第八話 調査 ジョジョゼの驚きの能力
翌朝。
俺とクハルナーたちは冒険者ギルドで調査員と落ち合うことになった。
ギルドに入ると、奥のテーブルで茶をすすっている見慣れない二人組の姿があった。ほかの冒険者たちからは警戒されているらしい。周囲とは妙な距離があった。
俺たちが近づくと、ギルドの職員がやってきて紹介してくれた。
「彼女がジョジョゼ。彼がザール。二人が今回の調査を担当する」
「よろしく頼む」
「……ああ」
「……」
二人とも無愛想で、クハルナーの差し出した手は無視される。
「ヨハンも彼らの調査に協力してくれるか? ……その、ルトヴィヒのパーティーの元一員として」
「ああ、喜んで協力するよ」
「……話は聞いたよ。災難だったな、ヨハン」
「……ああ」
職員の彼が俺の肩を叩く。
「昨夜の告発を受けて、一旦ルトヴィヒたちの身柄は拘束した。あっちにはいま俺の部下が行っている。かるく報告は受けたが、まあ……向こうの言い分とはずいぶんと食い違うようだ」
「だろうな」
「調査結果が出るまでは俺は中立的な立場だ。だが、おまえの働きぶりはよく知っている。なにか困ったことがあったら言ってくれ。できることなら力を貸そう」
「ありがとう。じゃあ、また」
そして俺たちはギルドを出た。
○
「ここだ」
現場に到着――。
ダンジョン近くの森は静かなもので、昨日から変わった様子はなかった。
僧侶ダクマリーの張った結界は破られておらず、六人の遺体はそのままだ。
「まず、そこの入り口に……」
「いえ、結構」
俺が説明しようとすると、調査員の女――ジョジョゼがすぐにさえぎってきた。
彼女は遺体の靴をそれぞれ眺めたあと、入口付近の地面に視線を戻す。
「サポーター二人は外で待機させていたのね――新発見のダンジョンだから慎重になったと――賢明な判断――と言いたいところだけど、後ろから襲われたのね。得物は大剣か――襲ったのは戦士職。とても素人には触れない大きさだわ」
「……」
口早にひとりごちるジョジョゼ。
彼女はさらに続ける。
「そいつはそのあと一旦ここを離れた――あっちね」
「……」
ジョジョゼは歩き出し、俺たちもついていく。
俺は調査員の男――ザールだったか――の隣を歩いた。
「彼女が調査をするのか? きみは?」
「俺はただの護衛だ。彼女が調べるのを邪魔する奴がいたら、ぶった斬るだけの」
「……そうか」
俺は肩をすくめて会話をやめる。
とっつきにくいタイプだ、と思った。
○
「ここで仲間と合流したみたい――向こうは四人」
「……」
「つぎはこの四人の痕跡を辿ってみましょう――向こうね」
またジョジョゼは歩き出す。
彼女は昨日の俺たちの足取りを正確にトレースしていた。観察も早く、迷いもない。ここまでの追跡術は狩人でもなかなか持っていないだろう。
彼女が足を止める。
そこは俺たちが夜を明かした場所だった。焚き火の跡がまだ残っている。
「……!」
突然のことだった――。
ジョジョゼは地面に落ちた一本の骨を拾い上げ、長い舌でべろりと舐めたのだ。
「ああ……コイツの唾液の味は覚えたわ。サンプルがあれば、いつでも照合できる」
「……」
「……うん? こっちにはおしろいの粉が落ちているわね――化粧をしたときは、ほんのわずかだけど皮膚の表面が剥がれて落ちる――うん、これも味は覚えたわ」
「……」
言葉が出ない。
おしろいの粉なんて、目で見てわかるほどの量が落ちているわけもない。……それに皮膚の表面が混ざってるって?
笑えてくるくらいの特技だった。そんなものの味を覚えられるなんて。
「こっちには長い髪の毛が落ちているわね――もぐもぐ――栄養状態は良好みたい。よし、味は覚えたわ」
「……」
当然かのようにあらゆるものに口をつけていくジョジョゼ。
クハルナーたちも顔をしかめながらその様子を見守っていた。
「四人目は――ああ、あなたね」
「……そうだ」
彼女は足跡から俺を言い当てた。
いまさら驚かないが、やっぱりすごい。とくに珍しいブーツでもないだろうに……。
「先に話したほうがよかったか?」
「いいえ、問題ないわ。まずは先入観なしで見たいから」
「……」
「痕跡は嘘をつかない。調査に必要なものはぜんぶ地面に残っている」
俺たち一行はまたダンジョンの入口に戻った。
サポーター以外、冒険者四人の遺体を今度は調べる。
「二人は大剣で切られているわね。サポーターを切ったのと同じ奴か。一人を後ろから切って、もう一人には振り向かれた。ナイフを抜かれている――皮膚をかすめたわね。血が付着している――うん、味は覚えた」
「……」
「あとの二人は、まず矢を射られたのね。いい腕だわ。ほとんど同時に片目を潰されたみたい。そのあと接近して首を掻っ切った、と――これが致命傷になっているのにかかわらず、さらに大剣使いが頭部に剣を振り下ろしている。……矢による傷を隠そうとしたのね。あくまで刃物でやられたことにしたいと。巨大な刃物を使うモンスター……ミノタウロスの仕業にでもしたかったのかしら?」
「……」
彼女の推理は当たっているように思えた。
あのとき、この四人はミノタウロスと戦っていたのだろう。それを見ていたルトヴィヒたちが背後から襲いかかり、その死を偽装した……。
「これくらいかしらね。あとは中を調べましょう。……あなたたちもついてきてくれる? 現場が新発見のダンジョンなんて、護衛がザール一人だけでは心細いわ」
「……」
「……あ、それは大丈夫だと思う。ヨハンくんがダンジョンのボスを倒してくれたから」
「え!」
クハルナーの言ったことに、ジョジョゼは目を丸くして俺を見た。
「ホントなの? あらまあ、見かけによらず強いのね」
「……」
「よかった。それなら落ち着いて調べられそうね。……あなたたちも行く? ここで待っててもいいけれど」
「ボクたちも行くよ。結果が気になるからね」クハルナーがうなずく。
俺だけはやんわりと首を振った。
「俺は最深部に向かうよ。まだ宝を回収してなかったからな」
「へえ、景気がいい話ね。町に戻ったら一杯奢ってくれない?」
「それって賄賂にはならないのか?」
「私に賄賂を贈りたくなるようなことをしたの?」
「……いいや」
「だったら大丈夫。それに、たった一杯で私が買えるとでも?」
「……」
最初の印象とは違って、ジョジョゼは意外とチャーミングなひとらしい。
彼女たちと別れ、俺は一人でダンジョンの奥へ向かった。
○
階段を下り、さらに下へ。
行き止まりにぶつかったりしながらも、より怪しい方へと進んだ。
「……あった」
広くなった場所の壁際に宝箱が出現していた。
――これはダンジョンが用意した餌だと考えられている。
ダンジョン自体に意志でもあるというのか、とにかくダンジョンが生成されると同時に宝箱も出現し、これを目当てにした人間を中へと誘い込む。
内部には危険なモンスターが巣くっているのは、みんな承知している。それでも奥を目指したくなるほど、ダンジョンの宝とは貴重なものなのだ。
「さて、なにが出る? ああ……」
今回のお宝はハズレ――っていうわけではないけど、俺としてはそこまで欲しいものじゃなかった。入っていたのは、いわゆる金銀財宝。豪華絢爛な装飾品の数々だった。
換金すれば途方もない金額になるだろう。それはもちろん助かるけれど、今回のような高難度のダンジョンにしては少し物足りなくもあった。
俺は収納袋に宝箱の中身を移す。
――自分でもマジックボックスを持っていて助かった。
これはとても貴重なもので、冒険者とはいえ軽々と入手できるものじゃない。だけど、昔ある露店でたまたま売りに出されているのを見つけたのだ。そのとき持っていたお金は全部なくなったけど、とてもいい買い物だったといえる。それから仲間であるルトヴィヒたちにも見せず、肌身離さず隠し持ってきた――。
宝の回収を終え、俺は通路を引き返す。
「……?」
途中、なにやら只事じゃないような声が聞こえてきた。
――クハルナーたちだ。
なにかあったのか?
俺は急いで声の方に走った。