」


 推理小説好きの佐和子の提案で、私たち八人は、リビングのソファに座る事となった。


 今は互いに言葉を交わす事はなく、全員無言でいる。


 私はリビングの一同に目を巡らせ、考えていた。

 誰が犯人なのだろうか。

 全員、怪しいし怪しくないように見えてしまう。

 滞在者の中に犯人はいないと思いたいが、外は猛吹雪で外部侵入者の可能性は非常に低い。だから、この八人の中に犯人は必ずいる筈なのだ。


 私は中曽根萌の死に様を思い出し、身震いした。

 彼女の死に関して、私は特段悲しみとかは感じない。元々薄い間柄だったし、彼女の事は別にどうとも思っていなかった。

 でも、人死があったというその事実には、強く恐怖を抱いた。


 この山荘で、殺人事件が起きたのだ。――そして犯人は不明、連絡手段はゼロ。

 佐和子によればこういう状態を『クローズド・サークル』と呼ぶらしく、互いに互いを疑い合うしかできる事はない。


 何の考えが進むでもなく、ただただ時が過ぎて行った。


「あらぁ。もうこんな時間だわぁ。お昼ご飯を作らなくちゃぁ」


 見れば時刻は十一時半。もうすぐお昼時である。


「私も手伝うわ」


 ソファを立った円佳に続き、弘恵未亡人が手を挙げる。


「少し訊いて良いかしら? この吹雪が続いたら、食料問題はどうなるの?


 私は沈黙を嫌い、一つ気になる事を尋ねてみた。


 外の吹雪は止む様子もなく、最悪二、三日吹き荒れ続ける可能性がある。

 そうなれば、食料はいつまでもつのだろうか。


「その心配は無用だわぁ。少なくとも二週間分くらいは、用意があるものぉ」


 円佳の心強い言葉に、私は安心する。

 ……安心している場合ではないけれど。


「みずき、行くわよぉ。たまにはあなたもお料理を作るの手伝って頂戴ぃ」


 死体を見た後だというのに、みずきは馬鹿元気な声で答えた。


「はーいっ!」


 死体を見た後だというのに、みずきは馬鹿元気な声で答えた。人の気持ちを逆撫でするのがなんと得意なのだろうかと感心するくらいである。


 ――そうして、築城親娘と下女のみずきがリビングを出て行くのを見届けると、私は再び取り止めのない考えに耽る。

 無論、この殺人事件の犯人は誰なのかについて、だ。


 一番怪しいのは偽善者の輝実。彼女なら人目を盗んで人殺しなんかをするかも知れない。

 次に怪しいのは馬鹿下女。よくは分からないが、なんとなく怪しい。

 そして築城千博。今もソファでゆったりと過ごしている彼女は、一体何を考えているのか。

 分からない。分からない分からない分からない――。

 

 そんな時だった、隣に腰掛けていた菜歩が肩を叩いて来たのは。


「ね、ちょっと菜歩の部屋まで来てよ」


 この場では非常に違和感のある明るい笑顔を浮かべている彼女に、私は首を傾げた。


「何の用? 殺したりしないでしょうね?」


 そう。彼女が殺人犯でないとは限らないのだ。最悪、殺されてしまうかも知れない。

 しかし、その懸念は菜歩の元気な声で打ち消された。


「あはははは。まさか、だよ。ささ、おいでおいで!」


 そのまま、私は菜歩に腕を引っ掴まれ、半ば引き摺られるように二階への階段へ。


「き、気を付けて。健闘を、祈ってる、よ」


「せいぜい命を大事にするんだね」


 最後に、そんな縁起でもない佐和子と千博の見送りを受け、私達は二階の菜歩の部屋へと向かったのだった。


**********


「ここへ私を呼び出して、何のつもり?」


 部屋へ入るなり、私は開口一番にそう問うた。


 ベッドにどしん、と腰を下ろすと、「まあ今から説明するから礼沙も座りなよ」と、私へ隣に座るよう促して来る。


 私が柔らかなベッドへ腰掛けるのを見ると、菜歩は黒い瞳で私をじっと見つめて、一言、こう言ったのである。


「ねえ礼沙。……菜歩と礼沙で、この事件を解決してみない?」


 その言葉に、私は度肝を抜かれた。


「――え?」


「だからさ、一緒にこの事件を解決しようって言ってるんだよ。……うーん、そうだ、『粉雪城事件探偵団』! 『粉雪城事件探偵団』に入ってよ!」


 満面の笑みで「どう?」と聞かれても、困ってしまう。

 つまりこれは、探偵ごっこへのお誘いという事なのか。


「考えてもみてよ。犯人がいて被害者がいて、殺人事件が起こってるんだよ? じゃあ探偵もいなくちゃって菜歩は思うんだ。だから礼沙、一緒にやろう、探偵団。礼沙なら頭良いし、冷静だからさ」


 だが、そう言われても困るというものだ。私は大きく首を振った。


「ほ、本気? いえ、正気なの? 探偵団? 犯人を探し当てようだなんて、そんな事、私達にできる訳ないでしょ? これは、遊びじゃないのよ」


 そう、これは遊びではないのだ。

 だから、菜歩の話には乗れない。探偵になんて、なれる筈がないではないか。


「――お願い礼沙。戸惑ってるのは分かる。でも菜歩、やられっぱなしは嫌なんだよ。菜歩、頭悪いから、きっと一人じゃできない。でも礼沙となら、絶対できると思うんだ」


 その時、菜歩に澄んだ瞳で、決意を灯した瞳で、そう言われた。


「………………」


 どうして私にそんなに信頼を預けるのか、分からない。

 何を根拠にそんなことを言っているのだろう。大丈夫なんてこと、言い切れないではないか。

 でも彼女の強い意志は感じられて、私は一瞬、こう思ってしまった。

 ――この娘に協力してみても、良いのではないか?


「いけない。私、何考えてるのよ……」


 しかし一度抱いてしまった考えは、止まる事を知らなかった。

 なんだか凄く面白そうではないか。

 それに犯人に怯えたまま何もしないのでは情けない。私自ら、萌を殺した犯人を引っ捕えてやるのも悪くないだろう。


 気付けば私は、差し出された菜歩の手を握ってしまっていた。

 ハッとなるがもう遅い。菜歩が輝くような笑みで、叫んだ。


「ありがとう。……ここに、『粉雪城事件探偵団』は結成された!」


 私は大きく溜息を漏らし、そしてにっこりと微笑んだ。

 手を握ってしまったからには仕方ない、もうやる道しかないのだ。


 果たして、十五歳の少女二人だけで探偵などできるのだろうか?


 それは分からない。分からないが、こうなってしまえば絶対に暴いてやろうではないか。

 ――『粉雪城事件』の殺人犯を。

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