ドレス ~電子書籍発売記念ss
婚約発表の手前くらいです。
「あの、ライラさま、これはいったい」
「あら。今日はドレスを作ってもらうために、私が呼んだのよ」
部屋いっぱいに並べられたドレスはどれも煌びやかだ。
さすが公爵家。ブティックに行くのではなくて、ブティックの方がやってくるものらしい。いくらラムル家が羽振りがよかった時期があったといっても、ドレスはブティックに行って作るものだった。
「それでは、採寸を先にさせていただきます」
にこりと微笑んだのは、この国で一番人気のブティックのオーナー、マーサ夫人だ。
「そうね。お願いするわ。さあ、ルシール、しっかり測ってもらって?」
「え? 私ですか?」
てっきりライラのドレスだと思っていた私は面食らう。
「そうよ。本来なら、エドワルドから贈るものだとは思うのだけれど、いろいろ忙しいみたいで、時間が取れないみたいなの。だから私が見繕うことにしたっていうわけ」
ふふふっと、ライラは楽しそうに笑む。
言われてみれば、私のドレスのほとんどは今回のことで既に売り払ってしまっていて、まともなドレスは残っていない。思い出のものは買い戻そうと、兄はしてくれているみたいだけれど。
よく考えたら、エドワルドと婚約するとなれば、公爵家とつながることになる。恥ずかしい恰好をさせるわけにはいかないってことなのだろう。
「ご迷惑をおかけいたします」
「あらやだ、迷惑だなんて思っていないわ」
ライラは首を振る。
「私はドレスを見たりすること、大好きなの。だから今日はとても楽しみにしているのよ。頑張ってね」
「ええと、はい」
何を頑張るのかわからないまま、私は頷いた──そのあと、私は頑張るとライラの言葉の意味を身をもって理解した。
「このデザインより、さっきの方がよかったわ。でも色はこちらのほうが似合っているわね」
「あの……ライラさま、もう十分では?」
私は人生でこれ以上着たことがないというほど、試着を続けて息切れがしてきてしまった。むろん、エドワルドに恥をかかせてはいけないので、これは必要なことなのかもしれないけれど、ドレスって、着るだけでそれなりに体力を必要とすると思い知った。
「ルシールはどれが好きだった?」
「どれも素敵でした」
実際、どのドレスも素敵だった。
さすがこの国で一番人気のブティックであり、また、公爵家の格にあわせたドレスなので、華やかでありながら、品があるものばかりだ。
「ルシールは今までシンプルなドレスが多かったでしょう?」
「そう、ですかね?」
意識したことはなかったけれど、言われてみればそうかもしれない。もっとも好みもあるけれど、下手に目立ちたくなかったというほうが大きいかも。
うちは子爵家だ。経済的な余裕はあるほうで、装飾豊かなドレスを用意できない訳でもなかった。ただ、そうすれば成金だとたたかれることは目に見えている。
「とても似合っていたけれど、たまには違う感じのドレスもいいかなって思ったりしていたの」
ライラは楽しそうに微笑み、いくつかのドレスを指さして注文していく。少し枚数が多すぎな気がするけれど、きちんと選んでくれているのがよくわかる。そしてどれもセンスがいい。
「そ、そんなに?」
一着ではないことにあわあわしていると、ライラは唇にゆびをそっとあてる。
「これは必要経費よ。それにマーサ夫人はね、私の結婚式のドレスも作ってくれた人なの。とても素敵に作ってくれるから、楽しみにしていて」
ライラは侯爵家の出身。公爵家に嫁ぐにあたって、恥とならぬようにと、ファクセント侯爵はかなり頑張ったらしい。
ちなみに結婚式のドレスは高価なことが多いため、下級貴族の場合は、子や孫にリメイクしながら引き継いでいったりすることもある。そもそも少し前までは、婚礼以外の場面でも使えるようなデザインや色めが多かったほどだ。
最近は純白なドレスが流行り、上級貴族ほど一度きりのドレスという風潮になってきた。
「ライラさまのドレス、素敵だったのでしょうね」
ライラとアーサーの結婚式はかなり盛大なものだったと聞いている。
「そうね。今度、見せてあげる。あなたの結婚式の時の参考にしてもらうといいわ」
にこりとライラは微笑む。
「そ、それは……」
いくら婚約が決まったといっても、まだ結婚の日取りなどは決まっていない。結婚したらどこに住むのか。そもそもラムル商会はこれからどうなっていくのか、しっかり決まったわけではない。
「もちろんその時のドレスは、エドワルドと一緒に選ぶといいわ。今日のドレスはあくまでも、社交用よ。これからお茶会やら夜会やらで忙しくなると思うから」
「……そう、でしょうか?」
いくらハプセント公爵家の次男であるエドワルドと婚約したとはいえ、自分がそれほどお茶会や夜会に呼ばれるようになるとはあまり想像できない。
「これから先、あなたを不当に貶めていた噂はきっとあっという間になくなるわ。少なくとも私の目の届く範囲では許さないつもり」
「ライラさま?」
ライラはパチリとウインクする。
「もっとも私が何をするまでもなく、エドワルドが何とかするでしょうけれど」
「何とかする?」
「あなたは気にしなくて大丈夫」
ふふふと、ライラは笑う。
すごく気になる。気になる──けれど。
自分のことをとても大切に思ってくれる人たちがいてくれる。それは全然当たり前のことではない。だから私もその人たちを大切にしなくてはと思う。今は何が返せるかは、わからないけれど。
「ありがとうございます」
私は謝意の言葉をのべながら、幸せをかみしめていた。