寝落ち推奨みんなのラジオ
翌日、俺と崖さんは就活準備をする為に紳士服店に行きスーツを買いに行く事になった。スーツなんてこの人生で袖を通してこなかったので試着室ではニヤニヤしながら自分の姿を眺めて案外リクルートスーツも悪くないと思った。崖さんはというと、わらちゃさんにアドバイスを貰いながらネクタイの色を吟味しており、
俺も崖さんもたっぷりと時間を使わせてもらいいい買い物が出来て大変満足した。
自分も崖さんもわらちゃさんにスーツ代を前借りする形にはなってしまったが出世払いだって事を忘れないでよと笑い飛ばしていた。
次に俺達が向かったのはドコモショップでスマートフォンを契約しに行ったのだった。勿論、契約名義はわらちゃさんでAndroidやiPhoneの違いなどを分かりやすく教えてくれた。そもそもボタンの無い電話があった事すら俺にとっては驚きだった。スマートフォンの言葉の意味すら今日の今日まで良く知らなかった。
崖さんはというとiPhoneのカラーがとてもお気に入りらしくめちゃくちゃ近くで見たり、遠目で見たり片目つぶって見たり一人忙しそうに色んな角度からお気に入りを見つけ出していた。
とりあえず、今日のやるべき事はひと段落着いたので3人で昼食を食べに行く事にした。軽トラに揺られながら普段通らない道を当てもなく走っているとオムライスののぼり旗が気持ちよさそうに風に揺られて泳いでいた。わらちゃさんの運転する軽トラもそこの店に吸い込まれるように入っていった。
店の中は大変な活気がありとてもお店の人達はとても忙しそうにしていた。
周りの客達はぐりとぐらに出てきそうな真っ黄色なオムレツに好みでケチャップをかけて大きなスプーンで頬張っていた。店内にはケチャップライスの匂いで満たされ席に着いた3人はお腹ぐぅぐぅ鳴らしてオーダー表を穴が開くくらい様々なオムライスに思いを巡らし選んでいると、やっとのことでご注文はお決まりでしょうかと若いバイトの女の子が注文を取りに来た。
えーっと、このデミグラスオムライスを…と顔を上げてその子を見た時に時間が止まるかと思った。
生き別れた妹にそっくりだったからだ。名札には平仮名でゆいかとだけ書いてあり妹の名前も同じだった。
僅かな時間だったが忘れていた過去の記憶が走馬灯の様に駆け巡り、一緒に公園でブランコに乗った事や駄菓子屋で俺の分は小さく妹には大きく分けたチョコを仲良く食べた事を思い出した。
彼女は妹なのだろうか。
妹は彼女なのだろうか。
おい、おーい!俺はハッとしたわらちゃさんと崖さんが心配そうにこちらを覗いていた。
おいどうしたんだよボケっとしちゃってお姉さん困ってるだろ?
あ、すいませんデミグラスオムライスでお願いします。
テンパり方が半端じゃなかったので周りを巻き込んでしまった。程なくして普通盛りのオムライスが3つテーブルを到着したがかなりの量があり大盛りにしたらとんでもない量になるなと思ったが、恐ろしい程に腹の減った俺達は誰1人残す事なくあっという間に食べ切り水を飲みながら余韻に浸り周りの人間観察を各々眺めていた。
ゆいかがとても気になったが声を掛ける勇気はなく後ろ髪を引かれる思いで退店する事にした。
食い過ぎで身体が重い帰宅路だったが家に着く頃には多少落ち着き睡魔が襲い始めていた。どうしようもなく眠かったので俺と崖さんは座布団を枕に縁側で爆睡した。
目が覚めた時は空はオレンジ色でひぐらしが鳴き蚊取り線香の白い線が空に向かって伸びていた。
崖さんはまだ寝息をたてて夢の中にいた。
わらちゃさんはというと台所でリズミカルに包丁で何かを刻んで調理しているようだった。鍋から上がる水蒸気に載ってカレーの匂いがする。途端に腹が減る俺はなんて燃費の悪い身体なのだろう。
俺はここに居ながら前に進まないといけないと思うがここでの暮らしは温かく居心地が良かった。
料理が出来る迄は何もする事が無かったので寝ぼけ眼でWi-Fiを繋いでこちらの世界に離れる前に親しみのあったYoutube、mixi、ニコニコ動画、Twitter4つのアプリだけインストールする事にしたがあまりの見易さに感動すら覚え実家に帰ってきた感じだった。
Twitterを読み耽っていると寝落ち推奨みんなのラジオspoonの広告が目に留まった。
大きな好奇心がその時芽生え即座に俺はインストールして寝落ち推奨みんなのラジオとはどんな物なんだろう。
ホーム画面のアイコンをタップするとspoonのタイトルロゴが並び色んなアカウントが出てきたので俺は適当にリップスという口紅のアイコンを押してみた。
そうめんいらっしゃい、こうにいいらっしゃい、えっと初見の人いらっしゃい。
入退室が向こうに表示されているらしく様々なアカウントの名前が読み上げられていき、彼女は話を始めたのだがなんと社会の授業を配信していた。
無料でオンライン授業受けられるって凄いと感心しつつ話が分かりやすいので世界情勢に疎い俺は聞き耳を立ててカレーの匂いを嗅いでいた。本物の学校の先生の彼女の話は噛み砕いて説明してくれるのでSDGs (持続可能な開発目標)、EUの話にアフリカ州の話など俺が外の世界と閉ざされた間に進んでいた時間を取り返せてる気がした。
フェアトレードの話の後めちゃくちゃチョコが食べたくなったのだった。
俺の脳内でヨーロッパやアフリカを旅している間にわらちゃさんのカレーが出来上がり、崖さんもムクムクっと目覚め起き上がり3人で食卓を囲んだ。料理上手なわらちゃさんは何を作っても美味しく幸福を感じながら今日も3人は完食するのだった。