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19/21

大団円

最終話です

 煌びやかな光の中、婚約が発表されると、意外にも祝福の声に包まれた。

 もちろん、本音とは限らないだろうけれど、周りの目は思ったよりも温かだった。

 こんなにも穏やかな気分で、夜会に出たことは初めてかもしれない。

 無論、隣にエドワルドがいてくれるおかげだと思う。

 当然、周囲の女性からは羨望と嫉妬の視線は感じている。

 エドワルドは、公爵家の次男で、仕事もやり手と評判だ。やや、とっつきにくさはあるけれど、端整な顔立ちだし、狙っていた令嬢は多かったに違いない。

 それを先日婚約破棄されたばかりの子爵令嬢がさらっていったのだから、恨まれても仕方ないことだと思う。

 ただ、いつの間にか私は『ライラ』のお気に入りらしいと広まっているらしく、そのこともあって面と向かって何か言ってくる強気の女性はいないみたいだ。

「エドワルドさま、ちょっと」

 喉が渇いたので二人で飲み物をもらっていると、ブロフォンがエドワルドに声をかけた。

 どうやら仕事の話のようだ。

「すまない。ルシール」

 エドワルドは心配そうに私を見る。

「お仕事ですか?」

「ああ。すぐ戻るからここにいて」

「わかりました」

 私は微笑んで、エドワルドを見送った。

 エドワルドの体温が離れていくのは心細いけれど、彼はとても忙しい人なのは最初から知っている。

 私は手に取ったグラスに口をつけた。

 甘い果実水がとても美味しい。

「ふーん。随分と良い身分のようだな」

 厭味ったらしい声にそちらを見ると、フィリップ・ダイナーが憎しみのこもった目で私を見ていた。

「銀行とグルになって、ひとをコケにして、さぞやいい気分だろうよ」

 私は沈黙をしたまま、淑女の礼をする。

「平民のくせに、どんな手管を使って、ハプセント家の令息をたらしこんだんだ?」

 かなり大きな声。

 わざと周囲に聞かせるように話している。

 今までもそうだった。周囲は、もともと私に良い感情を持っていないから、いつだって彼を支持する。

 息が苦しい。反論はすべきだ。自分はともかく、公爵家に傷をつけるようなことはダメだ。

 今のは、エドワルドに対する侮辱である。

「私は」

「見苦しいぞ、フィリップ君」

 私の後ろから、声がした。

「ザウサントさま」

「やあ、ルシールどの。今日の君は一段と美しい」

 甘い笑みを浮かべたザウサントが、大袈裟な仕草で私の手にキスを落とした。

 さすが、一連の仕草が優雅で、ちょっと胸がどきりとしてしまう。

「ダイナー家に招待状は届いてないだろう? どうして君がここにいるのかね?」

 ザウサントはにやりと口の端を上げる。

 言われてみれば、ハプセント家がわざわざ私の元婚約者の家に招待状を出したとは思えない。

「それは……」

「変わり身の早さは、ひとのことは言えないだろう? 君もリリア・ブライトンと婚約したと聞いている。リリアの口添えで来たおまけのくせに、公爵家の令息の嫁に難癖をつけるとはいい根性だな」

 ザウサントは楽しそうだ。

 リリア・ブライトンというのは、資産家の未亡人だ。ブライトン家は男爵家だ。だが美人のリリアは侯爵家に望まれて嫁いだものの、夫が死亡。その後は男爵家に戻ったものの、遺産の一部を引き継いで、起業。商売の手腕もさることながら、恋多き人生を送っているという噂のある人物である。

 確かザウサントととも噂のあったひとだ。敬称をつけずに彼女の名前を呼んでいるのは、明らかにわざとであろう。

「いくら元婚約者に未練があるといっても、今の婚約者をほったらかしにしてきていいのかね?」

「未練なんぞない! こいつはそもそも疫病神だ!」

 フィリップは私を睨みつける。

 その目がとても怖い。いけないと思いつつ、身体が震える。

「ほほう。彼女は、私の長年の頭痛を治してくれた()使()だ。まして、彼女は今後は公爵家の縁につながるものだ。その彼女を貶める『覚悟』があるというのかね?」

 つい、と、ザウサントが私を庇うように前に出てくれた。

「こいつは、俺を金で買ったんだ! 今回だってきっと」

「他人の金で生き続けているくせに、何の用だ」

 怒気を孕んだ低い声だ。不意にくいっと腰を引き寄せられる。

 エドワルドだった。

 その体温を感じて、体の震えがおさまっていく。

「確認しておくが、婚約破棄を願ったのは彼女ではなく、君の方だ。違約金に不満があったとしても、それはダイナー伯爵家がもともと決めたもの。自業自得でないのか?」

「それは」

「君は勘違いしている。彼女が俺に取り入ったわけではない。俺のほうが彼女を金で買ったのだ」

 エドワルドは口元だけ笑みを浮かべた。

「あの時、少しだけでもラムル家のために金を出していれば、彼女をつなぎ留められたのに。おかげで俺は堂々と彼女を手に入れられた。浅慮な君に俺は感謝している」

 エドワルドはフィリップに見せつけるかのように私の頬にキスをする。

「なっ」

 フィリップは悔しそうな顔で私たちを睨んだ。

 コホン、とザウサントが咳払いをした。

「忠告しておくがフィリップ君。彼女は近いうちに、優秀な薬師としてこの国でも指折りの有名人になろう。まして、ハプセント家の分家の嫁となる女性だ。君が何を言おうと、彼女への暴言は全て自分に跳ね返ってくる。その覚悟はできているかね?」

 ザウサントは呆れたように、フィリップを窘める。

「あと、リリアは嫉妬深い女だ。早々に彼女のそばに戻った方がいい。彼女に捨てられたら、ダイナー家は終わりだろう? 顔がいいだけでは、女は繋ぎ留められんよ」

「くっ、し、失礼します」

 フィリップは悔しそうな顔をしながらも頭を下げた。

 さすがに宰相相手に暴言を吐き続けられるほど、彼は強心臓ではない。

 おそらく今までと同じように、周囲がフィリップに味方すると思い込んでいたのだろう。

「ごめん。ルシール。大丈夫だったか?」

 エドワルドが心配そうに私を見る。

「大丈夫です。ザウサントさまに助けていただきましたから」

 私は言いながら、ザウサントに微笑む。

「ありがとうございました。ザウサントさま」

「いや。あのバカにも困ったものですな。おそらく自分が『あなたに愛されている』と信じ込んでいるのでしょう。顔しか能のない男のくせに。伯爵家は代替わりしたら、長くないかもですな」

 ザウサントの言葉に容赦はない。

「宰相閣下。助かりました。ありがとうございます」

 エドワルドも頭を下げた。

「いや。あなたのためではありませんよ? 私は私の天使を守ったまで」

 にやりとザウサントが口の端をあげる。

「ルシール嬢。エドワルドさまとうまくいかない時は、いつでも私の元へ来てください。なあに、心配はいりません。ハプセント家の倍額であなたを買い取るくらいの財力はありますから」

 嘘か本当か分からない笑みを浮かべ、ザウサントは私にウインクを投げた。

「ルシールは絶対に渡しません。彼女に色目を使うなら、あなたに二度と会わせませんからそのつもりで」

 エドワルドがムッとしたように言い返すと、ザウサントはぷっと噴き出した。

「いやいや。天使どのの薬が無くなると困りますから、そのようなことはしませんよ」

 ひらひらと手を動かしながらザウサントは笑う。

「あの。ザウサントさま」

 まだ不機嫌なエドワルドを横目で制して、私は軽く淑女の礼をする。

「本当にありがとうございました」

 意外と心の狭いエドワルドの腕がさらに私の身体を引き寄せるのが、なんだかくすぐったい。

「あまり、彼に笑いかけないで欲しい」

「エドワルドさまったら」

 彼のわかりやすい嫉妬も少しうれしい。

「あの方はからかっているだけですよ? それに私にはエドワルドさまだけですから」

 私は彼の耳に囁く。

「ルシール、君は」

 エドワルドの頬が赤色に染まる。

 周囲は私たちを見て見ぬふりをしている感じだ。それは、今まで私に向けられていた冷ややかなものとは違い、ずっと温かいもの。

「ルシール!」

 急に遠くから名を呼ばれ、振り返ると、髪をふりみだした兄がいた。

「お兄さま?」

「ルシール、大変だ!」

 兄はたくさん人がいるのも全く気付いていないかのように、私の元へ走ってきた。

「どうした、ロバート」

 エドワルドも驚きの顔で兄を見つめる。

「ルシール、落ち着け。商会の船が、今、港に入港したと連絡があった!」

「え?」

()()()()()。生きているぞ!」

 わぁーっという歓声が、周囲で巻き起こる。

 兄とエドワルドに抱きしめられながら、私は嬉しさのあまり泣き続けた。



「いやあ、嵐で漂流してねえ。船の修理に手間取って、帰国が大幅におくれてしまったよ」

 にこにこと笑う父は、ぼさぼさの頭を手で撫でつける。

 夜会の会場から、港の商会に駆け付けた私と兄とエドワルドは、思った以上に元気な父に会うことができた。

「そうか。いつの間にか、そんな話になっていたのだな」

 父は、私とエドワルドの婚約の話を聞いて、にこやかな笑みを浮かべた。

「良かったな、ルシール。エドワルドさまなら、安心してお前を嫁にやれる」

「お父さま」

「エドワルドさま、ハプセント家のみなさまには、多大なご迷惑をおかけいたしました。御恩は一生忘れません」

「マローニどの、いや、義父上。今後ともよろしくお願いいたします」

 エドワルドに『義父』と呼ばれた父は、どうにも照れ臭そうに笑った。

「ロバート、いろいろ迷惑をかけたが、ここから大勝負の時だ。公爵家の恩に報いるぞ」

「はい」

 父と兄は手を取り合い、今後の話を始めたのだった。



 半年後。

 父の命を懸けた貿易は成功し、ラムル家は、公爵家に出してもらった金額を倍額にして返金した。

 その後も順調に売り上げを伸ばし、特に『魔道湯沸かし器』は貴族の間でティブームが起こったおかげで大人気となった。

 忙しすぎる兄ではあるけれど、ハプセント家の『お気に入り』ということもあって、最近はかなりの女性がアプローチにきているらしい。本人がどう思っているかはよくわからないけれど。

 私とエドワルドの新居は、ラムル家とハプセント家の両方から真ん中ほどの位置に新しく建てられることになった。

 今日は、私の結婚式だ。

 我が事のように楽しみにしてくれていたライラは、懐妊のため大事をとって欠席となった。

 残念だけれど、本当に良かったと思う。

 禍福は糾える縄の如しというけれど。

 父が私の運命を変えようと出航したあの日から、目まぐるしく色々なものが変化した。

 何もかも失くしてしまうのではと思っていたあの日から救ってくれたのは、エドワルドだった。

「とても綺麗だ」

 私はエドワルドの手を取って、神の前に立つ。

 この人に会えてよかったと思う。

 これからも、たくさんのことがあるだろう。いい事だけでなく、悪いことも当然ある。

 でも、そんなことがあっても私はきっとこの人となら、乗り越えていける。

「それでは、誓いのキスを」

 神官に促され、エドワルドが私のベールをあげた。

 私は目を閉じて、優しいキスを受け入れる。

 祝福の鐘がいつまでも鳴り響いていた。



最後までお読みいただきましてありがとうございました。

婚約破棄ものですが、報復ものではなくて、大逆転の物語をめざしました。

大逆転のハッピーエンド、楽しんでいただけましたらとても嬉しいです。

誤字報告、読了などありがとうございました。とても励みになりました。

ご感想など頂けるととても嬉しいです。


2021/9/14 秋月忍


皆さまのご愛顧のおかげで、メイプルノベルズより電子書籍になります。(改題、改稿、加筆しております)

書籍タイトル 『婚約破棄された借金まみれの薬師令嬢ですが、公爵家次男に溺愛されるようです!』




挿絵(By みてみん)


こちら11/22より、ピッコマさまで先行販売となりますのでよろしくお願いいたします。

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[良い点] ・DV婚約者が極度に悲惨な目に遭うのではなく、しかしながらちゃんと言葉では断罪されて面目を潰したり、財産家の女に媚びなくてはならないラストがよかった。ただ人を殴ったやつは作中で一度殴られて…
[一言] ほんとに父様、行方不明?状態だったのですね。  グルとあったから主人公と結婚したいから父様に相談して皆がグルなのかなと思ってました
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