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登山

 吐く息も凍るような極寒の中を、私は雪の降り積もった地面を踏み締めて歩いていた。


「はぁ」


 寒さに全身がかじかみ、悲鳴を上げている。

 だがふと立ち止まって見渡せば、辺りにはチラチラと粉雪が舞い踊っていてとても幻想的だ。今まで寒さで気づかなかった私は思わず感動してしまった。


「礼沙、早く早く」


 そんな私へ、前方から元気な声が掛かる。


「分かったわよ」


 そう答えながら、私は声の主へ追い付こうと、小走りに駆け出したのだった。


**********


 私の名前は堀礼沙。とある中都市に住む、普通の中学三年生である。

 容姿はそこそこ、頭脳は割合良い方だろう。


 高校受験を控えたこの冬休み、私は今、なんと人里離れた雪山を登っている。

 本当なら勉強に集中しなければならないと言うのにどうしてこんな事になってしまっているのかと言えば、同級生の金持ち娘、築城円佳の母親が所有するという別荘にお呼ばれしたからだ。

 金持ちに弱い私の両親があっさりと承認してしまったため、こうなったのだった。両親は受験のことを考えてくれているのだろうかと不安になるばかりである。

 勉強は正月明けにでも頑張るしかない。


「はぁ。……それにしても本当、円佳のお母さん……弘恵さんだっけ? あのひとも物好きなものよね。雪山のてっぺんに別荘を建てるなんて」


 こんな寒い時期なのに雪山の別荘で滞在しようだなんて、金持ちの考えは分からないものだと私は溜息を漏らす。もちろんかくいう私も山荘で宿泊予定なのであるが。


「そうかな? 菜歩はスキー、楽しみだけどな」


 私とは反対に明るくそう笑うのは、おさげ髪を揺らし、軽い足取りで山道を進む可愛らしい少女だ。

 彼女は廣田菜歩。私の同級生で、明るく能天気な事で有名な娘である。


「私もスキーは楽しみよ。上手くできるか、ちょっぴり不安だけど」


 私がこの雪山へ来た理由、その大きな一つがここでスキーができるらしい事。

 前々から興味は持っていたので、私も楽しみにしている。


「みんな遅えよ。オレがくたびれちまう前に早く行こうぜ」


 私達の数歩前を歩く人物――中曽根萌が振り返ってそう叫ぶ。

 セーター一枚にジーパンという、雪山だとは思えない軽装に、極端に短い髪。

 その口調も含めて、一見したら男にしか見えないが、実は歴とした少女である。

 そういう人間の事を、「オレっ娘」とか言うらしい。自分本位でうざい奴だと、私は内心で思っている。


「ま、待って、よ。はぁ、はぁ、あ、あたし、だって、頑張ってる、けど……。あぁ、疲れた……」


 背後から、喘ぎながら必死で登って来るのは、髪を腰上まで垂らした、小柄な少女。

 五十嵐佐和子。それが彼女の名前だ。

 臆病・弱虫な事で名が高く、運動能力も低い為に、この登山一行の最後尾である。


「頑張って下さい。まだ山の中腹ですよ。あたし、佐和子ちゃんの事応援してますから」


 そう励ますのは、私のすぐ後のおかっぱ頭の少女、部坂輝実。

 一見優しそうに思えるかも知れないが、こいつは腹黒女だと私は思って、このメンバーの中では最も嫌悪している。

 耳心地の良い言葉とは対照に、内心では他人の事なんて考えてない、偽善者なのである。

 まあ、本人には言わないが。言ったらきっと、いじめの対象になるだろうから。


 登山メンバーは、私、菜歩、萌、佐和子、輝実の五人。

 私達は共に中三であり同級生だが、それ程仲良しという訳ではない。

 だがこの度、築城円佳の母親の別荘『粉雪城』にて共に、年を跨いで一週間程滞在する予定だ。

 このメンバーにはうんざりする所もあるが、まあ仕方ないと前を向こう。


 雪の降る中、私は凍り付きそうな四肢を動かし、積もった雪を蹴って、登り、登り、登り続ける。

 そして一時間後、ようやく山頂へと上り詰めた私達の目の前に現れたのは――、


「わあ。立派なお屋敷!」


 純白の粉雪で覆われた、二階建ての美しい邸宅だった。

 その華やかしさは名の通り、まるで城のようだ。


 私も他の全員も、その圧倒的な光景に息を呑むしかない。


「これが、粉雪城なのね」


 小さく呟き、感嘆の息を漏らす私。

 しかし私とは対照的に、佐和子はこんな事を言った。


「な、なんか、ミステリーで、で、出て来るお屋敷、みたい。こ、ここに、み、みんなが集まる。そ、それで、殺人事件が……」


「縁起でもない事言うなよ、五十嵐。ほんと、ミステリ厨は手に負えねえよなあ」


 萌が、いつの間にか隣まで追い付いていた佐和子の頭を平手打ちして苦笑する。

 まともにそれを喰らった佐和子は、白雪の絨毯へ勢い良く倒れ込んでしまった。


 話によれば、五十嵐佐和子はミステリー小説好きらしい。

 詳しくは知らないが、休日などは一日のほとんどを家に篭って読書の時間に費やしているとか。

 どうやら彼女、ミステリー小説なんかに出て来る別荘だのお屋敷だのを実際に見てみたくて、この粉雪城へ来たようだ。

 ここまで来ると『ミステリ厨』と言われても仕方がないだろう。


 そんな他愛もない事を言って騒いでいると、突然、真っ白なドアがギィっと開かれた。


 そして中から飛び出して来たのは、なんと白雪姫のコスプレをした、背が高く髪の長い美少女――築城円佳だった。


「ばぁ! ようこそぉ、粉雪城へ!」

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