第五十五話 逃走するコージータ 一方で追いつく冒険者たち
チリーン……。
鐘の音が鳴る。
コージータの術が発動した。
対象を強制的に眠りに誘う魔法だった。
彼女の上に乗るディクラスの目が焦点を失う。
術は効いた――だけど、完全ではない。
罠として使用する場合、鐘を複数使うことができる。糸の先に二個でも三個でもぶら下げておける。魔力もあらかじめ込めておけばいい。
だけど、接近戦で使う場合には一つが限界だった。扱うのもそうだし、消費魔力の面でも。
ディクラスの力が抜けた隙に、コージータは身体を入れ替えた。
後ろをとり、太ももの装具からナイフを抜く。
ディクラスの首に刃を突き立てた。
しかし――。
カキィン!
硬質な音を立てて刃の進入は防がれた。
「……!?」
いつの間にか彼の首は銀色に染まり、材質は金属へと変わっていた。
彼の背中がうごめく。それは服に見えて服ではなかった。そう見えるようになにかが擬態しているだけの――。
コージータはとっさに後ろへ飛んだ。
ディクラスの背中から飛び出してきた槍状の物体が空を切った。一瞬でも遅れれば、コージータの胴体は串刺しになっていた。
一回の反撃のあと、彼の身体から出た槍は追撃をしてこなかった。どこか所在なさげに宙で揺れているだけ。うつろうつろしているようにも見える。
コージータは自分の術が効いていることを察した。この攻撃的な鎧の術者――宿主といった方が正しいように思えるが――に効いている影響で、その魔法もうまく機能していないようだ。
とはいえ、もう一度間合いに飛び込むのも怖かった。
コージータは迷った。
……どうする? もう一度鐘を鳴らすか?
だけど、それで完全に眠るという保証もない。魔力の無駄使いで終わるかもしれない。
ディクラス本人はまだ地面に突っ伏したままだ。
「うっ……」
うめき声が聞こえた。
ヤバい。もう目を覚ましてしまう。
コージータは彼に背を向け、走り出した。
○
「ん……ああ……?」
ディクラスは目を覚ました。
頭を振って意識を覚醒させようとする。
まだぼんやりとしていた。が、意志の力でなんとか睡魔を振り払おうと努力する。
……なにがあった? なんで、俺は地べたで寝ている?
「……」
思い出すまでに数秒かかった。
はっと状況を理解すると、彼はすばやく起き上がって周囲を見回した。
異端審問官の姿を探す。だけど、どこにも見当たらなかった。
「……くそっ!」
ディクラスは苛立ちながらも体勢を低くした。
地面の痕跡を調べようとしてみる。しかし、狩人は本職ではない。痕跡を辿ることはとてもできそうになかった。
深呼吸をする。
……仕方ない。あの女は諦めよう。
こういうときは切り替えが肝心だ。
リーダーのアルトガーには厳しく叱責されるだろうが、甘んじて受けるつもりだった。そもそも、あの女がヨハンのことについて知っているという保証もないのだ。あの女はべつに重要ではないだろう。逃したところで、それがなんだっていうんだ?
ディクラスは仲間のあとを追うことにした。
そばでウロウロしていた自分の馬をつかまえ、背にまたがる。その腹を蹴り、急いで走らせた。
○
一方。
四組合同で行動している冒険者パーティー。
彼らは隊列を組んで街道をひた走っていた。
魔法によって強化された馬はとてつもないスピードを出せる。それが走りやすい街道ならなおさらだ。
途中、彼らは異常な光景に出くわして馬を止めた。
地中から掘り起こされたように大量の土が散らばっていたのだ。それも、かなりの広範囲に渡って。と同時に、何十台もの馬車が横倒しになっていた。
近くには人も倒れている。商人も、貴族もいた。とくに外傷は見当たらなかったが、すでに事切れている。
ここで一体なにがあったのか、原因を調べる必要がある。しかし、それはいまではなかった。それよりもいまは優先すべきことがある。
各パーティーの狩人が付近を見て回り、それらしき痕跡を発見した。
「あったぞ。この足跡だ」
「……どんな具合だ?」
「ああ、アルトガーたちで間違いない。あいつらの足跡は町で見たからな。歩き方の癖もそのままんだ。このまま徒歩で北へ向かったようだ」
「あいつらは馬を使っていないのか?」
「なにがあったかはわからないが、とにかくこの惨状だ。この死んだ馬の中にあいつらのものもあるんじゃないか。で、仕方なく徒歩で移動していると」
「連中のことだ。馬よりも速く走れるだろうが、スタミナはそう長くは保たない。追いつけるだろう。馬上からでも足跡を見失うな」
「わかってる」
皆は馬に戻り、追跡を再開した。
○
三十分ほどあと。
「終わったか……」
「思ったよりは手強かった。スライムにしては、だけどな」
「これがブラックスライム? 話には聞いたことあるけど、見たのは初めてだ」
四組の冒険者たちは各々武器をしまった。
あれから意外と早くアルトガーたちには追いつくことができた。
戦闘を開始するも、手応えを感じたのは最初だけだった。決して弱くはなかったが、想像していたほどじゃない。
不審に思い始めるも、理由は間もなくわかった。
アルトガーたちは戦闘のさなかに身体が崩れていった。溶けるといった方が近いか。
奴らはぬるりと液状になり、やがて形を失った。
残ったのは、うごめく黒い物体。色こそ珍しいが、それはスライムに違いなかった。
通常のスライムよりは凶暴だったが、十六人を超える冒険者の敵ではない。勝負はあっさりとついた。
――主であるアルトガーは、自分たちの姿に化け、反対方向に逃げるよう命じた。しかし、ブラックスライムも所詮はモンスターだ。長時間言うことを効かせるのは難しい。それも主が遠く離れたとなれば、命令に従い続ける必要もなくなる。
そうやってブラックスライムの変化は解けてしまった。戦闘中であっては解かないほうがいいのだが、そもそも変化には多大な労力を伴う。欲望に忠実なモンスターは楽な方を選択し、戦闘力が落ちるのにもかかわらず元の姿に戻った。そしてあっさりとやられてしまったのだ。
「陽動か。こいつらを使役する方法があったとはな」
「でも、これではっきりしたね。こっち方面へ逃したということは、奴らはポルザの町へ戻ったんだ。たぶん、弟の死体を回収するために」
「帰還の魔法陣を用意しておいてよかったな。――おい、あとどれくらいかかる?」
リーダーの戦士が後ろの仲間に問いかける。
地面に魔法陣を書いている僧侶が顔を上げずに応えた。「あと十分くらいはかかるわ。急いではいるんだけど」
四人の僧侶が手分けして魔法陣の作成にかかっていた。
魔力を込めた杖で地面をひっかくと、溝は蝋のように固まっていく。こうやって土に描く場合にも魔術文字を固定することができるのだ。わずかにでも文字が乱れれば魔法は不発に終わることもあるので、徹底した慎重さが求められる。
「わかった。引き続き頼む」
ポルザの町にも僧侶を二人残してきていた。
こちらのパーティーたちが出発してすぐ、向こうでも帰還の魔法陣を作成する手はずになっていた。
この魔方陣を二箇所に作れば、一度だけ互いの場所を行き来することができる。距離を超えて、一瞬でだ。
二人で作成する場合にはそれなりの時間を要するだろうが、それくらいの時間は充分に経っている。町の方ではとっくに終わっているはずだった。
緊急で戻らなくてはいけないときを考えて、こういう作戦も用意していた。それが役に立ったようだ。
奴らが魔法で強化された馬で早駆けしたとして、街道ではすれ違わなかった。ということは、森の中を進んだはずだ。少しは遠回りになるはず。
おそらく、帰還の魔法陣を使えばギリギリ奴らの到着前に戻れるはずだ。これで全員で迎え撃つことができる。
数はこちらが圧倒的に勝っていた。それに奴らは一日の中ですでにいくつかの戦闘をこなしていると考えられる。多少なりとも疲弊しているはずだ。負けることは考えられなかった。
もしよろしければ、評価・ブックマークよろしくお願いします。感想もお待ちしております。




