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第四十九話 タキシードを着た悪魔





「ちっ……」


 アルトガーのパーティーに所属する術師――魔法使いと僧侶を兼任する――モデストレは舌打ちした。


 余計な邪魔が入ったおかげで、まんまと逃げられてしまった。


「なんだったんだよ、あいつら」


 赤いマントを羽織った女二人組。只者ではなかった。相手の術が不明なせいで不意をつかれたとはいえ、パーティーのほか三人があっさりとあしらわれてしまったのだ。


「さて、どうするかな……」


 モデストレの視界の隅――倒れている馬の一頭がピクリと動いた。


 モデストレはそちらを注視する。


 違和感のある動き方だった。あの馬たちは死んでおらず、気を失っているだけだったのか――いやまあ、それはいい。気になったのは、動いたのが頭部や脚などではなく、腹部だったからだ。しかも、その内部でなにかが動いたように見えた。


「……なんだ?」


「――」


 次の瞬間、馬の腹部がはじけ、臓物が散らばった。


 腐敗が進んだにしてはあまりに早すぎるだろう。


 散らばった内臓と血液がひとりでに動き出す。それらはモゾモゾと地面を這い、一箇所に集合した。ふたたび集まった内蔵たちは上昇し、ひとの形をつくる。


「――」


 馬の臓物が、一人の人間に変わってしまった。


 そいつは男だった。髪をオールバックにセットし、タキシードを着ている。


 男は首の骨を鳴らしたあと、周囲にぐるりと目をやった。


「ん? えーと、どこだ?」


「……」


 タキシードの男がモデストレを見る。


「なあ、そこのきみ――ここにヨハンという名の者がいなかったか?」


「……ついさっきまではね。もうどっか行っちゃったけど」


「そうか、一足遅かったか……」タキシードの男はふと宙に視線をやる。「いや――まだ近くに気配を感じるな。一か八か、試してみるか」


 男はそう言って右手を高く掲げた。


 それに応えるように風の音が聞こえてきた。


 大気の大きなうなり。


「――」


 モデストレはふりかえって空を見上げる。


――それは風の音ではなかった。何千羽ともわからない鳥の羽ばたきだった。


 黒い羽と耳障りな鳴き声はカラスのもの。異常な規模の群れがこの場へ集結しようとしていた。


「――」


 タキシードの男が指揮棒をふるかのように指を動かす。カラスの群れも呼応するように動いた。円を描くように飛び、やがて円の輪は縮まっていく。そして上昇気流に乗るがごとく、垂直方向へ勢いよく昇る――。


「――」


 上空の高い位置で群れは四散した。中心で爆発があったかのように、カラスたちは激しく四方八方へ散らばった。黒い流星群はここら一帯へくまなく降り注いだことだろう。


「これで見つかればヨシ、見つからなければ――まあ、お預けをくらうのも一興か」


「……」


 モデストレは黙って男を見ていた。


 モデストレは多くの魔法使いより術に精通しているという自負があった。その彼がおののくほどの魔法の規模……。モデストレは男を変に刺激しないよう、黙って立っていることしかできなかった。


「ああ――見つけたぞ」


 タキシードの男がつぶやく。


 彼の身体が瞬時に溶けた。


 臓物が地面にぶち撒けられる。


 男はまたどこかへ移動し、馬の臓物がもとの姿に戻ったのだ。


「……」


 モデストレは安堵のため息をついた。知らずしらずのうちに彼は汗をかいていた。


……勝手にいなくなってくれてよかった。はっきりとはわからないけれど、おそらく相当にヤバいやつだった――。


「次から次になんなんだよ、まったく……。にぎやかなものだね、ほんと」





「ん……んんあぁ。くそ、痛ぇ……」


 アルトガーが目を覚ました。


 彼は頭を押さえて立ち上がる。


「そうだ、ヨハン……あいつは?」アルトガーは周りを見回し、自分以外では一人だけ立っているモデストレに気づいた。「モデストレ! ヨハンの野郎はどこへ行った?」


 モデストレは「ハァ」と息を吐いた。


「リーダーが気を失ってる間に逃げちゃったよ。どこへ行ったか見当もつかないね」


「……おい。なにか手は打っているんだろうな? まさか、そのまま逃したんじゃあないよな?」


 モデストレは肩をすくめる。


「あの逃げ方はちょっと特殊だったからね、痕跡も追えない。一旦は諦めた方がいいんじゃないかな?」


「……」


 アルトガーはまだ倒れたままの仲間二人――イェルマーとディクラスに順番に近づいて、その身体を蹴り上げた。容赦ない蹴りに彼らは即座に目を覚ました。


「んー……このカンジはまさか、逃げられちゃった?」


 ぼんやりとしながらも周りを見回すイェルマー。


「いまのうちにそこで寝ている女を縛れ。やわな縛り方はするなよ」


 アルトガーは、異端審問官の女――コージータの方を顎で示した。


「……殺さないのか?」


「あとでな。まずは俺の邪魔をした礼をしなくてはならん」


 それからモデストレに視線を戻す。


「ああ、そっちも問題はない。我らがモデストレ様がいまから千の魔法を駆使して探してくださる。……そうだろう?」


「残念だけど――」モデストレは前置きをする。「使えそうな魔法がない。適当なモンスターを召喚して探索にあたらさせてもいいけど、あんまり期待できないだろうね」


 モデストレは力なく首をふった。


――あんなヤバそうなやつがせっかく見逃してくれたのだ。それなのに、またわざわざ関わりに行くなんて……。はっきりいって正気の沙汰じゃない。


 モデストレは考える。


……あのタキシードの男のことをアルトガーに伝えるべきだろうか? いや、伝えてもきっと意見は変わらないだろう。あの男の異質さは、実際に目にした者にしかわからない。


「……」


 モデストレは横目でアルトガーの顔を確認した。


 案の定、彼は憤怒の表情を浮かべていた。


「俺がやれっていったら、黙ってやるんだよ! 口ごたえするな! 俺にぶち殺されてぇのか!」


「……」


 その言い草にモデストレもキレそうになったが、なんとか表情には出さないよう耐えた。


「一応やってみるよ。もし見つからなくても文句いわないでね」


「さっさとやれ!」


 モデストレは目を閉じ、呪文の詠唱を開始した。


 彼の周囲にモンスターが召喚される。目のない異形のコウモリ――ここ最近は好んで使っている奴らだ。こいつらは魔力の消費量が低く、使い勝手がいい。


 これらの名称のないコウモリもどきは、モデストレが開発した独自のモンスターだった。普段目を生成しないのは、製造コストを下げるためだ。目を作れば、その情報を処理する脳も複雑化する。脳は少し肥大化しただけでも魔力の消費量がぐんと跳ね上がる。だから感覚器官は耳のみとし、音を立てたものにただ食らいつくだけの習性にしている。


 今回はそれをいじることにした。


 召喚されたコウモリもどきの顔に亀裂が入り、パックリと開く。血が数滴垂れたあと、それは目に変わった。


……こいつで探索する。しかし、このままではコストが無駄だ。今回に限っては口も牙もいらない――さらに体も小さくする。


 モデストレの望むままにコウモリもどきは姿を変えた。目を得た代わりに、攻撃手段も捨てて。


「これでいい。あとは数だね――」


 彼は詠唱を再開する。


 煮立った鍋のようにボコボコとモンスターが生まれていく。


 膨大な数だった。


「おお……!」


 仲間のイェルマーたちも思わず距離をとる。


 一つ一つは羽は広げても拳より小さいが、密集するととんでもない大きさになる。モデストレの十倍以上にも膨れ上がり、彼の身体を余裕で隠した。


 リーダーであるアルトガーにあんな言い方をされ、彼は腹が立っていた。本気でやってやろうじゃないか、という気分になっていた。


 だが、モデストレの本意はべつのところにあった。ヨハンたちがもし見つかっても、それを正直に報告する必要はない。見つからなかったと嘘をつけばいいのだ。


 それに、居場所が補足できた場合にはいい点もある。陰からこっそりと観察を続け、万が一にも鉢合わせしないように立ち回るのだ。


「さあ、行け」


 モデストレの号令を受け、コウモリもどきたちは一斉に飛び立った。


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