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再びの死体

 ――嫌な夢を見て、私は目を覚ました。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 ベッドからパッと身を起こし、荒い息を吐く。

 はっきりとは覚えていないが、恐ろしい夢だった。パジャマは汗でぐっちょりと濡れており、心臓は早鐘を打っていた。


 恐らく、昨日の出来事が影響したのだろう。自分では割合平静でいたつもりだが、死体を見たのだ、心的ダメージは大きかったに違いない。


 深呼吸をし、少し落ち着いてから時計を見てみれば、時刻は朝六時を少し過ぎたぐらいである。


「まだ早いわね……」


 でも再び眠る気分にもなれず、私はそっとベッドから降りた。


「今日も吹雪ね」


 窓の外に目をやれば、今日も今日とて変わらぬ雪景色。

 吹雪はむしろ昨日より強まっているように思える。


「はぁ……」


 つまりはやはり、警察の助けは呼べない状況のままだという事。

 でも良いのだ、私がこの事件、解決してやるのだから。


 そのまましばらく部屋をうろうろしていたが、そのうちに腹が減って来た。


「相変わらず成長期ってヤツは……」


 呟き、私は昨日と同様ダイニングへ行く事に決めた。

 朝食の時間には早いだろうが、未だ胸中に渦巻き続ける不安を、少しでも和らげたかったからかも知れない。


 回廊に出て階段を降り、ダイニングへ行くと、昨日と変わらずキッチンで円佳が朝食の支度をしていた。


「あらぁ。おはよぅ。礼沙ぁ、今日は早いのねぇ」


「ええ。なんだか眠れなくって」


 そう言う私へ、円佳が笑顔でこう提案して来た。


「そうだわぁ。礼沙ぁ、ちょっと朝ご飯を作るの、手伝ってくれなぁい?」


 彼女の言葉に、私はすぐさま「うん」と頷いていた。

 一人で待っているのは退屈だし、何かやっている方が気が紛れるだろうと思ったからである。


 早速、調理開始。

 朝食のメニューはどうやらパンケーキらしい。


 まず、ボウルに小麦粉やら砂糖やらを入れてかき混ぜる。

 そして牛乳を注ぎ、卵を割るのだが――。


 やらかしてしまった。割った卵の黄身を床へボトっと落としてしまったのだ。

 しかし、


「ほらよっとぉ。危なかったわぁ」


 寸手のところで掌で卵を受け止めていた。

 円佳のその身のこなしは見事としか言いようがない。


「ありがとう円佳、ごめんなさい」


「いいのよぉ」と微笑むと、円佳は優しく色々と教えてくれた。


 卵の割り方、フライパンでのパンケーキの焼き方。

 失敗しつつも楽しんでいるうちに、気付けば胸のモヤモヤは晴れていた。


「できたー!」


 やっと焼き上がった頃にはもう七時。

 既に菜歩と築城千博、弘恵未亡人の三人がダイニングへ集まっていた。


「うわあ、美味しそう!」


「なかなかの出来じゃないか。凄いよ、円佳」


「礼沙ちゃん、手伝ってくれたのね、ありがとう」


 そんな事を言いながら、私も含めて各々が青白く輝く椅子へ座る。

 早速食べようとする私だが、円佳がそれを制した。


「ちょっと待ってぇ。輝実ちゃんと佐和子ちゃんとみずきがまだでしょぉ?」


 言われて私はハッとなる。

 そうだった。空腹のあまり忘れていたが、あいつらまだ寝ていたのか。


「じゃぁ、呼んで来るからぁ」


 そう残し、円佳がダイニングから消える。

 と、突然菜歩が物騒な事を言い出したから一同は一瞬凍り付く事となる。


「そして、また死体が出たりして」


 私の背筋に、ゾクっと悪寒が走った。


 弘恵未亡人は軽く震え、千博は嫌そうな目をこちらへ向けている。どうして私を見るのだろうか、やめて欲しい。


「そんな事言わないの! 馬鹿!」


「ごめんごめーん。冗談だってば、本気で怒らないでよね、もう」


 舌を出し、軽く謝る菜歩を叱り付け、私はきつく睨んだ。


 本当に馬鹿馬鹿しい。

 私の脳裏に、昨日の佐和子の声が蘇った。


『み、ミステリーだったら、こ、こういう事件は立て続けに、起こる、よ』


 被りを振って私がその考えを打ち消した瞬間、ただならぬ様子の円佳が駆け戻って来たので、私達はびっくりした。


「どうしたの、円佳?」


「大変なのぉ! 佐和子ちゃんが、起きて来ないのよぉ!!」


**********


 嫌な予感がして二階へ上がると、佐和子の部屋の前に輝実とみずきがいた。


「佐和子ちゃん、佐和子ちゃん、起きて下さい!」


「佐和子お嬢ちゃん、皆さん心配してらっしゃいますよー?」


 しかし、中からの返答はない。


 おかしい、と私はすぐに分かった。

 昨日は、萌を起こそうとして怒鳴っただけで、飛び上がって出て来た佐和子だ。自分が呼ばれていると知って、どうして出て来ないのか。


「みずきさん、ドアを開けて下さい!」


「それがですねー、鍵が掛かってるんですよー」


 鍵が掛かっている。

 その事実を聞いて、私は大きく首を傾げた。

 鍵が掛かっているのなら、殺されている筈はないのだ。

 ならばもしかすると、ただ単に眠りこけているだけと言う可能性も出て来る。


 その後数度呼び掛けたが、反応は一切なかった。


「どうします、弘恵様ー?」


 困惑するみずきに、弘恵未亡人は静かに命じた。


「ドアを蹴破りなさい」


 直後、みずきが足を振り上げ、ドアを破った。

 なんという怪力であろうか、女性とは思えぬ力で、ドアには大きな穴が空いた。


「入るわよぉ」


 そろり、そろりと部屋へと足を踏み入れる円佳。

 彼女に続いて、全員が中へ入る。

 ――そして私達は、見てしまったのだ。


 目玉が飛び出し、口から思い切り血を垂れ流した、五十嵐佐和子の無惨な遺体を。


 私はただただ、絶句するしかなかったのだった。


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