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資金集め

 我が家には多少のたくわえがあるが、五千万ゴールドには届かない。

 最初に手掛けたのは、屋敷の美術品や家具、衣装やアクセサリーを売り払うことだった。

 兄の母の遺品を売ることは、私は反対だったけれど、兄は例外なく売ってしまうと言った。

 結果として生活に必要なある程度のものを残して、売れるものは売ってしまうことにした。

 物は、また買いなおすことができる。そう信じれば何も惜しくなかった。

「それで、どのくらいになりそうですか、お兄さま」

「そうだな。貯蓄とあわせて、なんとか一千万ちょっとくらいは都合できそうだ」

 玄関ホールに立ち、家具や美術品の無くなったがらんとした屋敷を見渡しながら、二人してため息をつく。

 まだ商会の方には手を付けていない。

 投資家に父のことを気づかれないようにしたほうがいいと、エドワルドに言われているのだ。

 父の船が難破したことが公になれば、投資家は期限を待たずに資金の回収に走るだろう。

 いずれわかってしまうことではあるが、少しだけ猶予が欲しい。

「ねえ、お兄さま」

「だめだ」

「まだ何も言っておりません」

「言わなくてもわかる」

 兄は、ムッとした顔で私を睨みつけた。

「おおかた、自分が娼館に行くとでも言うのだろう?」

 さすがに兄は鋭い。

「でも、他に方法がありません」

 私が娼館に行っても全額を返せるほどのお金にはならないだろうけれど、それでも一つの方法ではある。頭金はそれなりの額になるだろうし、給金がもらえれば、それも支払いに充てられる。

「心配せずともお前が身を売らなくても屋敷と領地、商会の特許などを売れば、五千万ゴールド位返せるさ。全部なくなっても、その後は、日々、暮らせばいいのだから」

「それは、そうですが」

 よくは知らないけれど、商会の持っている数々の商品特許は売れればかなりの額になるらしい。

 ただ、それを売ってしまえば、ラムル商会の未来はなくなってしまうだろうけれど。

「今にすがるより、最悪の状態での希望を探そう。生きてさえいれば、いつだって逆転できるさ」

 兄は不敵に笑う。どこまでも前向きだ。

「ロバートさま、ルシールさま、エドワルドさまがお見えです」 

 侍女のミーナに声をかけられたときには、すぐ後ろにエドワルドが立っていた。

 開け放たれた玄関ホールに立っていたのだから、仕方がない。

「これは、随分とすっきりとしてしまったな」

「お見苦しくて申し訳ございません」

「いや、こうさせてしまったのは、俺のせいでもあるから」

 エドワルドが首を振った。

「そんなことはない。金を請求するのは銀行として正しいことだ」

 兄はきっぱりと答える。

 債務を銀行が取り立てるのは当たり前のことだし、銀行が我が家の財産を取り押さえたとしても、それは仕事上のことで、エドワルドの責任ではない。

 彼はむしろ、私たちに猶予をくれた。心の準備をする時間をもらえて、私たちは、その時に備えることができる。

「すみません。こんなところで立ち話もなんですので、食堂にどうぞ」

「ああ」

 応接室のソファなども売り払ってしまったので、ゆっくりくつろげそうな場所は、食堂くらいしかない。

 もっともまだ、何もかも売り払ったわけではないので、生活に支障はなくて、まだまだ売れるものは残っていると言えば、残っている。

「今、お茶を入れますね」

 食堂の脇で、お茶を入れる。

 本来は侍女の役目かもしれないけれど、私はお茶を入れるのが得意だ。

 うちは父の代で急激に豊かになったとはいえ、それほど大貴族というわけではなく、使用人の数も少ない。

 もちろん、それでも、近いうちに希望退職を募ることになりそうだけれど。

 なんにせよ、貴族でなくなる可能性もあるのだから、何でもやれるようになるべきだ。

「お茶をどうぞ」

「ルシール」

 兄とエドワルドの前に置いて、立ち去ろうとすると兄に呼び止められた。

「エドワルドさまがお前に話があるそうだ」

「私にですか?」

 私はエドワルドに断りを入れて、兄の隣に腰かけた。 

「ルシールどの。実は君に頼みがある」

「なんでしょうか?」

 この前のお茶のことだろうか。資金繰りのことなら、兄にするはずだ。

「義姉のことなのだが」

「ライラさまですか?」

「ああ。実は母上のお茶を義姉さんも飲んでいて、君に相談したいことがあるらしい。その、こんな時だし、それなりの報酬は払うつもりだ」

「ご相談ですか? 私でお役に立ちましょうか?」

 エドワルドは、少し言いづらそうだ。

「義姉は最近、ふさぎ込んでいて、体調をそれで崩している。医者は特に悪いところはないと言っているのだが」

「ライラさまはご結婚されて、三年でしたよね」

「ああ」

 エドワルドの義姉のライラは、次期公爵のアーサーの妻で、夫婦仲も良いと評判だ。

 直接話をしたことはあまりないけれど、落ち着いた美人で、聡明な印象である。

「わかりました。いつお伺いすれば?」

「君が良ければ、いまからでも」

 私は兄の顔を見る。

「ああ、行ってきなさい」

「わかりました。では少し準備させてください」

 ふさぎ込むっていうからには、何か悩みがあるのだろう。

 鎮静効果のあるお茶を飲むっていうことは、かなり不眠で悩んでいるのかもしれない。

 私は薬の貯蔵庫に入って、保存している薬草を見回す。

 次期公爵夫人は、ストレスも多いと思う。薬などの処方は様子を聞かないことには出せないけれど、一般的な女性の悩みと言えば、冷えとかだろうか。

 私はいくつかのパターンを考えて、カバンにお茶や薬をつめた。

「それにしても、エドワルドさまは、甘いくらい優しいのね」

 今回の話は、どう考えてもエドワルドの優しさだ。

 お金に困っている私たちに、少しでもお金を都合しようとしてくれている。

 世間では冷徹な銀行の頭取と言われているが、実際には、甘すぎるくらいだ。

 それもこれも、父と兄と既知の間柄で、交流を深めていたからなのだろう。

 荷物をまとめると、私はエドワルドと共に同じ馬車に乗り込んだ。

 後から振りかえれば

 これが全ての始まりだった。



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