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晩餐

 ダイニングには、既にほとんど全員が集まっていた。


 ルンルンと鼻歌を歌いながら、踊るようにして辺りをうろうろしている廣田菜歩。

 椅子に座って足を組み、ご飯が並べられるのを待っている中曽根萌。

 興味津々でダイニングを見回している五十嵐佐和子。

 お行儀良く椅子に座り、作り笑顔を顔に貼り付ける部坂輝実。

 腕組みして何事かを考えている築城千博。

 ヘラヘラと笑いながらスプーンを机に置いて回る馬鹿下女、磯道みずき。

 そして――。


 キッチンから現れたのは、料理を乗せたトレイを手にした二人組。

 純白のドレス姿の弘恵未亡人と、再び白雪姫の衣装に着替えた築城円佳だ。

 その姿は、絵にしたい程美しい。


「お待たせぇ。夕ご飯、できたわよぉ」


「やったあ! 待ってました!」


 菜歩はピョンピョン飛び跳ねながら、いそいそと席に着く。

 私や佐和子も彼女に続いて椅子に腰掛けた。


 食事を並べて円佳と弘恵未亡人も座り、みんながテーブルを囲んだ。


 席の並びは、時計回りに、私、菜歩、みずき、千博さん、弘恵さん、円佳、輝実、佐和子、萌の順である。


「全員揃ったみたいだし、じゃあ、頂きましょうか」


 弘恵未亡人の声で私は、テーブルの上の料理に目をやる。

 そこには、ゴロゴロしたじゃが芋の入ったカレーが湯気を立てていた。


「良い匂い」


 鼻をひくひくさせ、思わずそう呟く私。

 萌は涎を垂らしているし、菜歩は目をキラキラさせている。


「いきますよー。せーのっ」


「いただきます」


 みずきの掛け声で声を揃えて手を合わせ、まずは一口、カレーを口に運んでみる。

 口の中に広がる肉の旨味。スパイスの辛味。その具合が、なんとも言えず絶妙だった。


「美味しいわ!」


 私だけでなく、口々にみんなが感嘆の声を上げる。


「うわ、むっちゃうめーじゃん!」


「わあ、何これ美味しい」


「お、美味しい……。こ、こんなの、食べるの、初めて、かも」


「絶品ですね。これ、弘恵さんがお作りになったんですか?」


 輝実の問いに、円佳が自慢げに答えた。


「いぇ。これはわたしが作ったのぉ。喜んで貰えたみたいで嬉しいわぁ」


「やっぱ円佳の料理は最高だよ。一緒に暮らしてた時より腕が上がってるじゃないか」


 千博はそう言って、姪を絶賛していた。


 食べる手が止まらない。みんな嬉々としてどんどんお代わりしていく。


 そんな時、弘恵未亡人が突然こんな事を言い出した。


「そうだわ。今日のスキー、どうだったの?」


 笑顔に綻んでいた自分の顔が、少し固まるのを私は感じる。

 できれば蒸し返されたくなかったのだが、萌が意地悪な笑みを浮かべつつ話し始めてしまった。


「それがおばさん、堀の奴、すっ転んで雪だるまになってたんだぜ。その面白さと言ったら、なあ?」


 話題を振られた菜歩は、笑顔で被りを振る。


「人の失敗を揶揄うもんじゃないよ、萌。礼沙は頑張ってたし、明日はきっと上手く行くと菜歩は思うよ」


「上手く行く訳ねえだろ。また雪だるまに決まってるぜ」


「そう言う萌だって、失敗してたじゃないの」


 言い返す私を萌はキッと睨み付けた。

 少しピリピリした空気をほぐそうとしてか、千博が輝実と佐和子に問う。


「あんたらはどうだったんだい?」


「あ、あたし、は、寒くて……、途中で」


「あたしは上手くやれましたよ。明日は競争する予定なんです。円佳ちゃんには勝てないと思いますけど、菜歩ちゃんには絶対勝ってみせるつもりですよ」


「そうかい。そりゃ、良かったねえ」


 しばらく沈黙が続いた後、再び弘恵さんが口を開いた。


「そうだわ。あなた達に聞いておきたかった事があったのよ。……円佳は学校で、元気にしてるかしら?」


 迷惑を掛けていないか、とかでなく元気にしているか、と尋ねられた点に少しだけ疑問はあったが、私はすぐさま頷いた。


「はい。円佳は元気にしてますよ。私、いつも円佳に助けられてます」


 決してお世辞ではなく、円佳には凄く助けられている。

 例えば他の同級生と言い争いになった時とかは、仲介役になってくれているのだ。本当に彼女は優しいのでいつも救われている。


「心配しなくても築城は元気だぜ。元気があり余り過ぎるぐらいにな」


「………………そう、それは良かったわ。これからも、仲良くしてね」


 直後、千博が顔を顰めて視線を逸らせ、少しばかり早口で円佳に問うた。


「そうだ、円佳。今は彼氏とかいるかい?」


「彼氏ねぇ。交際経験はまだないわぁ。別に、男の子が苦手とかではないけどぉ」


「……そうなのかい。そうだ、あんたらは彼氏、いたりするのかい?」


 またも私は身を固くする。

 実はつい最近、プロポーズして来た馬鹿男子をフった事があり、それを思い出したのである。


「いません。彼氏なんて」


 そう答えると、輝実が嫌らしい視線を向けて来た。


「ふふ。礼沙ちゃん、男嫌いですもんね。……あたしは彼氏、いますよ。優しくて格好良くて強くて、自慢の彼です」


「良いなあ、部坂は。オレなんか、男どもが誰も寄り付いて来ねえ。昔、変な男子に胸触られただけだぜ」


 そう言って溜息を溢す萌だが、その原因は自明の理。


「当たり前でしょう。そんな女子、男子に好かれる訳ないわよ、オレっ娘」


 私の言葉がどれぐらい彼女に突き刺さったかは知らないが――、萌は顔を真っ赤にして憤慨した。


「なんだと!? 堀にオレの何が分かるんだよ。ふざけんじゃねえぞ!」


 撃発寸前の私達二人を宥めてくれたのは、やはり円佳だった。


「まあまぁ。確かにぃ、萌の喋り方を嫌いな人もいるかも知れないわぁ。でもわたしは、別に気にしないけどねぇ」


「そうですよー、萌お嬢ちゃん。気品が足りない事は否めませんけどー、何もそれだけって話じゃないと思ったり思わなかったりー?」


 フォローするつもりがあるのかないのか分からない馬鹿みずきの言葉も受け、萌は嫌々引き下がった。

 胸を撫で下ろした私がふと皿を見下ろせば、もうそこには何もない。いつの間にか、食べ終えてしまっていたらしい。


「お代わり、どうするかしらぁ?」


「私、もうお腹一杯だわ。美味しかった、ごちそうさま」


「あたしもごちそうさまです」


「うわあ、美味しかった」


 そう言いながら次々と全員が食事を終えて行く。

 そんな中早々に席を立とうとした佐和子は、弘恵未亡人に引き留められた。


「手作りジュースがあるの、飲んで行って頂戴。みんなもどうぞ」


「は、はい。の、飲む」


 これは無論、私達も飲まない訳にはいかない。

 築城家お手製のジュースがどんな味なのか、そう考えるだけで私の膨れた筈のお腹がまたグゥと鳴った。


「じゃ、ちょっと待っててね」


 切長の黒瞳を細めて微笑する弘恵未亡人は、そう言い残してキッチンへ消えた。


**********


「困ってたこのみずきちゃんを、弘恵様が見掛けてくれて。『大丈夫?』って飴玉くれたんですよー」


 グダグダグダグダ、グダグダグダグダ。

 ジュースを待っている間、私は止まぬ戯言に、大きく溜息を吐いていた。


 二つ隣では、みずきが騒がしく喋り続けている。


「それであたくしめ、築城家で雇われる事になったんですよー。ほんと、弘恵様には感謝感激雨霰でーすっ」


 どうしてこんな事になったのかと言えば、菜歩の一言。


「ねえ、みずきさんってどうしてこのお屋敷で雇われてるの?」


 築城家とはあまりに不釣り合いな彼女に疑問を持った故のその質問に、みずきが目を輝かせて語り出したのだ。


 それは、彼女が雇われるまでの経緯。

 親と大喧嘩し、家を飛び出してすぐ飢えに倒れた当時十八歳の磯道みずきを、築城弘恵が救ったという話だった。


 それだけの話を、かれこれ十分、それも大声で話されているものだから、みんなうんざりしているのである。


 途中で千博が静止しようとしたが、みずきはもはや止まる様子がなかった。


 ほとほと困り果てたその時、やっと、弘恵未亡人がキッチンからジュースを手に出て来た。


「お待たせ」


「お母さぁん、遅いわぁ」


 円佳が文句を言ってもみずきは喋っている。


「だからあたくしめは……」


 その様子を目にし、肩を竦める築城弘恵。直後、彼女の拳が下女の頭部へ振り下ろされていた。


「ぐえっ。ぐほっ、何するんですかー、弘恵様、あたくしめは……」


「皆さんが困っているでしょう。お喋りは止めて、ジュースを。ね?」


「はーい」


 助かった。

 ホッと安堵の息を漏らしつつ、私は弘恵未亡人から受け取ったオレンジジュースを手に取る。


「いただきます」


 そして、一気に飲み干し――。

 その美味しさに、感激した。


「美味しいっ!」


 適度な酸味。舌の上で広がる甘さ。

 それらを引き立てる、少しばかりの苦味。

 ……苦味?


「このジュース、何が入っているんですか?」


 気になったので訊いてみると、弘恵さんは笑顔でこう答えた。


「純粋なオレンジの果汁。それと、隠し味、よ」


「隠し味?」


「そう、隠し味。……隠し味は隠すもの。だから、秘密。ね?」


 怪しげに微笑まれると、尚更、何が入ってるのか凄く気になってしまうのだが。


 一方他のメンツはそんな私達の会話などお構いなしに、グビグビグビグビ飲んではお代わりを繰り返していた。

 私もその味に病み付きになり、覚えている限りで三回ぐらいは注いで貰っただろうか。

 そして最後には、もうお腹がはち切れそうになっていた。


「もう無理。ああ、美味しかったわ。……ふわぁ」


 コップを置いた瞬間、私の口からなんと、欠伸が漏れた。

 時刻はもう八時。昼間の疲れもあるのか、なんだか急激に眠たくなって来た。


 見渡せば、釣られたのか菜歩と萌が大欠伸をし、輝実はそれを必死に堪え、佐和子も目がとろんとして来ている。


「ふわあぁ。そろそろ寝ましょうかぁ」


 やはり欠伸をしながら、円佳がそう言った。


「そうだな。オレ、なんか急に眠くなっちまった」


「あたしも寝ます」


「あ、あたし、も」


 皆が一斉に席を立ち、ゾロゾロと廊下へのドアへと歩き出した。


「あら、もう寝るの? おやすみなさい、また明日ね」


 そんな私達を見て、テーブルの片付けをする弘恵未亡人が手を振って来た。


「おやすみなさい、弘恵さん」


「おやすみ。また明日!」


 口々にそう言いながら、弘恵未亡人と彼女に食器洗いを言い付けられたみずきを残して、ダイニングを立ち去る私達。


 その後、再び「おやすみ」と言い合って、二階の談話室で全員解散となったのだった。


**********


 そうしてみんなと別れて今、私は一人でベッドに横になっている。


 ベッドはふかふかで暖かく、とても心地良かった。

 私は昔、修学旅行先のホテルのベッドで丸一晩眠れなかった経験がある。今回は大丈夫だろうかと心配していたのだが、どうやらすぐに寝られそうだ。


 目を閉じれば、様々な事が浮かぶ。

 一体全体、明日は何をするのだろうか。とても楽しみである。


「できれば、スキーが上手く行きますように」


 そう願いながら、私は眠りに就く。

 こうして、色々ありつつも楽しい一日目が幕を閉じたのだった。


 ――翌朝に起こる惨劇を、誰一人として予想できないままに。


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