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第五十七話 決着 そして最終戦の舞台へ

「本当に死んだのか?」


「信じられないかい? あっけなさすぎて? 悪魔なんだ、死体も残らない」


 キツネ目の魔女は言った。


 そういうものか、と思う。


 だけど、実感がわかない。あまりにも一瞬すぎて。


 でも、本来死というものはそういうものかもしれなかった。時間が長いか短いかも、こっちの心の準備とか実感とかも関係ない。等しくあっさりしていて、ごくありふれた現象だ。


「さあ、支度をしとくれ。とはいっても、着替えたりするわけじゃないがね。ただ、心の準備をしとくれ。まだ終わったわけじゃないからね。もう一仕事残ってる」


「どういうことだ?」


「アルトガーとかいう小僧が町に引き返してる。そこで待ち伏せしている冒険者たちと間もなくぶつかるだろう。どっちが勝つかは興味ない。だけどね、転ぶ先は決まってる。そいつがちょっといただけないのさ」


「……」


「どちらが勝つにせよ、敗者ってのも生まれるだろ? そうすると、敗者のもとには悪魔が誘惑に現れる可能性がある。悪魔はこいつだけじゃないんだ。悪魔には習性があって、同胞のニオイが残っているところに寄ってきがちなところがある。もしそうなった場合、また標的に選ばれるのはあんただ。もちろん、杞憂に終わる可能性の方が高いよ? ただ、万が一ということがあるからね。こんなゴタゴタに巻き込まれるのは二度とごめんだろう?」


「ああ……そうだな」


「サービスだ。町へは私の術で飛ばしてやる。ギャラリーもろともね」


 魔女は微笑んだ。


「あんた自身の手で因縁を断ち切るんだ。悪魔に誘惑する猶予を与えてはいけないよ。速攻で終わらせるんだ」


 魔女の言うことが本当なら、断る理由もなかった。


 俺はうなずく。


「わかった。飛ばしてくれ。……でも、礼は言わないぞ」


「いいよ。そんなの気にするタマなら、ハナから何千人もの呪詛に耐えられていない。長生きしてると、自然と神経が図太くなる。同時に、感謝されるとかいったことにも興味がなくなるんだ。私は私のしたいようにやるだけ。それだけさ」


 魔女が俺に向かって手をかざす。


 俺は身体が宙に浮くのを感じた――。





 町の手前。


 アルトガーたち三人は待機をしていた。


 数分の遅れののち、ディクラスもやってくる。


 ディクラスは馬に乗っていたが、そこから女の身体が消えていることは遠目からでも丸わかりだった。だから、そばまでやってきたディクラスが言い訳を始まる前に状況は伝わっていた。


 異端審問官の女を逃したことについて、意外にも叱責の言葉はなかった。ただ、ディクラスは三人からの嘲笑と呆れたような溜息を浴びることになった。


 これから先もことあるごとに思い出しては繰り返し浴びることになるだろう。ディクラスはいまからうんざりした。そうなることは簡単に予想できたからだ。


「まあ、いいさ。さして重要な情報源になるとも思ってなかった」


 そうリーダーのアルトガーは軽く言った。


 一種の気持ち悪さはあった。こういうときには言葉より先に拳が飛んでくることがほとんどだからだ。


 しかし、彼の気分がいいからでは決してないだろう。いまの彼はべつのことに気を取られているにすぎない。アルトガーは頻繁に町へ視線を向けていた。


「俺はガッカリだよ。ちゃんと埋め合わせはしろよ? もう俺の金玉はパンパンなんだ」


 仲間のイェルマーが小突くような仕草をする。


 口元は笑っていたが、目は笑っていない。


 ディクラスは鼻を鳴らして応えた。


「つぎ、視界に入った女がいたら、速攻で捕まえて献上してやるよ」


「ああ、頼むぜ」


 イェルマーはようやくニッコリと笑った。


「この先、無人ってことはねぇよな。……モデストレ?」


 アルトガーは目を細めて町を見た。


 訊かれたモデストレはうなずいてみせる。


「ああ、偵察に向かわせた使い魔は全部撃墜された。これで待ち伏せされていることは確定したね。でも、配置までは悟られないように一瞬で落とされた。相手が何人かもわからない状況だよ」


「問題ない。俺たちが行けば姿を現す。で、姿を現したのを俺たちは殺せばいいわけだ」


 アルトガーに臆した様子はなかった。


 それはほかの三人も同じ。


 リーダーがふたたび馬を走らせると、すぐにほかの三人も続いた。





 森の中。


 赤いマントの女二人――リアマンタとゼッピアが時間を潰していた。


 悪魔払い師のリアマンタは、苛立たしげに辺りを行ったり来たりしていた。


 弟子のゼッピアは、ぼーと樹上の鳥を眺めている。


 すでに結界は解除していた。もう意味がない。アンドラスにはまんまと逃げられてしまった。


 冒険者のヨハンが一人で追っていった。彼が扉を閉めたあと、扉は完全に消えてしまった。もはや追うすべはなかった。


 ここに残っている意味があるのかもわからなかった。だが、このまま立ち去るわけにもいかない。彼が戻ってくるかもしれないからだ。


 戻ってくるにしても、ここではないかもしれない。だけど、扉があったこの座標が意味を持っている可能性もある。確かなことはなにもない。


 近くではヨハンの連れの冒険者四人が横になっていた。四人とも女性。リアマンタの知るかぎり、女性が多めのパーティーというのはほとんど存在しない。デメリットの方が大きいと考えられるからだ。構成員がほぼ女、それに容姿も悪くないとくれば、襲ってくるのはモンスターだけとは限らない。人間の男をあしらうのに無駄な労力を使う必要が出てくるだろう。


 彼女たちはまだ目を覚まさない。体に異常は見られなかった。呼吸も安定している。ただ眠りについているような状態だった。とても深い眠りに。


 リアマンタは短い距離をひたすら往復している。


 そうやって端まで行き、また踵を返したときだった。


 眠っている四人のそばに知らない誰かが立っていた。


「……ゼッピア!」


 彼女は叫び、すぐにかまえた。


 遅れて気づいたゼッピアも臨戦態勢に入る。


 知らない誰かも女だった。村娘の寝間着のような格好をしている。


 外を出歩く格好ではなかった。しかも、こんな森の中を――。


 なんにせよ、この距離まで気づかれることなく接近したのだ。只者ではないことは明白だ。


 しかし、警戒する二人を女は無視した。


「さあさあ、起きな。お目覚めの時間だよ」


 豊満な肉体をしたキツネ目の女は、両手を胸の高さまで上げたあと、パンパン、と手のひらを打ち付けて音を出した。


 それだけで眠っていた四人は一斉に飛び起きた。いくら体をゆすっても起きなかった彼女たちが、いとも簡単に。


「え、え、え……?」


「ここ……どこ?」


 四人はマヌケな表情で辺りを見回す。


 彼女たちは状況がなにもわかっていないようだった。


 ここがどこかも、なぜいま自分たちが目を覚ましたのかも。


「さあさあ、モタモタしてるとパーティーに遅れちまうよ。見逃すなんてもったいない。あんたらの大好きなヨハンちゃんも活躍するだろうからね」


「……あなたは?」


 パーティーの女戦士――中性的な顔立ちをしたクハルナーが立ち上がりながら訊く。


「おまえは何者だ?」


 離れたところからリアマンタも訊いた。彼女は油断なくかまえている。


 質問が重なった。キツネ目の若い女――やけに年寄り染みた口調の――は鼻を鳴らした。


「私が誰かなんてのはどうでもいいよ。どこかの親切なお姉さんとでも思っときな。いまからあんたたちを魔法でべつの場所に移動させるからね。抵抗しないでおくれよ」


「ちょ……!」


 魔法と聞いて、その場の六人全員に緊張がはしった。


 当然だ。相手の狙いがわからないまま、大人しく魔法をくらうわけにはいかない。


 だけど――。


「まあ、しようとしたところで私には関係ないんだけど。じゃあね」


 女が指を鳴らす。


 問答無用だった。魔法は発動し、六人は強制的に飛ばされる。


 瞬時に彼女たちの姿は消え、その場には魔女一人だけが残った。



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