表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/20

吹雪の朝に

 瞼を開けて最初に目に飛び込んで来たのは、見慣れない真っ白な天井だった。


「ここは……?」


 小さく呟き、私はゆっくりと身を起こして周囲を見回す。

 辺りは一面清潔感のある、真っ白な壁だ。


「そうだわ、確か私……」


 築城家の別荘、粉雪城へ来て、泊めて貰っているのだった。


 一連の事を把握し終えた私が時計に目をやると、時刻は朝の七時。

 体内時計のおかげか、休日でも必ずこの時間に起きるのが私の習慣だ。


「それはともかくとして……、お腹が減ったわね」


 気付けば、起きたてだというのに私は腹ぺこだった。

 昨晩は随分と食べたり飲んだりしたと思ったのだが、成長期の体には足りなかったらしい。


 ダイニングにでも行こうと思い、柔らかなベッドから立ち上がった私は、ふと窓の外を見て、とある事に気が付いた。


 窓の外が真っ白なのだ。

 風が低く唸り、窓に雪の粒が叩き付けている。――どうやら、吹雪が吹いているらしかった。


「こんな山荘で吹雪って……、全くついてないわ」


 帰るまでに止んでくれると良いのだが、と思い溜息を漏らしつつ、私は一方で「きっと今日はスキーはないわね」と内心で喜んだ。

 またあの苦行をやるのかと思って少々気が重たかったのである


 パジャマからセーターに着替えると、私は部屋を出た。


 廊下はひんやりとしていて、あまりの寒さに私は思わず身震いした。

 ペタペタと、私の足音が回廊に響く。


「まだ誰も起きてないみたい。みんな、遅起きなのね」


 そして私は廊下を横断し、談話室へ。そして階段を伝って一階へ降りた。


 リビングには、やはり誰もいない。


「仕方ない、誰もいないならこっそり冷蔵庫の物でも頂戴しようかしら」


 そんな事を考えつつ廊下に出て、ダイニングへ入るとすぐ円佳の声が聞こえたので、私は心臓が飛び出すかと思った。


「おはよぅ、礼沙ぁ」


 ダイニングを見回すが、誰もいない。

「ここ、ここよぉ」と言われて見てみれば、キッチンに彼女の姿はあった。


「……おはよう円佳。早いのね」


「まぁね。お料理作らなくちゃいけないからぁ」


 自慢げに言う円佳は、相変わらず綺麗な白雪姫風のドレスを着ていた。

 今、調理の真っ最中らしく、ジュウジュウと何かを炒めるような音がしている。

 その良い匂いを嗅いで、私の空腹感はさらに高まった。


「ご飯、いつ?」


「そろそろよぉ。そうだわぁ、礼沙ぁ、みんなを呼んで来てくれなぁい?」


 笑顔でそう頼まれて、私は少し困惑した。


「それって、みずきさんの仕事じゃないの?」


 下女ならそれぐらいして当然だと思ったが、円佳が「あの子ぉ、まだ起きてないのよぉ」と半笑いで答えたので仕方ない。

 私は軽く頷いて、ダイニングを出た。


「本当、あの下女め……。自分の仕事ぐらい果たしてよね……」


 ブツクサ言いつつも再びリビングへ行って二階に登ると、私は西側のドアから談話室を出て回廊に戻って来た。


 目の前には弘恵未亡人の部屋がある。

 私は躊躇なく、そのドアをノックした。


「弘恵さん、起きて下さい。朝ご飯ですよ」


 呼び掛けるとすぐ、ドアが開いて彼女は現れた。


「あら、おはよう。起こしに来てくれたのね。ごめんなさい、私、少し寝坊してしまったみたいだわ」


 そう申し訳なさそうな笑みを浮かべる弘恵未亡人は、今日も変わらぬ輝かしい美貌である。


 それに見惚れつつ、私は被りを振った。


「大丈夫です。……先に一階へ降りておいて下さい。私、まだみんなを起こさなくちゃいけないので」


「……ありがとう。ごめんね、頑張って」


 魅惑的な微笑みを残し、弘恵未亡人は談話室へと消えた。


 次は一つ西側、築城千博の部屋だ。


「朝食です。どうぞダイニングへ」


 私が呼び掛けると、中から声がした。


「分かった。もうすぐ降りるよ」


「はい、了解しました」


 まるでメイドか何かのようだな、と思い、苦笑しながら、私は次の部屋へ足を向ける。


 馬鹿丸出しのみずきを大声で叩き起こし、元気一杯部屋から駆け出して来た菜歩と衝突、自室を通り越して、私は回廊北側、萌の部屋の前に立った。


「やけに静かね……」


 萌の事だから大いびきでもかいているのではと想像していた私は、少しだけ拍子抜けしてしまう。


 ――コンコンコン。


 扉を叩く。と、隣の部屋のドアがギィっと開いて、佐和子が飛び出して来た。


「ひ、ひぇ! だ、誰!?」


 顔を蒼白にし、ブルブル震えている。私は逆にそんな彼女にびっくりだ。


「何言ってるの。私よ、礼沙」


「ば、化け物! こ、殺さない、で、……? れ、礼沙、ちゃん?」


 寝ぼけていたのだろうが、やっと私が私である事に気付いたらしく、灰色のパジャマ姿の佐和子は口を尖らせて、


「お、脅かさないでよ……」


 と、珍しく怒り顔。


 そんな彼女はひとまず横に置き、私はまだ起きる様子のない萌に向かって呼び掛けた。


「萌! 萌! 朝よ、起きなさい!」


 ――しかし返事はない。どんなにぐっすり眠っているのだろうか。


「萌! 馬鹿萌! 起きて! 私、お腹減って減って死んじゃうわよ! 死んだら恨むから! 地獄で恨むから! 恨まれたくなかったら起きなさい!」


 怒鳴っても起きない。私は溜息を漏らし、隣の佐和子に振り向いた。


「あなた、言ってやりなさいよ。あなたは萌と仲良しでしょ?」


「仲良しじゃ、ない……。あ、い、今のは、みんなには、な、内緒、だよ? じゃ、じゃあ、呼んで、みるね? ……お、おーい、萌ちゃん。あ、朝だよ。吹雪の、良い朝だよ。お、起きて。礼沙ちゃんが、起きないと、殺す、って」


 辿々しい佐和子の声も、どうやら届かなかったようで中からの反応はない。

 私はあまりの空腹に、そろそろ腹が立って来た。


「起きろ! さもないと、開けるわよ!」


 そう言ってドアノブに手を掛けて回すと――、なんと、開いた。


「――え?」


 てっきり鍵が掛かっていると思い込んでいたので、私は思わず驚いてしまった。

 開いた扉の向こう、純白の部屋の奥にベッドがあり、その上で萌が寝ている筈だ。


 でもこれはむしろ好都合、揺すり起こせば良いだけだ。そう思い、私は部屋へと足を踏み入れた。


「あ、あわわわ。れ、礼沙ちゃん……」


 背後でおどおどする佐和子だが、彼女を無視して私はベッドの傍に立った。


 萌は、寝息も立てずに静かに眠っていた。

 その寝顔はとても安らかで、とても心地良さそうだ。

 本当ならもう少し寝かせてやりたいが、今はそうも言っていられない。私のお腹がぐうぐうと鳴っていた。


「萌、萌」


 彼女の体を思い切り揺する。しかし、全く起きる気配なしだ。


「どれだけ爆睡してるのよ……。もう、仕方ないんだから。萌、起きな……」


 力づくで目を覚まさせてやろうと、肩まで被せられていた布団を剥がし――。

 私は、絶句した。


 萌の胸に、包丁が突き刺さっている。

 そして、そこから流れ出した血の跡が、布団を赤黒く染め上げていた。


 中曽根萌は、眠っていたのではない。

 眠っているように、死んでいたのである。


「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 大きく叫び、私は地べたに座り込んだのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ