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第五十一話 圧倒 からの逃走 そして

 実質初めての攻撃だったが、決め手ともいえる一撃だった。


 アンドラスは大きく吹っ飛んだあと、かろうじて踏みとどまった。膝をつき、頭を垂れる。背中が震えたあと、盛大に胃液を吐いた。


「はぁはぁ……こ、この痛みは……」


「少しは思い出してきたか? 忘れているようだが、以前戦ったときの決着を? 以前におまえは私から逃げたんだ。もう一度言おうか? おまえは逃げたんだ」


「――っ!」


 激昂したアンドラスは立ち上がってリアマンタへ向かう。


「お、俺様が逃げただとっ!? そんなことが信じられるか! あるわけがない、そんなことがっ!!!」


 あの一撃をくらってまだ動けるのは素直に凄い。だけど、あきらかに脚に力が入っていなかった。


 またしてもリアマンタの打撃が入る。後ろ回し蹴りがアンドラスの腹に。


 彼女は足を使って札を貼っていた。アンドラスも今回は気づいている――が、剥がす暇はない。後方に吹っ飛んでいる途中で札が起動――衝撃が追加される。


 アンドラスは受け身をとった。転がった勢いのまま、リアマンタがいるのとは逆方向へ走り出す。「こんな結界など!!!」腕をふりかぶり、結界へと突進した。


――勝ち目がないと見たらしい。やつは潔く撤退を選択した。


 結界の眼前、アンドラスの右腕に魔力が集中する。余力をすべて込めたと思われるほどの魔力の高まりだった。


 だけど――。


「――なっ!?」


 アンドラスの攻撃は結界をすり抜ける。


 いや、攻撃というか彼の身体自体が結界をすり抜けた。


 結界に吸い込まれるように消えた彼の姿。どこに行ったのか――どこから現れるのかは、俺の位置からはリアマンタの動きを見て予測できていた。


 彼女はアンドラスの動きを見てからすぐに、真逆の方向へと走り出していたのだ。


 結界の壁に消えたアンドラスは、反対側の壁から出現する。


「!?!?」


「おかえり」


 それを出迎えるリアマンタ。


 アンドラスは勢いがつきすぎていて、足を止めることはできない。困惑顔の彼の顔面にリアマンタの掌底が入った。空中で何回転もしたあとに地面に叩きつけられるアンドラス。時間差で強打の札が発動し、彼は地中にめり込んだ。


「これが『回廊結界』だ。この中では力も物体も巡る」


 リアマンタが言った。


「簡単には破れないぞ。以前はただの結界を使ったが、どんなに強固に展開しようとも、おまえ相手には少々つらかった。だから、今回新たに用意したんだ。わざわざおまえのためだけにな。光栄に思え」


「術を覚えさせられたのは私ですけど」とゼッピア。


 俺は息を吐く。


 圧巻だった。


 アンドラスという悪魔は決して弱い相手じゃない。それは疑いようもなかった。


 それを軽々と肉弾戦で圧倒するリアマンタ。そして、結界を張りながら同時に俺や自分を守るために素早く術を扱うゼッピア。


 どちらもB級冒険者に引けをとらない――いや、もしかしたらやや上回っているかもと思わせるほどの強さだった。


「……」


 地中のアンドラスは動かない。


 決着はついたか?


 そう思いかけたが、


「――」


 穴から砂塵が垂直に上がる。


 視線を上に向けたとき、空中でやつはすでに攻撃態勢に入っていた。刃と化したカラスたちが放たれる。リアマンタではなく、狙いはゼッピア――。


 ゼッピアは余裕で反応していた。またしても俺たちの位置が変わる。俺たち二人はやつの攻撃から離れ、リアマンタがやつの頭上に現れていた。


 踵落とし――地上に叩きつけられると同時に『札』が発動し、跳ね返るようにまたアンドラスの身体は空を舞った。


 二人の悪魔払い師のまえに、彼は完全におもちゃになっていた。


「ぐっ……」


 かろうじて身体を起こすアンドラス。タキシードはボロボロに破れ、オールバックにセットした髪の毛もぐしゃぐしゃに乱れてしまっている。


「認めよう、悪魔払い師。おまえは強い……」


 アンドラスが苦々しげに言った。


 悪魔ともあろう存在が人間相手にそんなセリフを吐くなんて……。決して演技などではなく、本当に追い詰められているらしかった。


「くそ忌々しいことにな。さすがの俺も少々分が悪いようだ。だが、まだ手はある」


 アンドラスが身体を横にずらすと、そこに突如として扉が現れた。


 ゼッピアが反応するまえに彼は扉を開け、中に身体を滑り込ませる。


「この扉は俺の城に通じている――地獄にある俺の城にな。俺たち悪魔は、自由にこの物質界とを行き来できるのさ。結界の中だろうと関係ない」


「ゼッピア」


「ダメです。術が効きません」


 リアマンタの呼びかけにゼッピアは首を振る。


「……そこの小娘の術か? 対象の位置をべつのものと入れ替える魔法のようだな。だが、もう遅い。俺の身体はすでに地獄に戻っているのだからな」


 扉の隙間から顔だけ出したアンドラスがニヤリと笑った。口の端には無様な唾液の跡こそ残ってはいるが、すでに勝利を確信したような笑みだった。


「また逃げるのか、アンドラス。悪魔ともあろうものが、たかが人間をまえにして」


「あからさまな挑発はやめてくれよ。そんなに必死になられると、こっちまで恥ずかしくなってくる。……いいか、これは逃げるんじゃない。この扉は開けておく。追ってくるか来ないかは、おまえたちの自由だ。じゃあな」


「待っ……!」


 アンドラスは扉の奥に消えた。


 駆け寄ったリアマンタが扉を引く。奥の空間があらわになった。彼女は息を吐く。


 俺とゼッピアも歩み寄る。


 そこにはただ暗闇が広がっていた。


――明かりがついていないとかそういうのではなく、やつの気配や空気の流れといったものさえ感じられないのだ。


 この扉のこちらと向こうでは、完全に空間が断絶されている――。


 やつの言っていることが嘘でないのはわかった。


「どうしますか?」


 ゼッピアがきく。


「くそったれ! ケツの穴顔が!」


 リアマンタは扉のふちを思い切り蹴飛ばした。


 びくともしない。ガンッ、っという音がむなしく響いた。


「汚い言葉はやめてください。お師匠様」


「これでも多くの言葉を呑み込んでいるんだ。……どうする? 行くしかないのか? いや、リスクが高すぎる。やつのテリトリーに自ら飛び込むなどと……。くそっ! まさか、こんな手札を隠し持っていたとは!」


 リアマンタの奥歯がぎりりと鳴った。


「このまま、あいつがまた出てくるのを待つのはどうでしょうか?」


 ゼッピアの提案にリアマンタは首を振る。


「この術の仕組みはなにもわかっちゃいないんだ。ここから消したあと、またべつな場所に出せるのかもしれないし、そもそも複数出せる可能性だってある」


 それに、と彼女は続けた。


「さっきの冒険者連中が私たちを探しているかもしれない。あの場から離れはしたが、安心できるほどの距離をとったわけじゃない。また出くわしては面倒だ。こちらの戦力にもそこまでの余裕はないしな」


 さっきの冒険者連中とは、ルトヴィヒの兄たちのことだろう。


「ん? さっきはあんなに余裕で勝ってたじゃないか」


 俺がきくと、リアマンタは苦々しげに首を振った。


「私の術は強力だ。それは自負している。弟子のこいつにしてもな。だが、強い魔法ほど使用回数に制限があるのも当然だ。さっきは出会い頭の一発がうまく決まったが、つぎはこうはいかない。まともにやり合えば互角だろう」


「……」


「アンドラスとの戦闘でもかなりの『札』を使った。ここから先、両方ともを相手になんぞ、とてもじゃないができない。魔力が尽きてしまったら終わりだ」


 俺は彼女の弟子のゼッピアに目をやった。彼女も俺の方を見てうなずく。師匠の言っていることは本当だという意味だろう。たしかに二人の魔法はものすごかった。すでに多くの魔力を消費したはずだ。


 実際はそうでなくても、敵の前では余裕の態度を崩さないのが戦いにおける定石といえる。彼女たちもその例に漏れず、終始強気の態度で通していた。しかし、実際は真剣そのものだったのだ。


 俺はリアマンタの肩に手をかけ、彼女を後ろに引いた。


 そして俺が前に出る。


「なんのつもりだ?」


「……」


 彼女の問いには答えず、俺は扉のノブに手をかけた。


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