第五十八話 圧倒的強者 役者はそろい――
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――予想外の強さだった。
六組の冒険者たちは全員が度肝を抜かれていた。
連中の強さは彼らの想像を遥かに超えていた。
確かにB級といっても、その中で幅はあるだろう。しかし、武力だけでいえば連中はB級冒険者の中でトップ中のトップだった。
アルトガー一行はまっすぐに広場へと向かってきた。
その道程に仕掛けたトラップも発動こそしたが、すべて防がれた。
すぐに広場が戦場と化した。
追跡のために街道にいた面々も帰還が間に合った。戦闘が始まってすぐ、彼らも参戦した。
六組の冒険者パーティー。B級が二組、C級が四組。総勢三十一名の冒険者。
これだけ揃えば、どんな相手でも余裕なはずだった。一国の大隊ともやり合えるほどの武力だった。
しかし、アルトガーたちの武力は鋭く研ぎ澄まされていた。それぞれが無言のうちに完璧な連携をとりあっていた。あっという間に距離を詰め、一人一殺――いや、命を奪えまではしなくとも、たった数十秒間の攻防で大きなダメージを与える。やられた方は、単独での復帰は不可能なまでの傷を負う。結果、僧侶が駆けつけるまでの時間動けなくなる。
アルトガー、ディクラス、イェルマー。三人のすぐれた戦士。それぞれが一人を片付けたと思ったら、すぐにつぎへ向かう。各個撃破。ほとんど同時にまた二人目が散った。
彼ら戦士もだが、なにより術師のモデストレが並外れていた。あらゆる術に精通する彼が、一人で遠距離戦を担っていた。複数の魔法使いや狩人からの攻撃を防ぎ、また同時に僧侶の動きをも妨害する。しかも、自分に向かってくる攻撃だけでなく、仲間へのものも防ぐ。離れた位置への防壁魔法は不可能なため、攻撃に攻撃を当てて防ぐ。ピンポイントで。数多の使い魔――コウモリもどきを手足のように操り、戦場を支配していた。
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万能術師のモデストレ――操る使い魔は、さきほど偵察で飛ばしたものとはちがう。同じコウモリもどきとはいえ、性能は細かく調整して変えることができる。いま使役しているそれは、こうやって姿を晒しての戦闘に適したバージョンだった。飛行速度が速く、牙は凶暴。反面、生まれたての子犬のようにもろい体をしていたが、それは問題にならない。どうせ使い捨てだし、質は量でカバーする。モデストレは使い魔をまるで大軍が放つ矢のように飛ばし、一人で多勢を相手にしていた――。
戦士ディクラス――彼は異常なまでの防御力を誇っていた。正面からの攻撃はすべて寄生鎧が防ぎ、ただちに反撃に出る。体から伸びた刃は、いともたやすく家屋を切断した。建物は次々と崩れ去り、戦う冒険者たちの隠れる場所が減っていく。前衛の戦士が気を引いているうちに、後ろから魔法使いが狙った。意識外からの攻撃は命中する。しかし、寄生鎧がすぐに宿主の肉体の修復にかかった。修復しているあいだは多少攻撃の手がゆるむが、それだけだ。冒険者たちは畳み掛けようとしても、頑強な鎧を突破できない。このディクラスを攻め落とすのは不可能だった――。
戦士イェルマー――彼は周りが目で追うことも困難なほどの移動速度だった。素手での戦いを徹底的に磨き続けた男の戦い方。重い武器を持たないゆえ、余計にその速さに拍車がかかる。うろこ状にいくつも刃がついた手甲は、防具というより、攻撃に特化した装備といえた。冒険者たちの繰り出す波状攻撃をすべてかわしきり、ふところに飛び込む。ふった腕は斬撃そのものだった。相手の鎧を切り裂き、肉に至る。仲間を助けようと狩人の放った矢を、その目で見てから反応してかわした。唖然とする狩人をよそ目に、すでにイェルマーはべつの獲物へと向かっている――。
そして、戦士アルトガー――彼は決して他者に好かれるような性格はしていない。しかし、リーダーとして三人の仲間をまとめていた。それぞれがものすごい力を擁した三人の冒険者を、だ。秘訣なんてものはない。ひとえに武力の高さによるものだ。三人束になっても逆らえないほどの力をもってして、このパーティーのリーダーに君臨していた。リーダーというより、ボスと呼んだ方が近い。彼が両手でふる二本の曲刀は、それぞれがべつの生き物のようだった。モンスターが操る触手のごとく、変幻自在に軌道を変化させられる。戦う相手が、当たる――と思った攻撃も剣先で受け流し、防いだ――と思った攻撃も相手のどこかしらを切り裂いた。受けた相手は、いつもらった攻撃かもわからず、ただいつのまにかダメージがかさんでいくことに戦慄した。
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戦いを見守るギルド調査官のジョジョぜは、泣き叫びそうになるのを必死にこらえていた。
――こんな悪党どもが、なんでここまで強いの?
真面目に訓練と実績を積んできた冒険者たちがここまで歯が立たないなんて……。
こんなクソどもにここまでの力を与えたのは一体誰? こんなのって、ないわ! 裁きを与えられるはずのこいつらがここまで抵抗し、なんなら跳ね返そうとしている。
この世に神はいないの? こんな悪党がこのまま生き延びるなんて――。
絶望しながらもジョジョゼは祈った。誰でもいい――誰か、こいつらをとめて、と。
そのときだった。
彼女の視界の隅になにかが降ってきた――。
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目を閉じたつもりはない。
だけど、一瞬で目の前の景色は変わっていた。
飛ばされた先はポルダの町の広場だった。ルトヴィヒの処刑が実行された、あの――。
すでに戦いは始まっていた。
……いや、始まっていたどころか、終わりかけていた。
まだ立っている者は足を止め、息を整えている。それ以外の者は這いつくばり、なんとか立ち上がろうともがいていた。
魔女の話とは違い、とっくにアルトガーは町に戻っていたようだ。そこで思い出す――悪魔のアンドラスの城、あそこと現世では時間の流れが違うといっていた。地獄で過ごしたわずかな時間が、こちらでは数時間に匹敵するらしい。
「これは一体……」
傷ついた多くの冒険者たち。それだけじゃない――微動だにしない、一見して死体とわかる市民が大量に横たわっていた。
ここは戦場かと見紛う。いや、違うはずだ――多くの人がくつろぐ、平和な広場だったはずなのに――。
「ヨハンくん……!」
声がして俺はふりかえった。
そこには俺のパーティーの女戦士――中性的で凛々しい顔のクハルナーが立っていた。
「クハルナー、みんな……!」
「よかった! 無事だったんだな!」
クハルナーも顔をほころばせる。
彼女だけじゃない――ラウレオ、イーザシャ、ダクマリーも――異端審問官の罠にかかってずっと眠ったままだった四人が、ようやく目を覚ましていた。
なにがきっかけになったのかはわからない。でも、あの魔女の顔がよぎった。あいつにならできるだろう。悪魔の術さえ短時間で解読できたあいつになら。
「……ヨハン!」
俺の顔を見て狩人のラウレオが駆け出そうとしてくる。
それを赤いマントから伸びる腕が止めた。
悪魔払い師のリアマンタだ。弟子のゼッピアもいた。
森にいたはずのみんなが、なぜかここにいる。ゼッピアの術を使っても移動しきれる距離とは思えない。これも魔女の仕業だと俺は理解した。どんな思惑があってかはわからないけれど、彼女たちも俺と同じように町へ飛ばしてくれたようだ。
「……誰?」
怪訝そうな表情でリアマンタの顔を見上げるラウレオ。
彼女が俺の方へ近づくのを止めた意味――。
俺はリアマンタに視線で謝意を示した。
そうだ――ラウレオたちを巻き込むわけにはいかない。当然、俺の出現にアルトガーたちも気づいていた。
「よう。また会えたな。そっちから来てくれて助かるよ」
アルトガーは返り血のついた顔で微笑んだ。
俺は自分を落ち着けるために一度深呼吸をした。
「まさか……まさかとは思うが……これはおまえたちがやったのか?」
「このゴミどものことか? ――ああ、そうだ。ちなみに、ここだけじゃないぜ? この町ぜんぶがこんな有り様だ。生きてる奴はいない」
アルトガーは愉快そうに笑った。
「こう見えて神経質なんでな。全員殺すって決めたら、一人でも残すのは嫌なんだ。我慢ならない。だから、隅々までやってやった」
俺は自分の顔が歪むのを自覚した。
「なんで……どうしてだ?」
「俺の弟の死を見たからだ。そのくせ、誰も手を差し伸べようとはしなかった。それ以上の罪があるか? 俺は知らない。想像もできないくらいだ」
アルトガーは力なく首をふりながら言った。
大げさに言っているわけでも、俺を挑発しようとしているわけでもなさそうだった。
こいつはただ正直に理由を話している……。本気で、そう思って……。
どうしようもない奴だった。話が通じない。どれだけ言葉を交わしてもわかりあえそうになかった。
「ヨハン、そいつらを倒して! お願い!」
声がした方を見ると、叫んだのは調査官のジョジョゼだった。
彼女は無事だったらしい。しかし、そばに相棒であるザールの姿は見当たらない。彼はどうなった? ――いや、いまは考えているときではなかった。
「だとよ? ずいぶんと信頼されてるんだな?」
アルトガーは仲間たちの方をふりかえってヘラヘラと笑った。
「……そいつらを倒して、だと? おまえ一人でか? おまえは神かなにかか? 俺たちは舐められてるのかな? ここまでの戦いを実際に目にして、なおもそんな期待をできるなんてな」
「いや、そのヨハンは妙な術を使う。油断しない方がいいぜ?」
一度俺にやられた寄生鎧の男がいった。彼は俺の使うのが毒魔法だとは知らないだろうが、どんな性質のものかはおぼろげに理解しているだろう。つぎはそう簡単に接近してくるとは思えない。
「いや、一人じゃない。そっちの赤いマントの女もいるぜ。さっきの借りを返したい。おまえらもまとめてかかってこいよ」
手甲をはめた戦士がリアマンタたちを手招きした。
彼は確かリアマンタに一撃でふっ飛ばされていた。あれは綺麗に決まったが、また同じような展開になるとは限らない。
リアマンタは挑発にはのらず、俺の方を見た。手には手帳のようなものを持っていた。それを広げ、彼女は開いたページを一瞥する。
「リストからアンドラスの名が消えた――やつは確かに消滅したらしい。ヨハン、きみがやったのか?」
「……ああ」
「なら、私たちの加勢は無用だな。きみ一人で充分のようだ」
リアマンタはそういってうなずいた。
アルトガーのこめかみに青筋がはしる。
「なんだか知らねぇが、舐められてるのは確かなようだ――もういい。はじめるぞ」
大盤振る舞いだ、そういってアルトガーは腰にぶら下げたバッグに手を入れた。黒い液体の入ったガラス容器を抜き取る。一気に十本。それを地面に叩きつけた。
割れた容器から黒いスライムが這い出て、アルトガーの姿になった。さらにアルトガー本体が収納袋――マジックボックスを大きく振る。飛び出してきたのは二十本もの曲刀。それぞれの分身がキャッチし、流れるように同じ構えをとった。
街道での戦いのとき、遠くで一瞬目にした。本体の動きをそのまま再現できるらしい。その連携も見事なものだった。たった一体でコージータ――異端審問官を手玉にとるほどだったのだから。
それが十体も。俺を買ってくれているわけではないだろう。圧倒的にすり潰す気のようだった。
「やれやれ……そこまでの相手かね? 俺らの出番はないようだなぁ」
手甲の男がつぶやくと、
「いや。俺たちも行くぞ」
寄生鎧の男が応えた。
「は? マジか」
「奴の術は得体が知れない。確実に仕留める」
寄生鎧の男が本気でいっていると伝わったらしく、「はいはいっと」手甲の男もかまえた。
俺は内心溜息をついた。こっちとしては侮ってくれた方が助かるんだけど。
――いや、そうでもないか。アルトガーを退けてしまうと、ほかの三人は即座に警戒することになる。撤退を選択してしまうかもしれない。バラバラに逃げられたら、俺一人では追えない。そうなるよりは、全員が一斉に向かってきてくれる方が都合がいい。
アルトガーたちが俺と対峙しているあいだに冒険者パーティーの僧侶たちも動いていたようだ。負傷者の最低限の回復を済ませ、いまは全員が身体を起こしていた。
もちろん、アルトガーたちもそれは承知していた。しかし、問題とは思っていないようだ。また起き上がったところですぐに倒せる自信があると。もはや彼らのことを敵とみなしていない。
戦った冒険者たちも充分に実力の差を思い知らされていた。だから、もう一度立ち向かっていくことができない。ただ黙って俺のことを見守っていた。
みんなの視線が俺に向けられていた。
こんな衆人の目の中で魔法を使いたくはない。だけど、そんなことを言っている場合でもなかった。戦わなければ死ぬ。俺だけじゃなく、ここにいるみんなが。
アルトガーが一瞬細めた目を見開く。
来る――。
俺は剣を抜いた。




