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第五十六話 地獄に乱入者 あっけない決着





 アンドラスは膝をついたまま、手のひらを力なく俺に向けた。


「ま、待て! もうおまえは狙わない! 金輪際! ……な? だから、見逃してくれ!」


「……」


 まさか、悪魔が命乞いするなんて。


 本気なのか、それとも油断させるための嘘か。


 どちらにせよ、これ以上時間を使うつもりはなかった。


「考え直せ! 俺様を殺すと、ここから出られなくなるぞ!」


「……」


 俺は背後を意識する。


 そこにあったはずの扉は確かに消えていた。


 一度扉を閉め切ると消える仕様になっているらしい。これは、ここへ来る前のこいつの言い方から予想していたことではある。だから、俺は扉を閉めたのだ。リアマンタやゼッピアがあとから追ってこないように。


「べつに。なんとかするさ」


 俺は応えて、なおも歩を進めた。


「なんとかできるとでも? 伝説級の毒魔法は使えても、次元をまたぐ魔法は専門外だろう? できるわけがない」


「……」


 それならそれでいい。俺は覚悟して追ってきたのだ。


 ここが本当に地獄とやらでも――これからここで生きていかなくてはならないとしても――。


 いずれは来ることになっていた場所に、予定より早く来たというだけだ。


 俺は悪魔に肩をすくめてみせた。


「それでも、おまえを生かしておくよりはマシだろ?」


「……!」


 目から血を流しながら憤怒の表情を浮かべるアンドラス。


 食いしばった歯。それがつぎに開いたとき、どんな汚い言葉を浴びせられるのか……。


 俺は聞く気もなかった。


 剣の柄に手をかける。一振りで首をはねるつもりだった。


 これで確実に仕留める――刀身にさらに強力な毒をまとい、傷口を焼き尽くすつもりだった。仮にこいつが回復魔法を使えたとしても、またはどんな未知の術を使っても再生できないほどに。


 間合いに入った。最期の罵倒も間に合わないと奴が悟ったときだった。


「おやまぁ。私なら出してあげられるんだけどねぇ」


「――っ!」


 突然の声に俺は飛び退いた。


 いつの間にか知らない女が立っていた。


 ごく普通の村娘のような格好の女。しかし、農作業や外に出るときの服装ではなく、簡素な寝間着を着ていた。


 その下に収まった肉体は、隠しきれないほどに成熟している。こんな場でなければ、さすがに俺もちょっとは鼻の下を伸ばしていたかもしれない。だけど、いまはこの状況がすべてだった。


 地獄にある悪魔の城に突然現れた女――しかも、ここまで気配を悟られずに――。


 ただの美女であるわけがなかった。


「……誰だ?」


 俺は油断なく構えながら訊いた。


 キツネ目の美女は妖艶に微笑んだ。


「ひどいこと言うねぇ。もう忘れちゃったのかい?」


「――!」


 背筋に悪寒が走った。


 初めて見る顔。初めて聞く声。


 だけど、その年寄り染みた口ぶりには覚えがあった。


 一度意識したら、さらにそう思えてきた。


 確信する――この身にまとった邪悪な雰囲気は――。


「……魔女か。おまえは殺したはずだが」


 クハルナーたちとの最初の任務。街道で続出している行方不明事件。その調査。


 事件はモンスターの仕業だった。だけど、それを操る存在が裏にいた。特異な術を操る、魔女という人の道をはずれた魔法使い。


 この手で退けたが、その夜にまた俺の前に姿を見せた。もう一度殺したはずだったが、そんなもので殺せるかどうか、俺自身もどこかで半信半疑だった――。


 キツネ目の美女はやれやれと首をふった。


「そうそう、あんたには二つも体を駄目にされちゃったねぇ。でも、予備はまだあるのさ。じゃなきゃ、あの村のときも堂々と姿を晒すわけがないだろ?」


「……いまのその体も予備の一つというわけか」


「学ぶ気のある子は好きだよ。……そう、だから私に攻撃するのはやめておくれ。単に一つの肉体っていうだけだが、こんなにもたわわに実ったんだ。これを台無しにするなんていうのは、私がよくても世の男性陣が許さないよねぇ?」


「……」


 へらず口を……。


 おどけて体をくねらせる魔女だったが、何一つ油断はできなかった。


 悪魔でさえ膝をつく、この猛毒が充満した空間で、何事もないような顔をしているのだ。村の宿屋へ現れたときとは違う。一見人間と変わらないような姿でも、魔力で強化されているはずだった。


「なにをしに来た? また俺に嫌がらせを?」


「そんな過去のこと、どうでもいいよ。私みたいに長生きしてるとね、一つのことに執着しなくなるもんだからさ」


「……」


「戦いに来たわけじゃない。私はあんたを助けに来たのさ」魔女はそうニッコリと笑う。「帰り道は私が用意してあげようと思ってね」


「……誰だ、貴様は? どうやって、ここに……?」


 横からアンドラスが訊く。彼は呆然とした顔で魔女を見上げていた。


 魔女はちらりと彼の方を見た。


「いつでも追ってこい、って言ったのはあんたじゃなかったかい? ……ああ、アレ私に言ったわけじゃないのか。こいつは失礼。……私かい? 私はただの通りすがりの魔女だよ」


「魔女……だと?」


「――私はこのヨハンちゃんに興味があってね、ちっとばかしついてまわってたのよ。そうしたら、ヨハンちゃんがなんか扉に飛び込んちゃったものだから、つい私も一緒に入っちゃったというわけ。勝手にお邪魔して悪かったね」


「なにを……そんなこと、できるわけが!」


 アンドラスなおも口を挟む。


 キツネ目の魔女はフフンと笑った。


「でも、実際にこうやって入ってきただろう? どちらか見てたかい? 私がここに入ってくるところ」


「……」


「……」


「見てないだろう? 私が最後に入ってきたんだからね。このヨハンちゃんが扉を閉めたあとのことさ」


「だが……! しかし!」


「まったく。あの扉を出現させて、何分そのままにしておいたんだい? 不用心だねぇ。術を解析するのには充分な時間だったよ」


 俺は魔女を睨んだ。


「なにを企んでいる?」


「なにも? あんたに死んでほしいのなら、そもそもこうやって姿を見せてはいない。そのまま放っておくだけでいいわけだからね。あんたはここから出られず、数日で死に絶える。苦しいもんだよ、水も飲めずに死ぬっていうのは」


「……」


「こんなところで死ぬのはもったない、そう思っただけさ。あんたはここで死ぬべきじゃない。本人はいくら苦しんでも、それを誰の目にも晒さないなんてのはちょっとつまらないじゃないか。あんたは大勢の前で無様に醜態を晒してから死ぬべきだ。私をあの小屋から引っ張り出してくれたんだ、それくらいはしてもらわないと。なあに、あんたはこれからも普段どおりに過ごせばいい。私が最高の死をコーディネートしてあげるからね」


「俺への優しさが動機じゃないのか。なら、信用してもいいみたいだな」


「もちろん。信用してくれていいよ」


 キツネ目の魔女は邪悪に微笑んだ。


……その邪悪さゆえに、いまは信用できるといえる。俺を本当に苦しめるつもりなら、まだまだ時間をかけて泳がすだろうから。


「で? 本当に出口が出せるのか?」


「もちろん。……ほら、こうやってちょちょいのちょいさ」


 魔女が宙を撫でるように手を動かすと、そこに扉が出現した。


 自らノブを回し、少し開いてみせる。


 その先は真っ暗で見通せなかったが、俺の横でアンドラスが息を呑むのを感じた。


 その反応から、扉の機能は本物だと確信する。本当に元の世界へ繋がっているようだ。彼は毒で苦しんで死ぬ寸前なのだ、演技をする余裕もないはず。


「さあ、早くトドメをさしな。人間の姿に化けていても、悪魔には違いないんだ。あんまり油断していると、この毒にも適応してしまうかもしれないよ。こんなヤツ、さっさと殺してしまうに限る」


「ああ。……でも、おまえの方はなんで平気なんだ?」


「そりゃあ、防壁魔法を展開しているからね。当然さ。……こいつは悪魔だから、いままで怖れるような対象に出くわすこともなかった。だから、当然といえば当然だけど傲慢に育ってしまったんだねぇ。ゆえに防壁魔法なんぞは習得していない。仮にべつの毒に変えられたことをすぐに察知できていたとしても、どうにもならなかっただろうさ。防ぐ手段がないんだからね。あんたの勝ちで、こいつの負けだ」


「……」


「さあ、予定が立て込んでるんだ。あんたの気が進まないっていうのなら、私が代わりにやってあげよう」


「ま、待て……! 貴様が魔女なら、悪魔は崇拝の対象なはずだろう!」


「かつて私は力を手に入れるために悪魔に頼った。それは事実さ。でも、いまの私はもう力を手に入れた。なら、私たちはすでに対等だろう?」


「……!」


 魔女がアンドラスに手をかざすと、彼の身体が泡のようにはじけた。


 一瞬だ。跡形も残らない。


 拍子抜けするほどあっけない最期だった。



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