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違う

 午前九時。

 私達三人は菜歩の部屋を出て、こっそりと築城千博の部屋の前に立った。

 どうやら彼女は今は一階にいるらしく、菜歩の言っていた通りドアには鍵が掛かっていなかった。


「それにしてもどうして千博さんが昼間は施錠してないって知ってたの?」


「えへへ。それは、最初の日、菜歩ね千博さんの部屋と菜歩の部屋、間違って入っちゃったからなんだよ」


「部屋を間違うって、どんなにおっちょこちょいなのよ……」


 菜歩の返答に、私は呆れるしかない。

 菜歩の部屋は回廊東側、千博の部屋は西側と真反対の筈なのに、なんとも鈍臭い。

 よく彼女と探偵団などできているものである。


「開けまーす!」


 私と菜歩などお構いなしに、先を行くみずきがドアを開けた。


 ――千博の部屋は、一言で言えば信じられないくらいに散らかっていた。


 人間、たった数日泊まっただけでこんなに汚せるものなのだろうか。

 辺りにゴミと洋服が一緒になって散乱し、足の踏み場もない。

 ベッドも埃と髪の毛だらけという、見るだけで身震いしてしまう有様だった。


「みずきさん、掃除とかしてあげないの?」


「当然ですよぅ。そんな事やったら流石に怒られますって。礼沙お嬢ちゃんだって部屋に勝手に入られるの、嫌でしょー?」


「そうだけど……」


 床に散らばる服を踏み付けにしながら、私は部屋の奥へと進む。

 私達が今ここにいる理由――それは、証拠集めだ。

 千博を容疑者と呼ぶにはまだ証拠が足りな過ぎる。彼女が犯人であれば、部屋を漁れば必ず何かある筈と思い、やって来た次第だ。


「でもまずどこから始めようかしら……」


 一見した所、何か怪しい物は見当たらない。

 こんな散らかりようでは、証拠集めも苦心しそうである。


 私が部屋中に目を走らせていると、菜歩が机を指差して言った。


「あれ、見て」


 彼女に従って机を見てみれば、そこにはずらりと小さな額縁が並べられていた。

 その数、二十、いや、三十枚以上だろうか。


「うわ、いっぱいですねー。きゃあ、可愛いじゃないですかぁ」


 近寄って見てみれば、それは写真だった。

 写真に写るのは、笑顔の可愛らしい男の子だ。


「誰かしら、これ」


 見た事もない写真の少年に、私は思わず首を傾げた。

 写真は全て彼が写っており、赤ん坊、幼稚園、小学、それから中学入学の時までがある。

 どうして、こんな写真がこの部屋にあるのか。


「……もしかして、これって」


 何か気が付いたのだろうか、菜歩が声を上げたその時だった。

 ――閉じられていたドアが突然、ギィっと開かれたのは。


「あんた達、何してるんだい? 人の部屋の中を勝手に覗くなんて、趣味が悪いね」


 そして戸口に、腰に両手を当てて仁王立ちする、築城千博の姿があった。


 彼女を目にして、私の体は一瞬にして硬直してしまう。

 どうしよう。

 見つかってしまった。本当は内密に証拠集めをし、こっそり帰るつもりだったのに。

 何か言い訳はないか。何か言わなくては。


「あの、これはええと」


「あー、これはそのー、千博様のお部屋を掃除しようとしてましてー。無茶苦茶散らかしていらしゃったので、ですから、礼沙ちゃんと菜歩ちゃんにも手伝って貰ってたんでーす!」


 しどろもどろになる私に代わり、弁明に努めるみずき。

 だがその甲斐なく、千博は眉を寄せ、不審げにこちらを睨み付けて来るばかりだ。


 どうしようどうしようどうしよう。

 私の脳内で、高く高く死への警報が鳴り響く。

 もし彼女が犯人だったら――、殺されるかも知れない。


 しかし直後、胸中の不安は驚愕へと変わる事となる。

 太陽のような、この場に似合わぬ明るい笑みを浮かべて菜歩が立ち上がり、大胆にもこう問うたのだ。


「ごめんね、勝手に入っちゃって。でも丁度良かった、訊きたい事があったんだ。……あなたは、一連の事件の犯人なの?」


**********


 場が、しんと静まる。


 私は今、彼女が発した言葉に強く動揺していた。

 彼女は、千博へと問い掛けだのだ。

 あなたが犯人なのか、と。


 一体何をやっているのだ、菜歩という少女は。

 馬鹿なのではないか。

 犯人かも知れない人間へ、確証もないのにそんな事を言うなんて。

 ああ、もうお終いだ。

 そう思った。そう確信した。


 もし千博が殺人鬼なら、今すぐにでも私達三人をまとめて殺すだろう。

 そうでなくとも探偵団の存在は他人に知られ、結局は犯人に殺されてしまう事となる。

 ――最悪だ。まだ下手でも誤魔化していた方が良かった。最悪だ。殺される。殺される殺される殺される殺され――。


「――え」


 直後、部屋に響いた笑い声に、私は再び唖然となる。


「ふは、ははは、はははははははは」


 笑っている。なんと、築城千博が破顔し、腹を捩って大笑いしているのだ。


「ふっ、ふはは、はははははははははははは。ふぅ、ふぅ。……そんな事を疑ってたのかい。それで朝からあんた達の視線がおかしいと思った訳だ。質問に答えると、あたしゃ犯人じゃないよ」


 笑いながら、千博ははっきりと、自分が犯人である事を否定した。


「そっか。ありがとう」


 そして、あっさりとそれを受け入れてしまう菜歩。


「って、そっかじゃないでしょ!?」


 だが、我に返った私は、思わずそうツッコミを入れてしまっていた。

 だってそうだろう。


「その話を信じる証拠は? それに千博さんも千博さんですよ! どうして笑うんですか。私達、まあ、証拠集めとはいえ、こっそり部屋に忍び込んでた訳ですよ?」


 必死でそう問い掛ける私に、千博はなおも笑い続けながら答えた。


「ふっ。ふふ、くくく。そうだね。まず、笑ったのだけど、あれは疑われてた事に気付かずにのんびり過ごしてた自分がなんだか滑稽になったのさ。それで」


 そして彼女は机の奥に山積みにされた数冊のノートを取り出し、私へ手渡してくれた。


「証拠が欲しけりゃ、このノートを見るんだね。ま、偽装したと言われたらあたしゃ反論する根拠を持ってないけども、きっと役に立つよ」


 ノートを受け取った私は、驚きしかなかった。

 今まで自分勝手で付き合いづらいと思っていた千博がこんなにも親切にしてくれる事が、あまりに意外だったからだ。


「ありがとうございます、千博さん」


 彼女の言う通りならば、きっとこのノートの中に答えがある。

 ――もし本当に千博が犯人なのでないとしても、何か手がかりが掴める筈だ。


 それなら今すぐにでも、菜歩の部屋に戻って見てみなければ。


「千博さんありがとう。じゃ、菜歩達帰るね」


「千博様、大変失礼しましたー」


 そう言って菜歩とみずきは部屋を出る。私も後に続こうとし、ふと思い出して足を止めた。


「……もう一つだけ、お尋ねしてもよろしいですか?」


「この際さ。答えてやろうじゃないか」


「では、お言葉に甘えて。……その写真の男の子は、どなたなんですか?」


 そう問うた瞬間、今まで笑みを浮かべていた千博の表情が硬直する。

 これは何か、心の傷にでも触れてしまったのだろうか。


「二年前に亡くなった息子さ。自殺でね。死に様は、可哀想だったよ……。ささ、早く戻りな。後、あんまり大っぴらにやったら犯人に殺されちまうから、気を付けな」


 すぐに話題を逸らし、私をドアへ促した。


「はい」


 私は一礼すると、埃まみれの千博の部屋を今度こそ後にする。


 絶対に、一歩前進した――。そんな確信を抱きながら。


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