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粉雪城

「ばぁ! ようこそぉ、粉雪城へ!」


 キラキラと光る綺麗なドレスを身に纏った美しい少女、築城円佳が、輝くような笑顔でそう言った。


 そんなびっくりなお出迎えを受けて、私達は一様に目を丸くする。


「何そのお洋服! 無茶苦茶可愛いじゃん!」


「でしょでしょぉ? これ、今日の為に買ったのよぉ。粉雪城にピッタリだと思ってねぇ」


「うん! 良く似合ってるよ!」


 菜歩が円佳の衣装をベタ褒めし、挨拶も抜きに二人でキャッキャと騒いでいる。


 やっと我に返った私は、大きく賞賛の声を上げた。


「……綺麗だわ」


 いや、本当に美しい。衣装もあるが、円佳の元々の質の良さが尋常じゃない。

 色白の肌、程よく膨らんだ胸、整った顔立ち、スラリとした手足。女性なら誰でも欲しがるような、モデルの如き体である。


「こんにちは。豪華なお出迎えありがとう、円佳」


 萌も輝実も大はしゃぎだ。


「うわ、マジですげーじゃん。やっぱ金持ちは違うよな」


「麗しき白雪姫。円佳ちゃんに良くお似合いですね」


「……そ、そして、魔女によって、え、永遠に眠らされ……」


 一人またもや物騒な事を言っていた気がしたが、それは気にしないでおこう。


「いいぇ。わたし、みんなが来るの楽しみにしてたのよぉ」


 そこへ、突如として割って入る声があった。


「いらっしゃい。あなた達が円佳のお友達ね」


 ドアの方へ視線を向けて、私は再び驚愕する。

 だってそこには、腰下まで艶やかな黒髪を真っ直ぐに伸ばした、絶世の美女が立っていたのだから。


「あら、驚かせてしまったかしら? 初めまして、私は円佳の母親の、築城弘恵よ。皆さん、どうぞよろしくね」


 真っ白なドレスを揺すってそう笑う美女――築城弘恵。

 今、日本で名を轟かせる資産家の姿が、手が届く程の間近にあった。


「は、初めまして。私は堀礼沙と申します。どうぞよろしくお願い致します」


 緊張に体が固まる私に、築城弘恵はにっこりと微笑み掛ける。


「そんなに硬らなくても良いのよ。気軽に接して頂戴」


 そんな事言われても……と困惑する私。

 だが他のメンツは度胸が違っていた。


「こんにちは、弘恵さん! 廣田菜歩だよ。よろしく!」


「オレは中曽根萌だぜ! おばさん、世話になるぜ!」


「あたしは部坂輝実です。弘恵さんのような憧れの有名人にお会いできるなんて、光栄の至りです」


 ただ一人、五十嵐佐和子だけはモジモジしていたが、「おいオマエも!」と萌に促され、辿々しくではあるが、


「あ、あたしは、い、五十嵐、佐和子、だよ。あ、あの、お、お世話に、なりま、す」


 と頭を下げた。


「こんな雪の降る中来てくれてありがとぅ。外は寒いわぁ。さあさぁ、早く中へ入りましょぉ」


 そう言う円佳に導かれて、私達は粉雪城の中へと足を踏み入れたのだった。


**********


 雪を思わせる、一面真っ白な玄関ホール。


「お邪魔します」


 靴を脱ぎ、私達は家へ上がった。


「ここは見ての通り廊下よ」


 辺りを見渡せば、板張りの廊下は真っ直ぐに奥まで続いていた。

 そしてその純白の左右の壁に、二つのドアがある。


「東側、つまり右の扉の向こうがダイニング、西側の左の扉の先がリビングになってるわ。そうね、まずダイニングへどうぞ。会わせたい人がいるから」


 弘恵さんがそう言うので、私達は彼女について行き、ダイニングへ。


 ――直後、一同は驚きに目を見開く。そこには、とても美しいテーブルや椅子が並べられていたからだ。どんだけ金持ちなのかと絶句する他ないほどの豪華さだった。

 そして九脚の椅子のうち、一脚にどっしりと腰掛ける女性の姿がある。

 彼女をまじまじと見て、私はさらに呆気に取られてしまった。


 だって彼女は――。


「はいはい! お待ちしておりましたよー。まあ、可愛い女の子達じゃないですかー。話には聞いてましたけど、やっぱ若い頃って良いですよねー。あたくしめも少し昔に戻りたいなあ。……あ、申し遅れましたー。あたくしめ、築城家の下女をしてまーす、磯道みずきちゃんでーすっ。イエイ!」


 メイド服を着て、そう、やかましく、そして変に親しげな挨拶をして来たのだから。


 メイド服がこの世に本当に存在したのか、という驚きも小さくはないが、もっと大きな驚愕は、やはり彼女自身である。

 私は一眼で分かった。……この女、多分馬鹿だな、と。


 椅子からピョンと立ち上がり、決めポーズをしている彼女へ、私は遠慮がちに頭を下げた。


「初めまして、みずきさん。私は堀礼沙です」


 他のメンツも、それぞれに反応を見せる。


「うっわ、すげーじゃん。メイド服って、ファンタジーの世界だけだと思ってたのによお。うわあ、腕とか足とか露出しまくりだぜ」


 と萌は大喜び。


「よ、よろしくお願い、します」


 人見知りの佐和子はブルブルガクガクで挨拶。


「初めまして。みずきさん、お手伝いなんかなさってるんですね。羨ましいです、メイドさんって、女の憧れですもの」


 笑顔でお世辞を振り撒く輝実。


「こんにちは! その服、めっちゃ可愛いじゃん! 良いな、みんなおめかしして。菜歩もそんな服、買って貰おうっと」


 話がやや脱線気味になる菜歩。


 円佳は遠目から困ったような笑み。


 そして、築城弘恵は腰に手を当てて、


「みずき、あんまりはしゃぎ過ぎないの。みんなを困らせるでしょう?」


 やや厳しい口調でそう諭した。


「ごめんなさーい。ついついって感じでー」


 叱られても悪びれる様子なく、みずきは赤い舌を突き出した。


 ――そんな磯道みずき。彼女の全身を私は改めて見回してみた。

 メイド服を着込んで、頭上にホワイトブリムを可愛く揺らしており、背中までの長い髪を後で一つにまとめている。

 顔立ちやら素材は悪くないが、厚化粧をして不健康そうな顔色が悪目立ちしていた。

 歳は二十歳前後であろう。だが、印象は萌とかとあまり変わらない。むしろ付き合いづらそうに思えた。


「さあさ。皆さん、荷物も重いでしょう? そろそろお部屋へご案内するわ。ほら、みずきはお掃除してなさい」


「はーい。じゃ、お嬢ちゃん達、また後でー」


「また後でな、阿呆下女!」


 そうして私達はダイニングを後にし、次は廊下の向かい側の西側のドアを開けた。


「やっと来たのかい。姉さんに出迎えろって言われてたからずっと待っていてやったのに、遅いじゃないか」


 リビングへ入った途端、そんな声が飛んで来たので視線を上げれば、そこには、またもや仁王立ちする美女がいた。


**********


 築城千博。それが彼女の名前らしい。

 弘恵さんの妹であり、円佳の叔母であるという。

 歳は三十五歳ぐらいだろうか。姉や姪とは対照的に髪は短く、服もそこまで豪華ではなく長袖シャツに毛糸のミニスカートという軽装だ。

 だが、その美しさは姉にも姪にも負けず劣らずで、何だか輝いて見えた。


「千博、そんな事言うものじゃないわ。この子達だって、こんな真冬にわざわざ凍えるような雪山に来てくれたのよ」


「姉さんはそう言うけどね。あたしゃ暇じゃないんだ。いつまでも待たされたら困るってもんだよ」


「……良いじゃない、どうせ仕事も休みなんだし」


「仕事とやる事とは別のお話さ。金持ちには分からないだろうがね。あたしゃ姉さんに呼ばれたから来ただけなんだ。こんなクソ寒い雪山に誰が好き好んで来るもんかね!」


 しばらく弘恵と千尋の姉妹は言い争っていたが、円佳がそれを静止した。


「まあまぁ。喧嘩なんかしてるからぁ、みんな困ってるじゃないのぉ」


「そうね。ごめんなさい」


 白いドレスを摘んで頭を垂れる弘恵さんとは対照的に、千博はふんぞり返って詫びる様子がない。

 彼女を付き合いづらい人間二号に、私は認定した。


「初めまして、千博さん。……もしかしてこのお屋敷って、まだまだ人がいたりするんですか? 例えば、弘恵さんの旦那さんとか」


 気になって尋ねてみる私。

 軽い気持ちだったのだが、弘恵さんは少し気まずそうに視線を逸らして答えた。


「他にはいないわ。私の夫は早くに死んでしまったし、千博にも配偶者はいないの」


 悪い事を聞いてしまった。

 まさか、彼女が未亡人だなんて思わなかった。でも考えてみればそうか、夫に頼れないから起業して女資産家になったのだろうからな。

 私は自分の馬鹿さと軽率さに呆れた。これでは、他のメンバーと何も変わらないではないか。


「ごめんなさい」


「良いのさ。別にあんたが気にする事じゃないよ。ともかく、とっとと二階へお行き。あたしゃ、ちとあの下女の働きっぷりでも見てくるかね」


 そう言って、千博は柔らかそうなソファを立ち、リビングを出て行った。


「もたもたしてしまったわね。じゃあ、二階へ行きましょうか」


「よっしゃあ! じゃあlet's go!」


「どんなんだろーな」


「あ、あのおばさん、怖かった……」


「さあさあ、早く行きましょう」


 そうして私達一行は、リビングの隅にある階段を登り始めたのだった。


**********


「ここが談話室よ」


 階段を登り切ると、築城弘恵未亡人がそう教えてくれた。


 談話室は、相変わらず壁一面が白い。

 豪華なソファと机が置かれていて、応接間という感じだった。


「一年前にこの別荘を建てた時、テレビ報道の記者さんが来てねぇ。その時、この談話室でお母さんがお話ししたのよぉ」


 何故か自慢げに胸を張る円佳。

 無論、彼女が頑張ったから報道された訳ではないだろうが、築城家はどこまでも凄過ぎる。


「あれは何ですか?」


 輝実がそう言って何かを指差して首を傾げた。

 そちらに視線をやった私は、この別荘で何度目になるのか息を呑む。

 ガラス製の棚があり、その中に金銀銅のメダルがぎっしりと並べられているのだ。


「ああ、あれね。あれは円佳の物よ。スキー大会のメダルなの」


 近付いて見てみれば確かに、『〇〇スキー子供大会金賞』『中学生スキー〇〇選手権銀賞』などと書かれている。全て本物のメダルだった。

 そして核なる上は――。


「うわ、立派なトロフィー。これも円佳の?」


「そうよ、菜歩ぉ。これはぁ、わたしがついこの間の大会で貰ったものなのぉ」


 円佳が満面の笑みで抱え上げるのは、黄金に輝く立派なトロフィー。

 今冬の『全国〇〇スキー大会』の金賞に与えられる物だそうだ。トロフィーはそのたった一つだけであるらしい。


「凄いじゃない、円佳。じゃあ私、円佳にスキーを教えて貰おうかしら」


「オレもオレも!」


「あ、あたし、も……。恥ずかしい、けど」


「良いわぁ。スキーに関しては何でもわたしにお任せよぉ!」


「やったー! 菜歩、スキーがますます楽しみになちゃったよ」


 笑い合いながら、東側と西側の両方にある談話室のドアのうち、東側の方を開けて私達は廊下へ出た。


「ここが回廊。部屋はもう充てがってあるから紹介していくわね。正面の所が礼沙ちゃんのお部屋よ」


 板張りの回廊、その正面にドアがあり、それが私の部屋らしい。

 弘恵さんは回廊を北側へと足を進めながら説明を続ける。


「北東の角部屋、こちらが萌ちゃんのお部屋。そして曲がってここが佐和子ちゃんのお部屋」


「じゃあじゃあ、早速オレの部屋の中見せてくれよ!」


 せっかちな萌に、弘恵未亡人は柔らかに微笑んで被りを振る。


「全お部屋を案内した後、鍵を渡すから待っててね」


「面倒くせえなあ、荷物重てえのによお」


「わ、分かった」


 そして北西の角部屋が輝実の部屋。

 再び角を曲がり、今度は西側の回廊を進んで行く。


「これが円佳の部屋で、この部屋が私の。で、この南西の部屋が千博のよ」


 次は南側の廊下。


「こちらがみずきの部屋で、南東の部屋は空き部屋になっているわ。物置だし掃除もろくにしていないから、入らない方が良いわよ」


 ぐるりと周り、東側へと戻って来た。


「最後に、これが菜歩ちゃんのお部屋になるわ。……以上で案内はおしまい。ほら、これが鍵よ」


 弘恵未亡人はどこからともなく、鍵を五つ取り出して一人一人に手渡して行く。


「これが礼沙ちゃんの、これが萌ちゃん、こっちが佐和子ちゃんの鍵。ええと……、これは輝実ちゃん、こちらが菜歩ちゃんね」


 私は鍵を受け取り、間近で眺めてみた。

 純銀製で、所々にアメジストが埋め込まれた美しい鍵だ。どこまでこだわっているのだろうかと、私は心底感心させられた。


「鍵をなくさないように注意してね。合鍵はないから、なくしたらお部屋に入れなくなるわよ」


 弘恵未亡人が忠告するが、私以外はもう聞いておらず、自分の部屋へと駆け出していた。


「はぁ」


 大きく溜息を吐き、弘恵さんに向かって軽く頷くと、私も自分の部屋へと向かう。


「荷物を置いた後、リビングへ来てねぇ。待ってるわぁ」


「分かったわ。すぐ行くから」


 最後に、白雪姫のドレスを揺らす円佳を振り返って、私は自室のドアを閉めたのであった。


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)

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