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自決

「……ひどい、ひどいひどいひどいひどいひどいひどいっ! ひどいわぁ、復讐なんて、馬鹿げてるわよぉ!」


「……やっぱり、かい」


 話を聞き終えて、激しく泣き叫ぶ円佳。嫌だ嫌だと被りを振って大きく取り乱している。

 しかしそんな彼女とは反対に、千博は非常に冷静に、小さく呟いていた。


「やっぱりって、どういう事なの? もしかして、千博さん、最初から全部分かってたり?」


 不審な千博の発言に、菜歩は大きく首を傾げる。だがそれは、千博自身によって否定される。


「いいや、最初からは分からなかったよ。ただね、まあ、ピンと来たというか。……ここ数日、姉さんがなんだか変だな、とは思ってたのさ」


 嘘だ、と私は思った。

 きっと彼女は、昨日の時点で犯人の目星は付いていた筈である。それに、被害者達が息子をいじめた奴らであった事も。

 だから私達にあの日記を渡したのであろう。……犯人を正しく暴いて貰おうとして。


 それはともかく、私は今、弘恵未亡人をじっと見つめながら彼女の処遇に思い悩んでいた。

 警察に突き出すのが正当なのだろうが、この別荘を出るまで彼女を放置しておいて良いのだろうか。それは無論、円佳などの反感も買う事になるだろう。

 それでは殺せば良いのかというと、やはりいくら犯人とはいえ彼女を殺すとなると、こちらも犯罪者となってしまう。

 どうすれば良いものか。


 そんな時、相変わらずロープで四肢を縛られたままの弘恵未亡人が言い放った言葉に、一同は動揺する事となる。


「私、死ぬ事に決めたわ」


 え、と思わず私は小さく声を漏らした。

 今否定したばかりの考えを言われたせいもあるが、彼女がそんな事を言うなんて思いもしなかったのだ。


「弘恵様、なんの冗談ですかー? ちぃっとも面白くないんですけどー?」


 彼女の言葉を受け止め切れなかったのか、半ば茶化すようにみずきがそう問うが、弘恵未亡人の目は、あくまで本気だった。


「いいえみずき、私、冗談なんて一言も言っていないわ。私は人を殺してしまった。それは復讐にしろ確かな犯罪で、裁かれなければならない。……でも私には、可愛い娘がいる。大好きな妹がいる。だから私は、彼女達に迷惑をかけたくないの」


「…………弘恵様、じゃあ」


「私は、自殺を選ぶわ。そして、この事件を終わらせる。……私、もう決めたの」


 弘恵未亡人の決意のこもった声音に、みずきは反論できなくなったようだ。

 だが、代わりに怒声を張り上げる人物がいた。


「そんなのずるいじゃん! 弘恵さん、自分が何言ってるか分かってるの!?」


 弘恵の目の前に出て、仁王立ちになる少女――菜歩だ。


「萌も佐和子も輝実も殺しておいて、自殺する!? それが報い!? 笑わせないでよ! あなたはしっかり罰を受けるべきなんだよ、分かってる!? 人を殺したら、刑務所に入って罪を償わなくちゃいけないの! なのに自殺するから許してください? そんな事、誰が許すの! 死んだ萌達が、それで納得するとでも思うの? あたし達が、それを許すと思ってるの!?」


 菜歩の怒りは正当で、私も心は同じだ。

 自殺なんて事で、築城弘恵は許されてはならない。――だが。

 だが、私は顔を真っ赤にして怒鳴る菜歩を、手で制していた。


「……菜歩。あなたは正しいわ。弘恵さんはきちんと刑務所へ入って、きちんとした方法で罪を償うべきよ。……でもそれではあまりにも円佳が可哀想だと、そう思わない?」


「……礼沙、でも!」


「私は弘恵さんに同意という訳ではないわ。でも考えてもみなさい。母親が殺人犯として警察に逮捕され、叔母と一緒に暮らす事となったとして。……円佳は、殺人鬼の娘としてあるべきじゃない軽蔑を受ける筈だわ。それで彼女の心は壊れてしまうかも知れない。――だから私は、癪だけど弘恵さんの提案を選ぶべきだと思うの」


 母の自死を目の当たりにするのが最良だとは言わない。それだって心が傷つくに違いないのだ。

 しかし仕方ないではないか。他の選択はないのだから。


「……………………うん」


 長い沈黙を経て、やっと納得してくれたらしく菜歩が小さく頷いた。


「礼沙お嬢ちゃんがそう言うなら、あたくしめは反対しませんよー。まぁ、弘恵様もご納得の上で言ってるみたいですしー?」


「あたしゃ別に良いと思うよ。姉さんが決めた事だしね。……円佳は、どうなんだい?」


 みずきも千博もあっさりと肯定。最後の判断は、円佳に委ねられた。


「わたしはぁ……、わたしはぁ、お母さんとぉ、お母さんとぉ、一緒にぃ……」


 黒く美しい髪の毛を振り乱して心を決めようとした円佳。しかし、そんな彼女へ、母親は微笑んで――。


「……ダメよ。あなたは、千博と一緒にいなさい。私は、地獄で見守ってあげるから」


 そう、言った。

 かの恐ろしい殺人鬼とは思えない、まるで聖母のような、そんな柔らかな声音だった。


 それを前に、円佳は地面へ崩れ落ちる。


「お母さぁん。ひどぉい、ひどいわぁ。……死なないでお母さぁん。お母さぁん、死なないでよぅ……」


 どうにもならない感情に荒れ狂い、円佳は子供のように泣き喚いた。

 ――否、まだ彼女は子供なのだ。十五歳の少女なのだ。

 私だって、強くあろうと、賢くあろうとしているだけで所詮子供。もし、彼女と同じ事があったら、心を平静に保っていられるだろうか。いや、できないだろう。まだ狂乱していないだけ、円佳は偉いと私は思った。


「お願い。手のロープを解いて。何もしないわ」


 囁くような弘恵未亡人の言葉。菜歩がこちらへ視線を送って来たので、私は了解の意を示した。


 菜歩の手によって腕のロープが解かれた築城弘恵は、一も二もなく娘の元へ。

 そして、涙を流しながら円佳を抱き寄せた。


「ごめんね。ごめんね。身勝手で、自分本位で、円佳にも隆司にも迷惑をかけて死んでいく、そんなお母さんを許して。……愛してるわ、円佳」


 母親に頭を撫でられる円佳は、整った顔面をくしゃくしゃにして、声を震わせる。


「お母さぁん。お母さぁん。お母さぁん。大好きぃ、大好きぃ、大好きよぉ」


「ありがとう、円佳。ごめんね千博、この子の事は頼むわよ。――さようなら」


 そう、最後に微笑を残して――。

 突然、弘恵未亡人の体が、円佳の胸の中に崩れ落ちた。

 駆け寄って見れば、彼女の口から血が流れ出している。

 その血はみるみるうちに着ていた純白のドレスを赤黒く染めていった。

 私は、いや、この場の全員が理解する。


――築城弘恵は、舌を噛み切って死んだのだと。


「姉さぁん――!!」


 直後、千博の甲高い絶叫が、リビング中に虚しく響き渡ったのだった。


 こうして、長く続いたこの『粉雪城連続少女殺人事件』は幕を下ろしたのである。


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