夜中、容疑者との面談
――深夜十一時。
私は静かに自室を抜け出して、菜歩の部屋をノックした。
「菜歩、起きて。行くわよ」
しばらくすると、パジャマ姿の眠たげな菜歩が出て来た。
「ふわぁ。じゃ、行こっか」
足音を忍ばせて、廊下を歩く。
向かうは、磯道みずきの寝室だ。
扉の前に立つと、私は大きく息を吸い、呼び掛けてみる。
「みずきさん、起きていらっしゃいますか。少しお話があるのですが」
しかし、返事がない。
まさか死んでいるのでは、と思い、一瞬肝を冷やす私。
でもその心配は無用だった。……中からいびきが聞こえるのである。
「寝てるだけね」
それから数度ノックを繰り返すと、やっとドアが開かれ、彼女は現れた。
普段のメイド服姿ではなく、薄汚れた寝巻きを着ており、髪を背中まで伸ばしている。
いつもの厚化粧を落とし今はすっぴんで、むしろその方が美人に見えた。
「……? 礼沙お嬢ちゃんと菜歩お嬢ちゃん? どうしたんですかー? もしかして、あたくしめを殺しに来たりー?」
半分冗談めかして言う彼女に、あくまで私は真剣に言った。
「こんばんは。こんな夜中にごめんなさい。少し、大事なお話があるので、部屋に入れて頂きたいんですが」
「大事なお話ですかー? でもでも、あたくしめ、部屋がちょっと散らかっちゃってるんでー。そうだ、お話なら、談話室でしましょーよ」
本当を言えば、談話室は誰かに聞かれる可能性が高く、嫌である。
しかし、みずきの部屋でも隣室の弘恵未亡人に声が届く可能性があったので、一緒と言えば一緒なのかも知れない。
そう思い、私は彼女の提案を受け入れると菜歩に目配せで伝えた。
「分かった。じゃあ、談話室にレッツゴー!」
「おー!」
夜中なのに騒がしい。こんなので、他の人が起きてしまったらどうするつもりなのか。
私はただ、苦笑する他にないのだった。
**********
真っ暗な談話室に明かりを灯すと、一面白い壁がキラキラと輝いて見えた。
「でー、あたくしめをここへ連れ出した目的って何ですかー?」
長い髪を揺らして小首を傾げ、みずきがそう問うた。
――現在、私と菜歩が西側、テーブルを挟んで東側のソファにみずきが座り向かい合っている。
これから行われるのは、彼女、磯道みずきへの尋問だ。
「私達は、この事件を解決すべく結成された、『粉雪城事件探偵団』よ。一つ、あなたに訊きたい事があるの。……みずきさん、あなた、犯人じゃない?」
私の突然の指摘に、みずきが目を剥く。
「えっ!? あたくしめがですかー? 冗談言わないで下さーい。動機がないですしー、あたくしめが犯人な訳、ないじゃないですかぁー」
あくまで、しらを切っているのか本当に知らないのか、全く読めない態度である。
てっきり、もっと狼狽えるかと思っていたので意外な反応だった。
「動機ならあるよ。みずきさん、動物殺すの好きなんだよね? じゃあ、人の死体って、見たいと思わない? 人を殺してみたいって、思ったんじゃないの?」
「そんな、馬鹿な事言わないで下さいよー。そりゃ他人よりは死体に慣れてるかも知れませんけども、あたくしめそんな事やってたのって遥か十年も前ですしー? ですからぁ、人の死体を見てみたいだなんて事、もう思いませんよー。あたくしめ、これでも二十歳のレディーなんですから」
全くレディーには見えないが、みずきからは嘘を吐いているような様子は見られない。
それでも、菜歩が引き下がる筈がなかった。
「じゃ、これを見て」
そう言って彼女が取り出したのは、昼間に収集した長い髪の毛三本だ。
「殺人現場に落ちてたの。長さはまあ、三本とも大体同じかな。これ、みずきさんの髪の毛だと思うんだけど」
粉雪色の机の上に、長い髪の毛三本が真っ直ぐ並べられる。
それをまじまじと見た後――、みずきはキッパリと、断言した。
「これはあたくしめの髪じゃありませんねー」
「どうして?」
「だって、あたくしめこんなに髪が長くないですもーん。ほら」
ぶちっ、と音がして、己の髪の毛を一本引き抜くみずき。
それをテーブルに置き、長さを比べてみた。
すると――。
「確かに。……十センチは、明らかな差があるわね」
私も頷かざるを得ない程、収集した髪の毛の方が明確に長かったのである。
「でも、髪の毛は別人のかもだし……」
反論しようとする菜歩を、私は制した。
「お尋ねしますが、みずきさん、あなたは犯行時刻と思われる昨日の夜明け前と今日の夜明け前、一体何をしていらっしゃいましたか?」
「そーんなの簡単な話ですよー。あたくしめ、ぐうぐう寝てたでーす!」
あまりに予想通りの返答だったので、私は笑いを堪えるのに必死になった。
――分かった事は、一つ。
磯道みずきは、この事件の犯人ではないという事実だった。
「外れ、か……」
それを知った私は、当然ながら落胆した。
砂漠の中、せっかくオアシスに辿り着けたと思ったのに、実は幻覚だったみたいな気分だ。
そして、もう一つ問題がある。
それは、探偵団の存在が、みずきに知れてしまった事。
もし口外され、知れ渡ってしまっては、一貫の終わりである。
「ごめんなさいみずきさん、疑いを掛けてしまって。私達、疑心暗鬼になっていたみたいです。……それを分かった上で、図々しいお願いなのですけど、この探偵団の事……」
しかし、続く筈だった私の言葉は、目を輝かせるみずきによって遮られた。
そして彼女は、驚くべき発言をして見せたのだ。
「お嬢ちゃん達。あたくしめもその探偵ごっこの仲間に入れて下さいよぅ」
私達、探偵団への加入申請。
それはあまりにも意外で、しかし『らしい』と言えば『らしい』言葉であった。
でも、そんな簡単に言われても困るというものだ。まず第一に、彼女を信頼できる筈も……。
「良いよ」
だが、菜歩はあっさりと肯定してしまった。
「ちょっ、菜歩!?」
「良いから良いから。みずきさん、これはごっこじゃなくて、『粉雪城事件探偵団』だよ。……知られてしまったからには仕方ない。元々疑っちゃった菜歩達が悪いんだし、仲間に入れてあげる。ただし、――他の人達には、絶対に離さない事。良い?」
そう、笑顔でウインクする菜歩。
テーブルに身を乗り出すみずきは大きく首を縦に振って、
「ありがとうございまーすっ! うわあ、探偵団かぁ。事件解決とかしたら、一躍有名人じゃないっすか! やりますやります!!」
と、大喜びである。
――本当に、この二人にはついて行けないな。
そう思い、私はまたもや吐息する。
「はぁ。二人とも、仕方ないんだから……」
**********
そうして、磯道みずきも仲間入りし、探偵団は明日の活動へ向けて一旦解散、みんな眠る事になった。
やかましいメンバーが増えてしまったが、悪くはないだろうと私は自分を納得させておくとする。
――明日こそは、犯人への糸口を見つけられるだろうか。
そんな事を考えながら、私の意識は眠りへと落ちた。




