不知火さんは知ったかぶる
「そういえば、最近なろうにハマってるんだよね~。昨日も結構夜更かししちゃって……」
「……ああ……なろう、ね……あれ……面白いよね」
……またやってしまった……。
小さい頃からどうしても治せない悪癖、知ったかぶり。たった4文字「それなに?」と素直に尋ねればいいだけなのに、つい知っている振りをして話を合わせようとしてしまう。
そんなことも知らないのかと馬鹿にされたり距離を置かれたりするのが怖いっていうのもあるし、できるだけ波風立てず相手から好かれたいという浅はかな願望も原因だと思う。
元々口下手で人付き合いが苦手な私にも積極的に話しかけてくれる親切で優しい佐藤さんには、なおさら嫌われたくない。そんな相手にこそ、偽らず背伸びせず正直に接するべきだって、頭ではちゃんと分かっているつもりなんだけど……。
「あ、不知火さんもなろう好きなんだ!」
「ああ、うん、まあ、ぼちぼち、ね……」
何度繰り返せば気が済むんだ、私のバカ。どうにかして誤魔化さないと。
なろう、か……そもそも何の略なんだろう。頭文字だとしたら……うーん……奈良・ロープ・ウェイ……な訳はないな。ひょっとしたら英語の「narrow」だったりする?
いや、まずはとにかくジャンルを絞り込むべきだ。ハマって夜更かしするってことはドラマや漫画ってことかな。動画配信とかゲームの可能性もあるかも。
「不知火さんはどんなのが好きなの? 何かオススメとかある?」
澄んだ目を輝かせ無邪気な笑みを浮かべて私に質問する佐藤さん。くうっ、これは非常にまずい。まだなろうのなの字すら理解できてないのに。
「え、えっと……私もそんなに詳しくないんだよね……佐藤さんは、今どういうのにハマってるの?」
秘技・質問返し!
さすがに連発はできないけど、とりあえずこれで何か手掛かりを得られるはず。
「うーんとねえ、『自由気ままな無職のひとりごと』とか『ありふれた蜘蛛のスローライフ』とかかな」
タイトルから全然想像がつかないけど何となく映画とかゲームっぽい気もする。だとしたら『ナロー』って名前の制作会社なのかな。ここは無難に話を合わせよう。
「ああ、うん……あれ、良いよね、分かるよ」
「先が気になって止まらなくなるし」
「そうそう、そうなんだよね」
「気付いたら感情移入しちゃって」
「ぐっと気持ちが、その、惹きつけられる感じ」
「……不知火さん……ひょっとして……」
急に口をつぐみ、私をじっと見つめる佐藤さん。背中を冷たい汗がすっと伝う。相槌が適当すぎた? まさか知ったかぶりしてるのバレた!? このままじゃ佐藤さんに嫌われてしまう……どどどどうすれば!?
「なななななにかな? 佐藤さん?」
「……もしかして『のんびりデスマーチ生活』とかも好きなんじゃない?」
「……えっ!? ……ああ、うん、うん、すっごく好きだよ。よく分かったね」
「やっぱりそうなんだ! 私も大好き! 不知火さんと好みが似てて嬉しいな~」
ふうっ……焦った~。結果的に佐藤さんと距離が縮まったのは嬉しいけど、どうも心臓に悪すぎる。とにかくこの場は共感の精神「SO・RE・NA」だけで乗り切るしかない。あとでこっそりスマホで調べよう。
……そして、今度こそ、絶対に、知ったかぶりから卒業するんだ!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
いったん不知火さんと別れ、一人になって気持ちを落ち着けるために深呼吸する。
……はああああ。不知火さん、今日もめちゃくちゃ可愛かったなあ。あの全力でプルプルしながらアワアワしてる感じがもうたまんない。目が縦横無尽に泳ぎすぎてほとんど溺れかけてたし。
あの感じだと、なろうが何かも分かってなかったんだろうな。奈良・ロープ・ウェイの略だと思ってたりして……流石にそれはないか。でも頭をフル回転させて考えてるとこも尊かったなあ。
恐る恐る口にする無難で若干適当な相槌も密かに録音して永遠聴いてたくなるし、疑われてると勘違いしてテンパってるときの顔も、こっそり撮影してプリントアウトしたあと額縁に入れて飾りたくなるくらい大好き。
そのあとあれでなんとか誤魔化しきれたと思ってホッとしてる詰めの甘さも愛でポイントなんだよね。
何より、知ったかぶりをしてまで話を合わせようとしてくれる健気さが、ものすごくいい……私の中の庇護欲と嗜虐心と罪悪感が今日も三つ巴の死闘を繰り広げてたけど……でもやっぱり当分やめられそうにないなあ……。
……次は何を知ったかぶりしてくれるのかな。