第九話 調査完了 絶対にバレてはいけない毒魔法
調査員の女――ジョジョゼが倒れていた。
同僚の男――ザールが屈んで顔を近づけている。
ジョジョゼは白目を剥いて痙攣していた。
クハルナーたちはオロオロとうろたえている。
「どうした? 一体なにがあったんだ?」
「わからない。……突然、倒れたんだ」クハルナーが応える。「ええと、いままでと同じように口に含んで成分を調べていたんだけど……」
「彼女はなにを調べていたんだ?」
「これだよ――モンスターの死体だ。もう半分くらいダンジョンに溶かされていたんだけれど、彼女は死因が気になるとかいって……」
「……」
俺の背筋を冷たいものが流れた。
「目立った外傷がなかったみたいなんだ。それなのに、こんな凶悪なモンスターが倒されていた。……ヨハン? これはキミがやった奴じゃないか?」
「……いや、俺じゃない」
「そうか。なら、キミのパーティーの誰かということか」
クハルナーはうなずく。
俺はザールの方を向いた。
「回復魔法は効かないのか? ここにはさいわい僧侶がいるし――」
「もう試したよ」僧侶のダクマリーが首を振る。「でも、効かなかった。なんでかはわからないけど。……初めてだよ、こんなこと」
「そう心配するな。じきに目を覚ます」
ザールはその言葉どおり、べつに心配している様子はなかった。
「コイツはなんでもかんでも口にするが、本当に体内に入れていたら命がいくつあっても足りないだろ。コイツは特有の術によって守られている。……だがまあ、今回のようにあまりに毒性の強いものに当たると、こうやってしばらく使い物にならなくなる。だから、大丈夫だ。迷惑をかけるが、しばらく待っていてやってくれ」
「それなら、いいけれど……」
なおも心配そうであるが、クハルナーはそう言ってうなずいた。
「……」
俺は内心焦っていた。
……どうしよう? ……どうする?
ジョジョゼが無事でよかった。それはなにより。
だけど、マズくもある……。彼女はこの毒について、なにか気がつくだろうか?
狩人職も毒草を調合して戦闘に使う――おそらく彼女の経験からいって、それらの毒に関する知識も得ているだろう。
彼女が気づくだろうか。今回の毒が、そのどれとも違うということに……。
直後、予兆もなくジョジョゼがパッと目を開けた。
「大丈夫か?」
「ええ、大丈夫――どれくらい寝てた?」
「ほんの五分くらいだ」
「……五分も? 相当強い毒だったのね」
「どうした? おまえにしちゃあ、ずいぶんと曖昧な言い方だな。なんの毒かわからなかったのか?」
「……うん、不思議な感じだった。どの成分にも心当たりがない」彼女は俺やクハルナーたちの顔を見回す。「これは誰がやったの? 一体、どんな毒を?」
「……」
クハルナーたちは首を横にふる。俺ももちろん首を振った。
「おいおい、今回の調査にそれが重要なのか? モンスターを誰がどうやって倒したのかなんて、今回の件に関してはどうでもいいことだろ。興味本位で味見して、寿命を縮める気か?」
そうザールがたしなめると、ジョジョゼは唇をすぼめてみせた。
「わかってるわ、ちょっと気になっただけよ。――安心して? 必要なことは全部わかったから。ほら、あそこ――強い力で故意に破壊された地形部分は、ダンジョン内でも吸収が遅くなるの――だから、崩された橋の部分はまだ残っていた。わずかに付着した鋼の成分も味見した――」
「……」
「長年使っていた刃物は、切ってきたものによって特有の味になる。私ならそれが識別可能よ。残念ながら、人間を切ったくらいでは鋼は一抹の粉ほども欠けない。だから、そっちとの照合はできないけど、まあ犯人は同じ――大剣を持った戦士の仕業だと考えていいわね。魔法も使わず橋を落とせる得物は限られているし。あなたたちが告発したとおり、あのパーティーが橋を落としたというシナリオで間違いないようね」
「……!」
クハルナーたちは顔を見合わせる。その顔に歓喜が浮かんだ。
俺たちはそれが事実だと当然知っているけれど、それを調査員も認めたのだ。これには大きな意味がある。
「あとは確認のために、連中の武器を味見させてもらおうかな。それで仕上げよ」ジョジョゼは俺たちを出口に促す。「ここでの調査はおしまい。戻りましょう」
俺たちはダンジョンの外へと出た。
クハルナーたちは仲間の遺体を馬車に運び込む。俺も手伝った。
調査員の二人はそれぞれの馬にまたがる。
そのときだった。
「あッ――」
俺は叫ぼうとした。
でも、遅かった。
火のついた矢がジョジョゼの乗る馬――その体へぶら下げられた荷へ刺さる。
その瞬間、大爆発が起きた――。